written by カメ山カメ吉
毎度下ネタを書いてきたのですが、さすがに書き尽くしてネタがありません。 で、今回は大真面目に、剣道のお話などを書いてみることにしました。 特に動機とかがある訳でもないんですが(ないこともないんですけど)、私もい よいよ40歳になりまして、その記念と言ってはなんですが一念発起して剣道を 始めることにしました。 なぜに剣道? とお思いの方もお有りでしょうから、その辺のいい加減さをちょっ と書いてみることにしましょう。 私事で恐縮なんですけど、昨年親父が死にました。その様子をみていて、人間や はり日ごろの努力が必要というか、地道でもいいから少しくらいは身体を動かし てないといけないな、と痛感したんですね。 親父は70歳を越えていて、左の手足が悪かったということはあるにせよ、日頃 まったく身体を動かしていなかったんですよ。 みんなで「歩け歩け、どんどん歩け」と言っても、夏は暑いと言って歩かない、 冬は寒いと言って歩かない。運動はおろか、疲れる事はほとんどしませんでした。 だから、手術の後にはまったく歩けなくなってしまい、退院する事なく死んでし まいました。 お医者さんは、「どんどん歩いて元気になれば退院できる」と言ってたんですけ ど、本人にまったくその気がないんでどうにもならない。 「どんどん歩けよ。そしたら退院できるんだから」と言っても、「今日は疲れた から明日にするか」とか「焦っても良くなるもんじゃないから明日にするか」と か言ってまったく歩かなかった。 治る病気ではなかったにしろ、もし日頃身体を動かしていたら、もう少しいい死 に方というか、例えば、手術のあと寝たきりにならずに帰宅できて、もうちょっ と家族と一緒にいられたかもしれない、とか思ったんです。 世間でよく言われることですけど、人間、歩けなくなったらダメですね。食欲は なくなるし、筋肉がみるみる落ちていって別人みたいになっちまう。 そんなところをみていて、日頃まったく運動してない私としては、オレもちっと は身体を使わにゃいかんな〜……と思ったものでした。 ここいらで一つ花火でも打ち上げようか、というか、もう一花咲かせてみようか な〜と思ったんですよ。 で、さて、何をどうやって一花咲かせようかと思ったとき、すぐに思いついたの は例によって「愛人でもこしらえてみようか」、でした。愛人をこしらえたらそ れはそれでとっても楽しい一花ではあるだろうけど、でもまあ、今回の一念発起 とはちょっと方向が違うかもしれないですし、趣旨である足腰の鍛練になるとは 思えないですよね〜。 腰の鍛練にはなるか? まあそれは置いておいて、真面目に身体を鍛えようと思い立った私ですが、さて、 何をやるかが問題じゃないですか。 40歳から無理なく始められて、続けられるスポーツとかって、なかなか見当た りませんよ。 ジョギングとか散歩って退屈そうだし、夏は暑いし冬は寒そう。だいいち近所の 人に見られたら恥ずかしいかもしれません。犬でも連れていたら少しは格好つく かもしれないけど、一人で走り始めて三日でやめた……なんてのは凄え間抜け。 かといって、家で一人で、目的もなく何かをやって長続きするかどうかは……まっ たく自信ないです。 ランニングマシーンとかウェイトトレーニングみたいなのを、一人で黙々と、毎 日欠かさずに出来きますか〜? まず無理だよな〜。 では、目的さえ有ればいいかといえば、これもモノによりけりかもしれません。 たとえば、いまさら早起き野球とかも嫌じゃないですか。 私の兄貴は長年早起き野球をやってまして、最近はメンバーが少ないとかで、よ くチームに入らないかと誘われるんですよ。 でも、私は自慢じゃないけど典型的なヲタク体質だぞ。毎日寝るのは2時だぞ。 朝早くに起きられる訳がない。早起きはな〜、死んでもいやだな〜。 話を聞くと、朝の6時半とかに試合が始まるので、それまでにはグランドに行っ て、整備とか練習とかを始めてないといけないそうです。 兄貴なんかは、へたすりゃ4時半ころに起きて出かけるんだそうですけど、いう までもなく、私には考えられません。4時半と言えば、私なんかへたすりゃ寝付 いてすぐくらいの時間じゃないですか。寝不足はお肌に悪い……ってか? お肌はまあいいとして、夜更かしが出来なくなるというのは、生活をガラりと変 えなくてはいけないという事です。 出来るかどうか……考えてみるまでもなく……、勘弁してくれ〜。 あと、団体競技というのも引っ掛かるんですよ。チームワークとかって煩わしい じゃないですか。自分のせいで負けたり、へたすると私が寝坊してメンバーが足 りなかったりしたら目もあてられない。自分のペースでのんびりと出来るものじゃ ないといけません。 でで、何をやって一花咲かせようかと考えていた矢先に、テレビで面白いモノを 見たんですね。 娘達と一緒に見ていた、スマップというアイドルグループがやってる番組で、キ ムタクとかクサナギとかが剣道をやっていたんですよ。 これが、とても面白そうに思えたんですね。 キムタクは結構強そうだし、クサナギは運動神経悪そうだけど実に楽しそうにやっ てるんですよ。 なんかこう、ピーンと来るモノがありました。 剣道ね〜、剣道……面白いのかな? 私はそれまで、剣道という代物にはまったく興味は有りませんでした。やったこ ともなければ竹刀を握った事もない。 でも、テレビのドラマとかでたまに、庭先で竹刀とか木刀とかを振り回している オヤジなんかを見るじゃないですか。剣道という響きからしても、どことなくオ ヤジ臭い気もしますし。 ひょっとしたら、いいかもしれない。40歳から始められて、続けられるモノか もしれないぞ! 目的も有りそうだし、一人でも素振りくらいなら家で出来そう だから、手頃でいいかもしれないな。それに、ちょっと格好いいかも。 とまあ、こんないい加減な動機です。ミーハーお姉ちゃんみたいなもんですけど、 これでいいのです。私は、ずっとこんな調子でやってきたのですから。 思い立ったらまずは情報集めですけど、情報は、意外なほどあっさりと入ってき ました。 会社でスマップの事などをわいわいと話していたら、職場のF君が「うちの親父 は子供たちに剣道を教えてるんですよ」というのです。 「ボクも子供の頃からやってますけど、けっこう面白いですよ」と。 こんなに近くに経験者がいたとは、知らんかったな〜。 で、あれこれと聞いてみました。 一番気になるのは、この歳で始められるものなのかどうか、です。40歳といえ ば、自分で言うのも何だけど結構いい歳です。少なくも、もう若くはないですよ ね。いくら健康のためとはいえ、強烈にきつい運動とかをわざわざ始めようなん てぇ根性はありません。 あくまでも健康のために、ぼちぼちと、適当に、で、そこそこ楽しめて長く続け られる運動……がいいんですよ。 F君から返ってきた答えは、意外なものでした。 「剣道は、他の武道やスポーツと違っていくつになっても出来ます。いくつから 始めても、いつまででも出来ますよ」 これは実に興味深い答えでした。普通のスポーツとかだったら、とてもじゃない けど40歳から始めてじじいになるまでやるなんて出来ないと思うけど、剣道は、 いい歳になって始める人も結構いて、それから爺になるまでいくらでも続けられ るというのです。 もちろん、一流選手になって全日本選手権に出よう、なんてえのは無理ですけど、 自分のペースで続けようと思ったら、80歳過ぎても出来るんだそうです。 事実、F君のやっているところでも、40過ぎ50過ぎで始めた人もいるし、す でに70を越えた先生が、もちろん現役で先頭にたって頑張っているのだという から、ふ〜ん……。 それからしばらく、真剣に考えてみたんですよ。私がもし剣道を始めてどうだろ うか、と。 早起き野球やジョギングよりはいいかもしれないし、段を取るという目的もあり、 これもまた励みになりそうです。いい歳で始めて、5年くらいで三段を取得した 人も居るとか聞きました。 段とかはまあいいとして、今から始めても、爺になるまで続けられるのだとした ら、これから70までならあと30年も出来るじゃないですか。80までならな んと40年も出来る……そんなにはいいぞ。 しかし、本当にそんなに出来るものなのか、やはり半信半疑ではありました。 ウチの親父より歳のいった爺さんが、バンバンと竹刀を振り回している様子って のが想像付かなかったんですね。 あれこれ考えていたら、娘からも情報がありました。 私は知らなかったんですけど、娘の中学校では1年は体育の時間に、柔道と剣道 をやらされるみたいなんですよ。で、娘が言うには「剣道は臭い」そうです。 教材用の防具とかを皆で使うものだから、汗の臭いが染み込んでいて気持ち悪く なるくらいに臭いんだとか……。 剣道が臭いものだとは、知らなかったぞ。私の通っていた中学では、柔道も剣道 もやらなかったからな〜。 娘は、本気で剣道を始めようかと悩んでいる私に向かって言いました。 「お父さん、本気なの?」 本気かと聞かれても、困るのよな〜。本気で、どうしようか今考えているんじゃ ないか! でで、もし本当に始めるとして、もう一つ問題が有ります。剣道というのは他の スポーツとかよりも金が掛かりそうな気がするじゃないですか。防具とかって結 構高いんじゃないのか? 少なくも、1万とか2万とかじゃ揃えられないに違い ない。 その辺をF君に聞いてみたところ、 「お金、最初は掛かりますよ」とのこと。 「防具は30万くらいしますからね」と……。 そ、そんなに高いものなのか〜。 これは〜、考えてしまうじゃないですか。30万も掛けて、もし続かなかったら ドブに捨てるようなものです。 3万くらいならまだしも、30万……。もし買ってしまったら、やめるわけには いきませんからね〜。こりゃもう本気で悩む悩む。 F君が、中古品とかがないか聞いてみてくれるというので、様子をみることにし たのですが、ないですね。 使っていれば痛むものみたいだし、めったに中古品は出ないようです。 となると新品ですけど、30万も出して続けられなかったら子供たちの手前格好 付かないし、やはり諦めるか、それでも一応……ネットで聞いてみるか? と思 い、ボードとかに書いてみたところ、情報がありました。 やはり、大人用の防具の中古はほとんど出ないものなのだそうです。痛むし、使 うと臭くなる(他人の汗の臭いって凶悪みたいですね)し、なかなか出るもんじゃ ないということでした。 しかし、初心者が始めるなら30万もするブツを買うことはない、という情報も もらいました。最初は初心者用の安いブツで始めればいい、と。 10万も掛ける必要はないそうです。ということは〜? 初心者用の安いブツも 有るのか? と、またまたF君に聞いてみると、彼は安いブツの事は知らないよ うでした。 「そんな安いの有るんですか?」とか言ってました。 親父さんが教えているくらいだから、安いブツは眼中に無いのかもしれません。 親父さんの防具は胴だけで50万とか、甲手だけで40万とか、凄い話をしてま したから。 とにかくだ、F君が「一度見学に来ますか?」というので、う〜ん、あれこれ考 えていても仕方ないから見るだけ見てみようか、と見学に行くことにしたのです。 去年の秋ですが、F君と待ち合わせて体育館に出かけました。 彼の行っているところは、いわゆる町道場ではなく、体育館の剣道場でやってい る○×剣道協会という団体で、先生方も趣味で教えているんですね。 F君の親父さんももちろん仕事はもっていて、趣味で子供たちに教えているので す。 私にとってはうまいことに、彼の家は隣町でして、やっている体育館も隣町なん ですが、それでも車で15分も掛からない距離です。これは嬉しいことでした。 もし私の町の体育館だったら、やはり恥ずかしいかもしれません。娘達の同級生 とかにも剣道をやっている子がいるようですから、もしそんな子供達とか、その 父兄とかと出くわしたら、凄え恥ずかしくないか? でも、隣の町なら知り合いと出くわす恐れはまず無いでしょう。たぶん。 体育館は、前に何かの催しで来たこともありましたから、まったく知らないこと もなかったです。 入口に着くと剣道の道着を着たF君が待っていたわけなんですが、ちょっと異様 な眺めというか、奇妙な格好というか、何といえばいいんだろう……、小さいな がらも、確固たる非日常がそこにありました。 会社で見る彼とは違って見えて、なるほど、こんな格好して竹刀を振り回してい るんだ、と妙に感心した私でした。 考えてみれば、それまでしげしげと剣道の格好を見た事はなかったですね〜。 近くに道場などはなかったし、知り合いで剣道をやってる人もいなかった。 スマップはともかく、私が知っている剣道と言えば、漫画の「六三四の剣」とか、 やはり漫画の「おれは鉄平」とか、もっと古くは「ハリスの旋風」で石田国松が 番長と戦ったのが剣道だったな〜とか、その昔青春ドラマで森田健作が竹刀を振 り回していたっけかな〜、とかいうくらいで、ほとんど接点がなかったんですよ。 中学には剣道部はなかったし、高校には有ったけど覗いたこともありません。 ちょっと緊張しながら、F君の後について剣道場に入って行くと、お〜、やって るやってる。紛れもなく剣道の練習をやってるじゃないか。うんうん。 子供数人と、先生らしき爺さまと、女の人が、面は着けずに竹刀を振り回してい ました。 私がちょっとどきどきしながら「どうも〜〜〜」とか言ってたら、F君が先生ら しき爺さまを呼んできて、紹介してくれるので、しょうがねえから「どうも〜。 ちょっと見学させてください」とか言ったりした私でした。 先生は、「ああ、どうぞどうぞ。試合が終わったばかりで人が少ないけど、ゆっ くり見ていってください」とのたまったのでした。 F君がいうには、この爺様が御歳70を越える会長先生だそうで、ちょっと驚い たというか、ふ〜ん、本当に70の先生が現役で教えているんだ、と私には少し ショックではありました。 背筋なんかピンとしていて、とても私の親父と同じとは思えないくらいなんです。 元気のいいジイさんはいいよな〜、なんて思いながら見ていると、子供とそのお 母さんらしき連中の練習が進み、しばらくするとオジさん達がちらほらとやって 来ました。和気あいあいと談笑しながら、それぞれに素振りをしたり、防具を着 け始めたりします。 F君の親父さんは仕事で来られないそうでしたけど、こういうラフな雰囲気って のはいいですね。 私はどうも、高校とかの運動部のあの雰囲気は好きになれません。意味もなく上 下関係に厳しいのは嫌なんですよ。尊敬できる先輩を尊敬するのはやぶさかでは ないのですが、とてもじゃないけど尊敬できないような先輩まで尊敬させられる、 あの体育会系独特の乗りは嫌だな〜。 で、和気あいあいなんですけど、道着を着て、防具を着けると、を、何か違うぞ。 あの剣道の姿には不思議な魔力がありますね。それまでただの爺さまとかオジさ んだった人たちが、なんか雰囲気変わったぞ……。こ、これはなんなんだ?! その変貌ぶりは、じつに見事な手の平返しでした。 顔が見えなくなるというのが、一つの仕掛けかもしれません。 で、爺様とオジさん達が練習を始めたのですが、声がでけえ! 甲高い気合いが 耳に痛いぞ〜。 ブルースリーの甲高い「アチョー!」みたいに、凄え耳障りというか、鬼気迫る というか、喉が潰れるぞ……と心配してしまうくらいの気合いなんです。 う〜ん、これが剣道という代物なのだな〜。 F君に言わせると、やってる本人は面とかを着けてるからちょっと聞こえにくく なっているということと、面をしっかり着けてるから大口は開けられないという 事もあり、甲高い気合いになるようです。 それと、やってると夢中になってああいった気合いが出るのだそうな。 竹刀で叩き合う音も思ったよりでかいですね。バシバシッ、ガシッガシッ、と耳 が痛いほどでかい音が響きます。 そういえば、高校の頃に剣道部の練習場からこんな音が響いていたような気もす るな〜、とか思いながら眺めていたのですけど、その時の正直な気持ちはといえ ば、何だかよく分からねえな〜……、ってえとこでしょうか。 見るの初めてですから、面白いことは面白いのですが、どっちが優勢とかどの打 ちが入ったのか入らなかったのか、よく分からん……。 お〜、いい音だ。今のは決まったのかな? とか、でも避けたのかもしれない? いや、当たっているのかもしれない? とか、他人事のぶっ叩き合いを興味深く 拝見させてもらってました。 何だか痛そうに見えるんだけど、防具を付けているからひょっとしたらそれほど 痛くないのかもしれないし、凄え痛いのを我慢しているのかもしれないし? で、御歳70過ぎの先生も、やってるんですよ。バシバシガシガシと、本当にぶっ 叩き合っているわけです。 注意深く観察したのですが、あっちにお爺様が立ち、こっちにオジさんが立ち、 オジさんがお爺様に「お願いします」といって稽古を付けてもらっているような んです。う〜ん、凄い世界かもしれない。 70歳過ぎの方が、いわゆる技術指導とかでなく、実際に竹刀を取って叩き合っ ているというのは、ちょいとしたカルチャーショックみたいなのが有りました。 他の武道とか、まあ、スポーツでもいいんだけど、あのくらいの高齢の方が実際 に、口だけでなく、指導をするというか、指導できるモノって何か有りますかね〜。 柔道とか空手とかなどの場合、70過ぎの先生がガンガンと稽古を付けるという のは無理なのではないでしょうか。 野球とかテニスとかでも、あのくらいの高齢の先生がガンガンやれるかというと、 ちょっと無理なのではないだろうか? でも、やれるんだな、剣道はあの歳でもガシガシと実際にやるんだ〜! 素直な 気持ちで、感動しました。 実際にこの目で見て、本当に70歳過ぎても出来るというのが分かりました。 もしも私が70歳までやるとしたら、お〜、まだ30年も出来るじゃないですか。 時間は充分ありますよ。今からでも充分。 ここでまた余談ですけど、ウチの親父はこの頃に死んでしまいました。 死ぬ少し前に私が「今度オレ、剣道でも始めてみようと思うんだよ」と言うと、 「しゃらごしたいによくずくがあるな〜」とか言ってました。 「ごしたい」というのはこの辺の方言で、疲れるというような意味です。「しゃ らごしたい」でそんなつかれること、って意味ですか。「ずく」というのはやは り方言で、なんていうか……こまめというか、面倒くさがらないことです。 「そんな疲れることをよくやるな〜」ってことですね。 最後の最後までこんなやり取りをしてたんだから笑えますね。 本屋さんで剣道の雑誌を見付けて、病室で付き添いをしながら眺めてたものです。 そう、そういえば、お通夜の晩にお線香の番をしながら、眺めていたのもちょう ど買ったばかりの剣道の雑誌でした。 寒いの暑いの言っててウチの親父みたいになるか、一花咲かせて背筋のピンとし た元気なジイ様になるか、答えは言うまでもないですよね。 やってみようか、な? と、かなり傾いていんだですけど、やはり問題は防具の 高価なことでした。 雑誌にはわりと安いモノも出てるんですけど、サイズとか修理の事とかを考える と通販で買う品物ではないような気もします。 その頃、ちょうど防具のカタログが入手出来て、それを見ると、どの程度のもの かはともかく、その辺のお店で買えそうなもので安いのも有るには有るんですね。 入門用で一式で5万とか6万円とかのブツが。 安いだけあって本当にちゃちいかもしれないけど、始めてみて嫌になっても5万 くらいなら諦めも付くかもしけないし、そうだ、一度防具屋を覗いてみよう、と いうことで、もう12月のとある土曜日に隣町にあるお店を覗きに行きました。 中古品はないか聞いたところ、やはり無いですね。 子供用はときたま出るそうですが、大人用はまず出ないそうです。情報通りです ね、この辺は。 子供用はサイズがどんどん大きくなるから、買い替える人とかもいるみたいです けど、大人の場合はサイズがほとんど変わらないから売る人もいないようです。 で、初心者用の安い防具はいくらくらいから有るか聞いてみたところ、本当にチャ チイ物なら3万8千円くらいから有るんですよ。 その上が5万くらい。その上が8万。その上が13万。 防具屋さんのオヤジさんがカタログを見ながら、「このくらいの物なら充分なん ですがね〜」と指さす値段は20万以上……くらいにはなっちゃうか。 「続けられるかどうか分からないから、まず安いのを見せてもらえますか」とお 願いして現物を見せてもらったんだけど、安いのは確かに安そうな雰囲気ですね。 「安いだけあって薄いんですよ。ほら、ペラペラでしょう」とオヤジさん。 触ってみると、確かにペラペラ。っていっても、どのくらいがペラペラなのかは よく分からんのでが……。 「ちょっと当ててみますか」と言われ、面を顔に当ててみました。 お〜、視界が狭いぞ〜。目の前の世界が全てじゃないか。こんな窮屈な代物を付 けて叩き合うのか〜、と感心する私をよそに、オヤジさんは、 「おおそうだ、いいのがあるぞっ」と棚の奥の方から段ボール箱を引っ張り出し ました。 「サイズはいけると思うんだが……」と面を取り出して私の顔に当てる。 「いいですね〜、ぴったりだ。これならお買い得ですよ」 そのブツは学生さん用の物だそうでして、うまいことに小柄な私にサイズがぴっ たり(とオヤジさんは言ってました)でした。値段は定価8万4千円が特価で7 万円。微妙な値段ですよね〜……。 「そっちの安いものは本当に入門用ですから、長くは使えませんけど、これくら いの物なら一生は無理でも10年は使えますよ。しっかりしてますから」という 事でした。 触ってみると、確かに違います。しっかりしている……ような気がする。 ペラペラの物が5万で、しっかりしている物が特価7万で買えれば買わなきゃ損 じゃないか。 ペラペラの入門用を買った人は、本当かどうかは知りませんが大抵は2〜3年で ダメになったり、物足りなくなって買い替えるハメになるそうです。 だからオヤジさんとしても、そういうブツはあまりお薦めできないんだそうです。 う〜ん、7万か〜。実に、とっても微妙な金額。 ちなみに、防具は面、胴、甲手、垂れがセットになっていますが、この他にもい くつか必要な物はあります。 どんな物かといいますと、剣道着と袴、竹刀2本、防具袋、竹刀袋、手ぬぐい、 ゼッケン(垂れに付ける名札)。これらがしめて2万6千円なり。 7万の防具と足して9万と6千円なり。 何とか10万以下に収まりそうです。このくらいの値段なら、買ってもいいかな〜 と考えていたら、オヤジさん、「支払いはいつでもいいですよ」ときた。 そうか、いつでもいいのか〜。それじゃ、試しにひとつ買ってみるか、てな具合 で、ちょっと覗きに行った積もりが、帰りには防具一式と竹刀を担いで帰ること になっていたのでした。あ〜ぁ。 家族は、呆れてはいたと思うんですけど、私の性格からして、まあ、こうなるだ ろうとは思っていたようでした。読まれてますね。う〜ん……。 ともあれ、こうして道具は揃いました。 あとは始めるだけだぞ〜。けっこうその気になってたりして? いよいよ私も修行の道に入るんだ、と意気込んでF君に言ったらば、 「あ〜……、今年はもう終わりですよ」とのこと。なに〜? そういうば、年末だったんですよね。練習もおしまいで、次は年が明けてから。 しょうがないので、防具とかを飾っては眺めながら、年が明けるのを待ちました。 年頭に当たり、私の新年の決意は、9万と6千円も出したんだから少なくも5年 くらいは続けるぞ〜! という物でした。 1月も半ばを過ぎ、いよいよ稽古が始まるのですが、ここでちょっとしたアクシ デントが発生しました。 頼みの綱のF君が、なんと身体を壊してしまったんです。 胃の具合がおかしくて、入院こそしないものの検査検査で会社も休みがちになっ てしまって、とてもじゃないけど剣道どころではない様子。 「ちょっと出来る状態じゃないんで、春からにしませんか」と言うのです。 春と言えば、3月とか4月とか……? おいおい、そんなにたったらせっかくそ の気になった私の気持ちが萎えてしまうじゃないか。 さらにまずいといえば、なんとF君のお父さんは勤めが遠くに変わってしまい、 ほとんど来られなくなってしまいました。 これには参りましたよ。ホント。 私としては、F君と、F君のお父さんに手取り足取り面倒みてもらう積もりだっ たので、すっかり当てが外れてしまったのですが、まあそれも仕方ないですね。 で、あれこれ唸ってても仕方ないので、といういつものパターンで、どこで誰が やってるかは分かっているので、取り合えず行ってみることにしました。 必要なものは全部揃えたし、直ぐにでも始められるぞ! 冬でしたけど、防具と 竹刀を担いでいざ出陣。 しかし、冬ですからね。 忘れもしません。恐る恐る道場に入って行ったら、かのお爺様の会長先生と、子 供がたったの一人しかいなかったんですよ。うそ〜。 真冬ですからね。寒いからみんな練習したくないんだ、やっぱ。 子供は男の子で、一人でボール遊びをしていて、先生は暇そうにうろうろしてお られました。 拍子抜けしたんですけど、とにかく、先生に「入門したいのですが……」とお願 いして、「必要なものは揃えてきました」と、特価品の防具一式を見せました。 先生は、「ほうほう、剣道を始めたいんですか。それはそれは」と言いました。 最近は剣道人口もかなり減ってきて、入門希望者もあまりいないような事を言っ て嘆いておられました。 ちょうど人が少なかったのは幸いだったかもしれません。その日は稽古も出来な いので、会長先生と、来ていた子供で私の世話を焼いてくれました。 稽古着の着け方、袴の着け方、垂れの着け方、胴の着け方などを一通り教わりま したけど、面は直ぐには着けさせてもらえません。 「しかし、困ったぞ、初心者は子供しか居ませんから、幼稚園の子供と一緒にす る訳にはいきませんからね〜」と先生。 「いえ、ズブの素人ですから、子供と一緒で結構ですけど」と私。 「そうですね〜、ともあれ、まずは基本からじっくりとやりましょう。形になっ てきたら先生方に面でも打たせてもらって、そのうちには面が着けられるように なりますから」という事でした。 稽古は毎週水曜と金曜の夜7時半から9時までと、日曜の朝、こちらは夏が朝の 6時半からで冬が9時からだそうです。 朝はアレなので、取りあえず夜の部だけということにしてもらいました。 あれこれ世間話をしたんですけど、「それでカメ山さんは、どうして剣道を始め ようと思ったんですか?」と聞かれたのには参りました。 まさか「テレビでスマップがやってるのを見て面白そうだったから」とは言えな いじゃないですか。口まで出掛かったけど、慌てて「健康のために……」とかな んとか言ってごまかしました。 帰り支度をしていると、副会長の先生がやって来ました。この先生も会長先生ほ どではないけど結構いってる感じです。60近いかどうか、ってとこでしょうか。 私があいさつをすると、「入門希望ですか。それはそれは。剣道は基本が大切で す。基本にはやはり素振りが大切ですから、暇さえ有れば素振りをしなさい。打 ち合いは見た目は派手で格好いいけど、大事なのは基本ですよ」とのこと。 素振りには竹刀より木刀がいいというので、さっそく木刀を買いに行った私でし た。 こうして私の修業が始まったのですが、今回はここまでにします。
Copyright (C) 1997 by カメ山カメ吉 FCA18598@biglobe.ne.jp
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