イーハトーブの国のアリス(3)


                      written by たねり

3・金星音楽団の演奏会  金星音楽団の演奏会がとうとう開かれることになりました。アリスがイーハトーブに やってきてから4、5日後でしょうか。場所は、モリーオの町の公会堂のホールです。 演奏曲目は、第6交響曲。  「まあ、聴きたいのだったら、きてもいいのだけど、あまりおすすめとはいえないよ」  ゴーシュはなんだか自信がなさそうに見えました。アリスにチケットを1枚渡すと、 セロを古ぼけたケースにしまって、水車小屋にかぎもかけないで町にむかいました。不 用心だわ、とアリスは思いましたが、すぐにゴーシュには盗まれる財産なんて何もない ことに気付きました。セロはどうやって手にいれたのかしら。ストラディバリではない けれども、かれの持ち物のなかではとびきり値打ちがありそうです。  アリスはもちろん、演奏会にでかけました。モリーオの町はずれについたのはまだ夕 方でした。あたりは広々とした競馬場のあとで、それを都市計画で植物園につくりなお しているところでした。アカシアやポプラにつつまれたとてもいい景色のなかに、番小 屋や厩舎が点在しており、レオーネ・キューストさんがたった一人で宿直していました。 かれは町の博物局につとめる十八等官のお役人です。蓄音機と20枚ほどのレコード をもって、馬のかわりに山羊を飼ってここで自活しているのです。アリスが町にあそび にきたときにちょうどメンデルスゾーンを聴いていて、それも大好きなバイオリンコン チェルトでしたので、思わず番小屋をノックしてしまったのでした。それにしても、こ の国のひとたちはゴーシュにしろレオーネさんにしろ、住まいにはこだわらないのです ね。  レオーネ・キューストさんは金星音楽団の演奏会にかかさずでかけていました。アリ スがゴーシュの話をすると、「ゴーシュ。ゴーシュ。あのセロ弾きかい」とちょっと眉 をしかめました。「かれが足をひっぱることが多いからねえ。年に4回の演奏会がある とするだろう。かれは3回はしくじっているよ」  そうして、ひとりごとのようにつぶやきました。「シュタルケルやカザルスみたいに やれとはいってないんだ。もう、そんな贅沢はいわないから、せめて音程やリズムをま ちがえないでほしいなあ」  アリスはこのあいだの鳥のレッスンの様子を思い浮かべながら、いいました。  「そうね。それは鳥も同じ意見だったわ」  「ふん。鳥にまで意見をされているのかい、あのセロ弾きは」  「絶対音感をもつ鳥よ。だから、ばかにしてはいけないの」  ともあれ、アリスは金星音楽団の演奏会にレオーネ・キューストさんといっしょにで かける約束をしたのでした。  アリスが番小屋に近づくと、レオーネ・キューストさんはもう扉のまえにたって手を ふっていました。お役所を早引けしたのかもしれません。まあ、標本の採集や整理がお もな仕事だといっていましたから、たまの演奏会の日に早めに切り上げてもとくに困る こともないのでしょう。  アリスが礼儀正しく挨拶をすると、レオーネ・キューストさんも一礼しました。  「ゆっくり歩いていきましょう。公会堂につくのは、ちょうどいい時刻になります」  「ええ。わたしもお散歩は大好き。ところで、首はどうなさったの?」  アリスはレオーネ・キューストさんの首に当てられた包帯をめざとく見つけると、た ずねました。  「アリスさんもお気をつけなさいね。これは毒蛾にやられたんですが、どうもイーハ トーブ地方で異常発生するきざしがあります。もうあちこちで刺される人間がでていま す。とくにセンダードがひどい。わたしも来週にはこの件で出張しなければなりません。 これといった治療法がまだ見つからないのが、頭の痛いところなんですよ」  「毒蛾ですって。わたし、虫は嫌いなの。蝶々をのぞいてよ」  「そりゃそうですよ。毒蛾が好きなひとはめったにいない」  「演奏会は平気かしら。せっかくの音楽が毒蛾でだいなしになったら、わたし泣いち ゃうわ」  「モリーオはまだそうひどくはありません。大量発生するまえに駆除しちまえばいい わけですからね。とはいえ、いつまで抑えられるかはなんともいえませんが」                                  (つづく) ◇追伸◇ 「イーハトーブの国のアリス」は、なんの構想もないままでスター トしています。まだ、不完全な地図を手にジパングをめざしたコロ ンブスのほうが計画性がある、と思われます。ただ、あるのはアリ スへの愛情と宮沢賢治への畏敬のみ。できれば、最後にはアリスを 銀河鉄道にのせたいとは思うのですが、いまのペースだといったい いつになるか。21世紀にならないうちに、とは考えているのです が。(笑) 完成したあかつきには、出版することがわたしの希望 ですので、出版社の皆様には契約金つきの入札をお願いしておきま す。(こらこら)

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