春々の憂鬱


                      written by 烏

※酒場にて  テーブルの上に置かれた小袋は安っぽい銀貨の音をたてた。 「これで森のゴブリんを退治してくだせぇ」  たまたま立ち寄っただけの、小さな村でのことだった。昼間の酒場にいるの は旅姿の4人と、酒場の主、そしてこの相談をもちかけてきた狩人の6人だけ。 狩人とテーブルで向かい合っているのは神官のホークひとりで、残りの3人は カウンターで黙々と食事をしている。  狩人の話はこうだった。村の側に大きな森がある。村人の多くはそこで狩り をして生計を立てている。森の奥には様々な怪物がいるが、狩人たちはそんな 奥深くまでは行かない。けれど最近になって、沼地に住むゴブリンが森の入り 口付近に棲みついてしまった。これでは狩りができない・・・  ホークは内心ため息をついた。ゴブリン程度なら、村人たちが力を合わせれ ば追い払えないものでもない。この狩人だって立派な斧ももっているし体も屈 強そうだ。自分たちでもできることなのに、なぜ「村人」というやつらはいつ もこうなんだ。それに、報酬がこれっぽっちの銀貨じゃ割にあわない。  丁重な断わりの言葉を哀れな狩人に返そうとしたときだった。 「わかりました」 戦士アスタロトが、口にパンを詰め込みながら、カウンターから二人のほうへ 向き直っていた。 「お引き受けしましょう」  盗賊のリョーマも背を向けたまま言った。 「困っている人を見過ごすことはできません」 魔法使いシバも振り向いた。 「我々に任せて下さい」  ホークは目を丸くし、抗議の声をあげようとした。が、自制した。 「ありがとうごぜぇます」 狩人は深々と頭を下げて酒場を出て行った。 ※村外れの小道 「どーーして、こんな仕事引き受けるんだっ!」 民家も無くなった森へ続く小道でホークは怒鳴った。 「もう金が無いんだ」 アスタロトは肩当てをポンポんと叩いて見せた。「この前の町で鎧の錆び落と しをした」 「ぼくもクロスボウを買った」とリョーマ。  ホークはシバのほうへ目を遣った。シバは短剣を鞘から少し抜いて見せた。 刃は銀色に光っていた。 「金貨30枚もした」 「報酬は少ないがゴブリンたちがため込んだ光り物があるだろう。やつらから 奪えばいくらかの足しにはなる」。フードの下でシバはつぶやいた。 「ま、多数決だ。悪く思うな」。両手を頭の後ろで組みながらリョーマは言っ た。 「それに」と、アスタロトは付け加えた。「ゴブリンに困らされている人達を 放っておくわけにもいかないだろう」  返す言葉もなく、ホークはため息をひとつついた。日差しがまぶしい春の日 の午後のことだった。 ※ゴブリンのキャンプ  狩人の話のとおり森を進むと草原に出た。その外れのほうの木立の側にゴブ リンたちがテントを張っていた。見張りらしい2匹のゴブリンが、4人を見つけ たらしく向かって歩いてくる。 「ざっと20匹ってところか。女子供もいるから戦力になるのは10匹前後」 アスタロトは背中の大剣の柄を確かめた。 「『眠り』の魔法を使おう。5匹程度かかるはずだ」と、シバ。 「皆殺しにするのは一苦労だな」というアスタロトの言葉をリョーマがさえぎ った。 「そのまえに、いちおうゴブリンたちと交渉してみよう」  シバはうなずくと近づいてくるゴブリンに、少し歩み寄った。4人の中でゴ ブリン語を話せるのはシバしかいない。  ゴブリンとの距離が10メートルほどになると、シバはゴブリン語でこう叫 んだ。「命が惜しかったら、ここから立ち去れ」  3人にゴブリン語はまったく分からなかったが、2匹のゴブリンがそろって 腰に下げている小剣に手を遣ったのを見て、シバが何と言ったか見当はついた。 「交渉は決裂のようだな」 「いつものことだ」 アスタロトは大剣を、リョーマは小刀をそれぞれ抜いた。  ゴブリンたちは奇声をあげながら突進した。しかし、その声はすぐに断末魔 の悲鳴に変わった。  この騒ぎに気付いたようで、テントの方から6,7匹のゴブリンたちが出てきた。 皆それぞれ武器を手にしていて、ボス格らしい体の大きなのと、マントを羽織 ったのがそれらの後ろに付いて向かってくる。  シバが呪文を唱えるとゴブリンたちはフラフラとその場に倒れこみ、残るは 1匹の下っ端とボス格らしい2匹だけになった。ゴブリンたちは戦意を失ったよ うで、下っ端はその場に立ちすくみ、体の大きい方はマントを着た方に慌てな がら何かを喋っていた。  アスタロトが構わず突進して行くと、マントのゴブリンが人間の言葉を叫ん だ。 「マッテクレ! オレタチノハナシヲキイテクレ」  片言の、聞き苦しい発音で語ったゴブリンの話をまとめるとこうだった。あ んたたちが、人間の縄張りに入り込んだ自分たちを排除しにきたのは分かって いる。しかし、自分たちも好きでこんな日当りの良い場所にいる訳ではない。 自分たちは今まで沼のほとりに棲んでいたのだが、最近その沼に悪魔が(他に 表現しようがないらしい)やってきた。悪魔は長い舌で次々と仲間を食べてし まうので、この場所まで逃げてきた。その悪魔を退治してくれれば自分たちも 元の棲みかに戻る。退治してくれればお礼に我々の財宝をやる・・・  アスタロトが剣を構え直そうとしたので慌ててホークが止めた。ゴブリンた ちも悪意があってやっているのではないと、しつこくホークが食い下がるので、 3人は渋々ゴブリンの要求を飲むことにした。 ※沼  魔法の効果が解けたゴブリンたちも連れて、マントの案内に従って森を進む と沼に出た。  マントの話によると、水に近づくと不意に長い舌が水中から飛び出してきて 一瞬のうちに悪魔に食われてしまうということだったので、ゴブリンを一匹、 囮に使うことにした。ロープを体に巻いて、もう一端を近くに木にくくりつけ ておく。そして水の中に入らせる。  命綱をつけているから食われる心配はないとシバが説得すると、囮は納得し たようで沼の水に足を浸けた。  囮がゆっくりと水に入って行き、4人は戦闘の構えをとって待つ。他のゴブ リンたちは遠巻きにその様子を見ていた。  すぐに獲物はかかった。水面が音をたてたかと思うと、次の瞬間には水中か ら伸びている長い舌が囮の体を捕えていた。ロープが張り、舌と命綱の引き合 いになった。囮は命綱のおかげで水中に引き込まれずにはすんだが、骨が砕け る音と短い悲鳴が響わたった。  舌が伸びてくる水面には、巨大な蛙が頭を出していた。体長は3メートルは あるだろう。  シバはすかさず呪文を放った。  水中の蛙の周囲に、白い糸が涌き起こった。糸は瞬く間に蛙の巨体に絡み付 き、身動きがとれなくなった蛙の体は水面に浮かび上がった。  魔法の蜘蛛の糸で絡め獲った蛙に、あとはとどめを刺すだけだった。 ※ゴブリンのテント  ゴブリンたちは大喜びだった。仲間を囮に使ったことなどまったく気にして いない様子だった。ゴブリンたちは犠牲者の死体を、無造作に沼に投げ込んで いた。  草原のテントに戻ると雌や子供たちまでもが4人に感謝の言葉(らしきもの) を投げかけた。  ボス格の2匹が、泥にまみれた小袋を4人に差し出した。 「ワレワレノ タカラダ ホウセキダ」 マントを着たほうがそう言ってホークに手渡した。中には馬具の金具や、ただ の石ころに混じってガーネットや黒曜石がいくつか入っていた。それを受け取 り、4人はテントを後にした。 「ほんとにこれで良かったのか?」とアスタロトはホークに言った。 「当然でしょう」とホークはにこやかに答えた。 「まあ、いちおう丸く収まったんだから良しとしようじゃないか」とリョーマ はアスタロトをなだめるように言った。 「それより早く村に戻ろう。体がゴブリン臭い」  ゴブリンのボス格2匹は去って行く4人の後ろ姿をずっと見ていた。そして彼 等の姿が見えなくなったところで、体の大きい方がマントに言った。 「せっかく今まで溜めてきた財宝を。もったいないことをした」 「財宝よりも、我々の棲みかの方が大事だ。こんなに日の当たる場所では、長 くは暮らせない。それに・・」とマントは付け加えた。「財宝は、また人間を 襲えば手に入る」。

© 1996 烏

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