海外旅行記・・・じゃないんだな(笑)
USAへの旅
其の三:英雄追慕編
- 9月某日
- スポーツ新聞を読んだ後は小倉までぐっすり寝ていたので、「にちりん」車内の記憶はほとんど無い。「九州スポーツ」を読んでいたためかどこかから痛い視線があったくらいか?やはりこういう物は幹部たるものの読むべきものではないのだろうか。いや、別に自分で金を出して買ったものではない。駅で拾ったものだから良いだろう(よけいまずいわい)。
- 小倉で快速に乗り換える間に、立ち食い蕎麦を腹に収める。・・・まずい。いくら「関東の、ドブの水みたいな真っ黒い汁」が嫌いだからといって、蕎麦の汁まで関西風の昆布ダシ+薄口醤油の透明な汁に統一する事はないだろうが・・・。やはり東部方面隊以北に配属されるまでは、下手なところで蕎麦を頼んではいけないようだ。
- さて快速から降りたのは博多駅ならぬ福間駅。ここになにがあるのかといえば、皆さんご存知交通安全の神様宗像大社。我にもあらずごく平和的な神様に参拝するものだな・・・と思いつつもその
巫女さん常駐の魅力知名度には勝てずバスで参拝・・・しかしこれもえらい田舎だな。神社だけが水田の中にぽつりと存在しているような錯覚におちいる・・・いや、これは明らかに錯覚ではない。駐車場が異様に広いのは、毎年正月の交通安全祈願大祭で全国から訪れるドライバーのためらしい。もちろんそれだけ広い駐車場を確保できる立地条件もものを言っているのだろうが・・・。
- 参拝を済ませるが、特にこれと言って書く事はない。台風の影響で高宮への参拝路が落葉で埋まっていたくらいか。しかし高宮にはこれと言った建物はないし、むしろ祭典用の聖地のようなところだから参拝路が無くてもどうという事はないのだろう。それより、神社に付属した宝物殿の方が興味深い。元々宗像大社は3つの神社からなり、今回参拝した神社のほか玄界灘に浮かぶ島々に2つあるという。しかもその内の一つは沖ノ島にあり、そこで発掘された祭器ばかりでなくそこで行われている祭祀儀礼も宗教学・考古学上の貴重な資料となっている。また宗像大社に伝わる中世以来の文献も、歴史学者にとっては非常に貴重な資料だとか。
「これは良いものを拝ませてもらった」
- とほくほくしていたら、思いもよらない奉納品を発見した。戦艦「三笠」の羅針盤である。歴史の教科書に「日本海海戦」だの「ツシマ海戦」だのと書かれているあの史上希に見る大海戦の舞台は、なんと先ほど述べた沖ノ島沖であり、当地の神社から肉眼でも観察されたとの事(記録が残っている)。そのため東郷平八郎元帥はこれを宗像大社の御霊験とし、のちに海軍省を通じて「三笠」の羅針盤を奉納したという。そればかりか元帥親筆の「敵艦見ゆとの警報に接し・・・」と「皇国の興廃この一戦にあり・・・」の掛け軸もある。何とも意外なところで意外な宝物を発見してしまった。やはり職業上、何か引き付けるものがあるのだろうか・・・。
- そろそろ日も暮れかかり、久留米へ戻らんと鹿児島本線快速に乗りこむ。西鉄と違い、久留米まで乗り換えが無いのが嬉しい。もっともJR久留米駅ははっきり言って町外れにあるのだが・・・。ここでもまた、寝ているうちに久留米到着。特に書くものも無いまま帰隊してしまった。期待していた皆さんごめんなさい。
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