旧来の食物アレルーギー以外にも、各種のアレルギーが増えてきている。統計によると日本人の3人に1人が何らかのアレルギー症状に悩んでいるそうだ。
私自身は「ブロイラー鶏肉アレルギー」なのだが、医者に行くと、鶏肉ではなくブロイラー飼育に投与される抗生物質に対するアレルーギーではないかと言われた。そういえば、確かにカンボジア旅行では幾ら鶏肉を食べてもアレルギーは出なかった。あれは絶対確実に、養殖ではなく庭先を駆け回っている地鶏であった。
となると、これも新しいタイプのアレルギーかもしれない。
高級化粧品に対するアレルギーや、新車アレルギー(ホルマリンに対するアレルギー?)という変った例も私は身近に知っている。
もちろん、社会現象とされるアトピーや花粉症は、現代日本に増加した新しいT型アレルギーの典型である。
ではこうしたアレルギーはどのような仕組みで起こるのだろうか?
完全に解明されたわけではないが、これまでのT型アレルギーに対する研究成果を簡単に要約すると次のようになる。
アレルギーは免疫反応の一種であり、そのうちT型アレルギーは、免疫グロブリンの一種であるIge抗体、マスト細胞(肥満細胞)、好塩基球などが複雑に関係しあって発症すると考えられている。
例えば花粉症は、アレルギーを発生させる抗原(=アレルゲン)として花粉から種々のタンパク質や糖タンパク質が精製されることによっておこる。
鼻腔から吸入された花粉は、鼻・咽喉の粘膜に付着し水溶性の抗原(アレルゲン)が花粉から溶け出す。この抗原は、マクロファージ(貪食細胞)により消化修飾され、抗原ペプチドに処理される。それからさらに、いくつかの過程を経てIge抗体が産出される。
このIge抗体に新たなアレルゲンが、マスト細胞において結合すると、ブリッジ構造が形成され、ヒスタミンなどケミカルメディエーターが貯蔵されているマスト細胞内顆粒が放出され、これが原因で平滑筋収縮・血管拡張・血管透過性の亢進といった作用をおこし、くしゃみ・鼻水・鼻詰まりといいたアレルギー症状が現象することになる。
ではこうした現代の新アレルギーの原因は一体何なのだろうか?
それを、花粉症という例で考えてみよう。
一つの原因として環境汚染が考えられる。
一番確実な例は、ディーゼルエンジンの排気微粒子である。詳しくいうとピレン、アントラセンなどの多環状芳香族炭化水素(Polycyclic Aromatic Hydrocarbon)である。これらの微粒子がIge抗体の産出を亢進するらしい。
これは統計として研究発表されている。
また、具体的な関係は立証されていないが、ホルムアルデヒドや巷で騒がれている環境ホルモンを含む未解明の生化学物質などがアレルギーの原因となっている可能性がある。
次に、杉の植林にも問題がある。本来の里山景観の自然では、杉も含めた雑木林がその主体であり、各種の樹木が育つことによって多様な生物が育まれ保水力も涵養されたのである。ところが、林業の効率性を求めることから、里山や原生林が次々に伐採され、一様に杉の植林が推進され純林が作られた。
杉の純林の中に入るとわかるが、そこは暗く生物相は貧弱である。杉は根が下方に伸びず保水力が弱く、また適切に管理されないと大雨で崩れやすい。そして、そうして植林されてきた杉林が今や壮年期をむかえ、杉花粉が一斉に放出されだしたのである。
こうした異常に大量の杉花粉がアレルギーの引き金になった可能性がある。
また、これは環境と言えないかもしれないが、現代人は複雑な社会の中で、多くのストレスを受けている。胃潰瘍や円形脱毛症の場合のように実証されてはいないものの、この「精神的ストレス」も、新しいアレルギーの一つの原因と考える人も多い。
現代人は、昔と比べると栄養状態がはるかに良くなった。とくに、現代日本人は最近タンパク質を多く摂取するようになり、体位も向上した。そして当然、免疫系も、より強化されてきたのである。
だがこの「強化」というのが曲者で、免疫反応も強くでてしまい、本来無害な異物にまで作用してしまう域に達したのである。
次に、花粉症の原因として、日本の清潔な衛生状態を問題にする人がいる。
確かにアトピーや花粉症は、日本に多い病である。そこで衛生環境の良化が原因とする二つの説を取り上げてみよう。
まず、「カイチュウがなくなったので花粉症が起こる」というのは藤田紘一郎の説である。
従来は、寄生虫の分泌物や排泄物の中にある糖タンパク質に対して特殊なIge抗体が多量に産出され、マスト細胞と結合してしまう。これにより、花粉による特異的なIge抗体が産出されてもそれらがマスト細胞に結合する余地がなく、アレルギー反応は起こらないというのだ。
マスト細胞は、もともと寄生虫やダニに反応し、除去する役割を果たしてきたらしい。しかし寄生虫がいなくなったことで、自分の組織に作用するに至ったわけである。
また、「結核菌が減少したので花粉症が起こる」というのは榎本雅夫の説である。
疫学的研究により指摘されたこの説によれば、細菌に感染するとINF-γ(インターフェロン)が多量に産出され、これがIge抗体の産生を抑制することによりアレルギーが起こらない仕組みであったというのだ。
それが衛生状態が改善されることにより、INF-γが産出されなくなり、結果として、花粉による特異的なIge抗体が産出されることとなったのである。
つまり、これらの説を要約すると、寄生虫や細菌とともに免疫系を作ってきた人間が、寄生虫や細菌がいなくなることにより、免疫系のバランスがくずれ、本来無害の花粉に対して過剰反応してしまうのが花粉症だということである。
すなわち、人類は長い生物学的歴史の中で、カイチュウや細菌などともいわば一緒に生活し進化してきた。そこで寄生虫や細菌の存在を前提として、それらに常時対抗するために免疫系の仕組みも形作られてきたのだ。衛生状態が極めて良くなったのは、人類の生物学的歴史からするとごく最近のことである。
したがって、これまでつきあってき生物環境との関係が突然絶たれた時、対抗する相手がいなくなって免疫系がとまどい、異常作動してしまうという皮肉な事態が生じたわけである。
有害物質汚染、植林による花粉の増加、精神的ストレス、栄養状態の良化、衛生状態の向上といった環境の変化が積み重なった結果、ある日突然、どれかが引き金となって、免疫系の過剰反応が病的な現象を引き起こすというのが、花粉症の正体のようである。
人間の身体は微妙で複雑なものである。体内の状態と周囲の環境に対して常に反応しながら、免疫系などの働きによりバランスを保っている。
それが長年の予測を上回る環境変化を蒙った時、うまく対応できず、花粉など意外なものに反応してしまうのである。
環境と人間の問題は奥深い。そして今や人間自身が、人間と、人間が自ら急激に変化させた環境との間に、人間の身体が対応できない状態を生じせしめたのである。
いわば、"Harmonious co-existence of nature and mankind."が崩れたことを、我々自身が、アレルギーという現象を通じて証明しているのだ。