〜4〜
 
 轟音と共に、ダリエリの躰が地面に沈む。
 俺は、素早く着地すると地面に倒れているリズエルへ走り寄った。
「おいっ、しっかりしろ」
 リズエルの華奢な躰を抱き上げ、俺が言う。
 リズエルの瞳が薄く、開かれる。
「・・・・・・・・大丈夫、この程度ならエルクゥの「力」で治せるわ」
 弱々しい声で、リズエルが答える。
 俺はほっ、と安堵の溜息をつく。
 同時にもの凄い脱力感が、俺を襲った。
 数年分の力を、一気に使い果たしたかの様だ。
 暫くは動けそうに、ない。
 ・・・・・・突如、
 轟音が響き、目の前の地面が土煙を上げた。
 巨大な影が土煙の中から、立ち上がる。
「マダダッ!マダ、終ワランゾォォッッ!!」
 俺は驚愕した。
 ダリエリ、だった。
 左肩から臓器を滴らせながら、立つ姿は悪夢に見える。
 その瞳には冷たさはなく、ただ狂喜だけがあった。
 俺は、ただ其処に立ち尽くした。
 ダリエリが再生途中の左腕を、振り上げた。
 俺は、動けなかった。
 ダリエリの爪が、俺を襲う。
 肉を貫く音が、炎の中に響く。
「・・・・・・リズエル!」
 俺の目の前には、リズエルの姿があった。
 ダリエリの爪は、リズエルの躰を貫いていた。
 ごぽっっ、
 リズエルの口から、血が溢れる。   
 どくんっ、
 どくんっ、
 「何か」が再び、蠢く。
 リズエルの躰が、崩れ落ちる。
 時間の流れが、ひどくゆっくり感じられた。
 リズエルの命の炎が眩しく輝くのを、俺は見ていた。
 美しい、輝きだった。
「サアッ、我ト・・・・・・、闘エ、ソシテ・・・・・・・」
 その時、
 ダリエリの躰が、炎に包まれた。
「ガアアアァァァァァァーッ!、キ、キサマー!!」
 ダリエリが、叫ぶ。
 青白い炎が、ダリエリの躰を焼いていた。
 俺の後ろに人影が、現れる。
 リネット、だった。
「コ、コノ・・・・・・、裏切リ・・・・・・モノ・・・・・メ」
 ダリエリの躰が、溶け崩れてくる。
 あまりの高温で焼かれている、結果だ。
「・・・・・・貴方は、私の大事なモノを、奪い過ぎました・・・・・・」
 リネットが、言葉を吐く。
 その顔は、泣いていた。
 涙を流す、リネットの顔は炎に照らされ、まるで血の涙を流しているように見えた。
 そして、ダリエリが焼き尽くされた瞬間。
 ダリエリの口が動いて、こう言ったのだ。
 再び、逢おう・・・・・・・・・と。

「どうして・・・・・・・・?」
 リズエルの躰を抱き、俺は言葉をこぼした。
「・・・・・・・貴方が、死ぬと、エディフェルが悲しむもの・・・・・・」
「姉さん・・・・・・・」
 リネットは懸命に「力」をリズエルの躰に注ぎ込んでいた。
 しかし、それは手遅れと言うことは、俺にも解っていた。
 弱々しく喋りながら、リズエルは咳き込んだ。
 口の中から、紅い血が溢れ出す。
「・・・・・・それに、」
「・・・・・・・?」
 リズエルの口元に笑みが浮かんだ。
 あの時の、笑みと同じように。
「エディフェルを見ていて、私思ったの・・・・・・・、私達のやって来たことは間違っていたんじゃないのかって・・・・・」
「・・・・・・リズエル」
「私、貴方とエディフェルを見て、命の大切さを知ったわ・・・・・、ありがとう・・・・・・」
「いや、死なないで、姉さん・・・・・・」
 リネットの声が、震える。
「リネット・・・・・・・」
 リズエルの手が、リネットの涙を、そっ、と拭った。
「・・・・・・次郎エ門、妹を・・・・・・お願いします・・・・・・」
 リズエルの躰が少しずつ、温もりを失ってきていた。
 俺には解っていた。
 彼女が、どんなつらい気持ちでいたのかを。 
「・・・・・・・きっと、また逢えるよな?」
 俺の言葉に、リズエルはまるで母親のような笑顔を浮かべた。
「ええ、いつか出逢えるわ・・・・・・、遠い未来で」
 それがリズエルの最後の言葉だった。
 ふっ、とリズエルの躰が軽くなった。
 その顔はエディフェルと同じように安らかなものだった。

「姉さん・・・・・・」
 俺の腕に抱かれた、リズエルの遺体を見たリネットはその場に泣き崩れた。
「姉さん、リズエル姉さん・・・・・・・」
 何度も呼びかけるリネットの言葉に、リズエルは答えることはなかった。
 結局。
 俺は誰も・・・・・・、救えなかった。
 エディフェルも。
 アズエルも。
 そして、リズエルすら・・・・・・・。
 俺は、救えなかったんだ。
 空虚な心が、俺を包む。
 どくんっ、
 俺の中で、「何か」が脈打っていた。
 どくんっ、
 どくんっ、
 どくんっ、
 どくんっ、
「・・・・・・・・次郎エ門?」
 リネットの声が、聞こえる。
 それはひどく遠くから、聞こえているようだった。
「・・・・・・・・殺してやる」
 俺は呟いた。
 殺してやる。
 殺してやる。
 殺してやる。
 コロシテヤル。
 コロシテヤル。
 コロシテヤル。
 コロ・・・・・・・・・・・・・・、
 呪文のように、その言葉が頭を埋め尽くす。
「やめて!次郎エ門!」
 リネットの声は、もはや俺の耳には届かなかった。
 ドス黒い感情が躰の隅々まで、広がっていくのが判る。
 ごうっ、
 俺の口から、唸り声が漏れる。
 人の声ではない。獣の声だ。
 ごうっ、
 ごうっ、
 俺の躰がメキメキ、と音を立てて、膨らんでくる。
 ごつん、
 頭に、音が響く。
 ごつんっ、
 ごつんっ、
 頭の中から、何かが出てくるようだ。
 めきっっ、
 めきっっ、
 額から、角が生えてくる。
 俺の躰は、もはや人間のそれではなかった。
 その姿はダリエリより、遙かに大きい。
 身体の大きさは、倍近くになり、重さは十倍にはなっていた。
 コロセ。
 コロセ。
 コロセ。
 俺が叫んでいた。
 俺が吼えていた。
 その時・・・・・・・・・、
 俺は本当の、「鬼」になった。

 ごきん、
 頸の骨が、折れる音が響く。
 あらぬ方向へ向いた首から、血を吹き出しながら死んでいく。
 相手の腕を引きちぎり、その腕を頭蓋骨へ叩き込む。
 ぐしゃり、
 と、柘榴を潰すような音がした。
 俺は、笑っていた。
 俺は殺戮を、楽しんでいた。
 エルクゥだろうと、人間だろうと関係ない。
 ただ、殺すことに無情の喜びを感じていた。
 命の炎が輝く度、俺は興奮した。
 その時、
「やめてっ、次郎エ門!」
 女の声が、した。
 声の方向へ振り向くと、女が立っていた。
 まだ幼い面影を残した、娘だ。
「もうやめて、次郎エ門、こんな事、エディフェルもアズエルもリズエルも望んでないわ!」
 エディフェル?
 アズエル?
 リズエル?
 何のことだ?
 俺には全然解らなかった。
 俺はただ、殺すのを楽しんでいるだけだ。
「もう、エルクゥはいないのよ、私が最後の一人・・・・・・・・」
 娘はそういうと、俺の躰を抱きしめる。
 邪魔だ!
 俺は娘の頭を潰そうと、腕を振り上げる。
 一撃で、娘の頭は水風船のように潰れるだろう。
 やめろ!
 俺の頭の中で、声が響いた。
 やめろ!
 やめろ!
 俺の中で、もう一人の俺が抵抗する。
 うるさい!
 うるさい!
 うるさい!
 俺は、もう一人の俺を押さえ込み、娘の頭へ腕を振り下ろそうとする。
 ・・・・・・・・その時、
 声が、響いた。
  
「・・・・・・・・・・どうしたんです?、耕一さん。何か、悪い夢でも見たんですか?」
 眩しい、朝の日差しの中でリズエルが微笑んでいた。
「負けないで下さい、・・・・・・・・いつか再び出逢うために」

「・・・・・・・・・・何やってんだよ、耕一」
 朝の心地良い路上で、アズエルが俺を睨み付ける。
「あたしとの約束・・・・・・・、忘れるんじゃないよ、もし忘れたら承知しないからね」
 悪戯っぽく、アズエルが微笑んだ。

 ・・・・・・・・・そして、
 優しい声が、響いた。
 決して忘れたくない、声。
 例え、この世の全てを犠牲にしてでも失いたくない人。
「耕一さん、この想い・・・・・・・・、貴方に、伝えたかった・・・・・・・・・」
 俺の胸の中に、エディフェルの温もりが、伝わる。
「忘れない・・・・・・・・、貴方が忘れても、私はずっと、忘れない・・・・・・・・・・」
 忘れる?
 忘れるものか。
 俺も、絶対に忘れない。
 きっと再び、お前にめぐり逢い、そしてきっと、お前を此の手に抱きしめてやる。
 だから・・・・・・・・、待っていてくれ。
 再び、出逢える時を・・・・・・・。
「・・・・・・・ええ、待っているわ。何年、何十年、何百年経っても・・・・・・・・」
 エディフェルが、優しく微笑んだ。
「・・・・・・・・・・・・愛しているわ、次郎エ門」

 その声を聴いた時・・・・・・・・・、
 俺は、泣いていた。

 気が付くと、俺は広い平原に立ちつくしていた。
 服は破れ、全裸の状態だった。
 血と肉を焼いたような、咽せた匂いが広がっている。
 周りにはおびただしい、エルクゥと人間の骸が転がっていた。
「次郎エ門・・・・・・・・」
 俺の胸の中で、声がする。
 瞳を向けると、幼い顔をしたエルクゥの娘が俺の腕の中にいた。
 リネットであった。
「戻れたのね・・・・・・・?」
 リネットの瞳には、涙が浮かんでいた。
「・・・・・・・・俺は、一体?」
「もう、いいの・・・・・・・・、もういいの」
 そういうと、リネットは俺の胸の中で泣いた。
 気が付くと、俺も泣いていた。
 哀しくて、哀しくて、何故だかわかないが俺は声を殺して泣いた。

「私達生きていきましょう、次郎エ門。・・・・・・・・・また、再びみんなに逢える、その日まで」
 

   〜終章〜

 ある日。
 静かに、冬の訪れを感じながら一人の男が、山の中を歩いていた。
 その手には、白い菊の花がある。
 年の頃は三十歳前後と、いったところか。
 その躰はがっしりとして、大きい。
 顔は美男子という訳ではないが、人を惹き付ける魅力がある。
 隆山温泉街の郊外にある、小さな寺に男はやって来ていた。
 その寺の墓地の一角に、古い墓があった。
 墓標は長い風雪の為に擦り切れて、もはや読むことが出来ない。
 男は菊の花を墓前に供えると、ポケットから線香の束を出し、火を付けた。
 そして、しばしの黙祷。
 その時、
「おとうさーん!」
 と言う声が、男の耳に届く。
 男が振り向くと、そこには四、五歳と思われる少女がいた。
 あまり、父親に似ておらず美人顔である。
 多分、母親似なのだろう。
「車にいろって、言っただろ?」
「えー、だってつまんないだもん」
 男は微笑みながら、娘の頭を大きな手で撫でてやった。
 少女は男の前の墓に、目をとめる。
「ねぇ、お父さん。このお墓って誰のお墓なの?」
「んっ・・・・・・?、ああ、お父さんとお母さんの、遠いご先祖様のお墓なんだよ・・・・・・」
「ふうん・・・・・・」
 少女は墓に駆け寄ると、その小さな手を合わせて黙祷をする。
 男の口元には、これ以上ない優しい微笑みが浮かんでいた。
 黙祷をすまして、少女は父親の手を引いて行こうとする。
「ねぇねぇ、早く柏木の家へ行こうよ。お母さん、まってるよ?」
「・・・・・・ああ、そう、だな・・・・・・」
 男が娘の手に引かれて、行こうとしたその時。
”幸せか・・・・・・・?”
 男の耳に、声が届いた。
 振り向いてみるが、そこには誰一人いない。
”幸せか・・・・・・・?”
 再び、声が届く。
 男はふと墓の側に咲いている花に、目をとめた。
 彼岸花・・・・・・曼珠沙華であった。
”幸せか・・・・・・・?”
 曼珠沙華が、問う。
 優しい、声で。
 男は、微笑んでいた。
 当たり前じゃないか。
 微笑みが、そう言っていた。
「お父さん、はやくはやくー」
 娘に手を引かれながら、男はゆっくりと歩き始めた。

 隆山温泉の郊外の寺には、昔この地に現れた鬼を退治した英雄、次郎エ門の墓がある。
 しかし、その側にひっそりと立つ、四つの無名の墓の名前を知る者はいない・・・・・・・・。


         痕〜捨異伝 「炎宴の後」<完全版>   <了>



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