東京ラーメン紀行の巻

そも工房庵主敬白

第1日

1998年10月下旬、台風一過、秋の気配が忍び寄る季節、私は8ヶ月ぶりに東京を訪れた。
今回の出張は某学会のセミナー・シンポジウムを聞くだけというもので、知り合いに会う事もなく単調になりそうだったので、せっかくだから「ラーメン」か「ソバ」か、「もんじゃ」か「ピザ」か、好きなB級グルメを探求しようと、密かに考えていた。前夜、ネットサーフィンしながら麺類・粉食系のホームページばかり見ていた。

さて当日、午前中の用事を終え、昼食時間になったので、さっそく近くの新宿まで足を伸ばすと、すぐにふらふらと「坂内」という店に入ってしまい、喜多方ラーメンを食べた。ほう、これは! 非常にバランスのとれた、完成度の高いラーメンだった。
この時、私は「今回の東京では食事はラーメンをテーマに、それも新宿に絞ろう!」と決心した。そうなると、正直なところ、午後は気もそぞろで、講義のメモを取りながらも、夜は何処の店にしようかと思案していた。
・・・「桂花」は美味いが以前食べたし、やはりネットによく登場する「肥後のれん」か「利しり」あたりかな、いや「味源」の味噌ラーメンも絶品だという噂も聞いたし、「やんばる」の沖縄ラーメンも「ザボン」の鹿児島ラーメンも有名で捨て難い・・・てな具合である。う〜ん。なぜかラーメンにはこうした深みにはまって行くような魔力がある。

宿は新宿近くのビジネスホテルだったので、夕刻チェックインするまでにラーメン激戦地・新宿をまず視察しようとうろうろしていると、聞いたことのない変った名前のラーメン屋の看板が目につき、またまた吸い込まれるように入ってしまった。風俗店の看板は気にならないのに、なぜか私はラーメン屋の看板に弱いのである。
だが、名前は言わないがこのラーメン屋は失敗だった。店のおやじが客を怒鳴りつけるのである。客はお金を払っておやじの顔色をうかがう。味もへったくれもなく、私はあわてて食べるとすぐ店を出た。

ホテルにチェックインし、風呂に入ってゆっくりすると、クソッ気分直しに、よしもう一軒行ってみるかという気になった。今度は最初から決め打ちして「利しり」に直行しようとしたが、場所がわからない。うろうろしていると、風俗店の客引きの兄さんにつかまってしまった。
「どこの店さがしてるの? ここはスゴイいい娘いるよ」
「いや、俺は色気より食い気でね。利しりっていうラーメン屋捜してんや」
「あっはっは、それならその角まがったとこだよ、帰りに寄ってよな」
客引きの兄さんに大笑いされてしまったが、おかげで無事、「利しり」にたどりつくと、迷わず「利しりラーメン」を注文する。これはスープが絶品だった。気分が晴れた。

さすが胃がもう限界で、その日は腹一杯満足して、すぐホテルに帰って寝た。

第2日

翌朝は、喫茶店で軽く済ませるかと、早めに宿を出て駅に向かって歩いて行くと、なんと早朝からやっているラーメン屋があるではないか。
モーニングサービスのラーメンなんて、はじめて聞いた。さすが新宿。感動して、私は店に吸い込まれた。だが、名前は言わないが、このラーメンは口に合わなかった。マズイぜ。店の雰囲気はいいのだが・・・残念無念。

午前中の講義は非常に面白く、昼になると、私はいい気分でいそいそと新宿へ向った。今度は少し変ったものをと「やんばる」という沖縄ラーメンの店で「やんばるそば」を食う。これは不思議なラーメンで期待どおりアバンギャルドだった。

これまで真面目に聞いていたのだが、講師の話が下手くそだったこともあり、午後の講義はさすがに眠気を覚え、あまり頭に入らない。そして、夕刻、新宿へまわり、最後の店に挑戦。
迷ったが、正統派の名代「げんこつ屋」で仕上げることにする。「げんこつラーメン」は、麺が素晴らしかった。最後も美味くてよかったよかった。満足である。
今回は、飛び込みの2店は失敗で、やはり、ネットで評判の店のほうがヒットする確立が高いなと実感した。さすがインターネットだぜ。
まだまだ新宿には評判の店がある。残念ながら「肥後のれん」「味源」「ザボン」といった名店には、行けなかったが、今後の楽しみにとっておこう。

結局、2日間で6軒のラーメンを食い、夜中に大阪へ新幹線で帰宅した。
その夜、夢にまでラーメンが出てきた。

今回のおすすめラーメン店

坂内

非常にバランスのとれた喜多方ラーメンである。店の雰囲気、スープのさっぱり感、縮れ麺のプリプリ感、そして具の美味さ。ドカンとはこないが、どれをとっても水準以上である。特に感心したのは、味がしみたチャーシューで、ジューシーでありながら甘すぎず、今回食べた中でチャーシューに関しては一番だった。これでラーメン530円には参りました。
喜多方ラーメンのチェーン店全般にいえることだが、店の構えや内装などが蔵の街のイメージで統一されており感心する。日本的で格調があり、モダンでもある。
私は以前、まったく偶然に福島県で喜多方ラーメンを食べ感動した経験がある。いつかゆっくり喜多方に滞在したいものだ。

利しり

評判の「オロチョンラーメン」より、「利しりラーメン」の味加減が私には丁度よかった。よそのスープは濃すぎたり、しつこすぎたり、醤油くさすぎたり、甘すぎたりすることも多い。ところが、ここは塩辛くなく上品で、薄口だが甘口ではなく、それでありながらパンチもある。こってり派の人には物足りないかも知れないが、あっさり派の私には絶品だった。今回食べたなかではスープは最高。
麺は、やや柔らかめで私の好みではないが、この量感がたまらない人もいるだろう。この夜、二軒目だったこともあり、私にはここの大きなどんぶりはもてあまし気味だったが・・・。チャーシューは平凡。
寿司屋みたいで店の雰囲気も悪くない。しかしながら、1000円という値段は、いささか高いという感を拭えない。

やんばる

「やんばるそば」を食べる。まるでフリーズドライのカップうどんのように「すかすか」するが「しこしこ」した感触の不思議な麺。けれどスープは醤油とんこつ風でチャーシューが乗って、(うどんに近い「ソーキそば」と違い)まぎれもなくラーメンである。
なんだこの麺は??、しかし、なかなかいけるぞ。だんだん美味く感じてくるぞ。うーん。たまにはこんな変化球もいいなあ。
具のチャーシューや、沖縄風のカマボコは私の口に合わなかった。スープはまあまあで平均以上だが、やはりこの店は「麺」の特殊さが売りだろう。
ただし店の雰囲気は、雑然としていまいちだ。

げんこつ屋

海苔が乗って、見た目はオーソドックスなラーメンである。しかし、食べたとたん麺の新鮮な反応が押しよせてきた。感動的だ。
ほんとうに麺が最高に素晴らしい。太くて打ちたてのもちもち感があり、かん水をあまり使用していないせいかクセがない。もともと太麺が好きな私はすっかり気に入ってしまった。今回食べたなかでは麺に関しては文句なく最高。
スープは一瞬、醤油くさい風味が鼻をつくが、食べだすと全く気にならなくなる。使用している材料が上質であることをうかがわせる。多分、化学調味料を使っていないのだろう。ややパンチにかけるが上品な深い味だ。
ビルの一階に、ガラス張りのオシャレな店で、ラーメン屋らしくないが、清潔感があり女性客も多く奇麗な店だ。

補説:東京のラーメンは何故うまいか?

麺類の分布は世界的だが、大きく見れば「具かけ麺」・「つけ麺」系が主流で、たとえば欧米ではスープで食べる麺類はあまり聞かない。圧倒的に東アジア中国−日本に多い。これはコク、だしの食文化圏に関係しているに違いない。

ところで、うどんやソバの場合は、麺が命である。まず、麺が美味くなければ評価されない。一方、ラーメンはスープが命であると言われる。これは何故だろう?
麺は別のところから買っているケースが多く(隠している場合もあるが)、それでも高い評価を受けている例が多い。 これは、麺よりもスープを期待して食いに来ている人が多い事を示している。(私は麺重視派だが)
たしかに、ラーメンのスープは非常に手間がかかっている。とんこつや鶏がら他を煮詰めたりして何時間もかけてスープを作る。そのスープの作り方が、各店の個性であり秘法である。こうして非常に複雑な味のするラーメンのスープが出来る。だから、ラーメン単品だけで勝負している(せざるを得ない?)店も多い。
そうして、精魂込めて作られたものが、一食400円から高くても1000円までで食べられるのだから、ラーメンは大変リーズナブルな食品だということが分かる。B級グルメの典型と言われる所以である。

かくして、コク・だしの食文化を突き詰めたラーメンは、戦後日本において手軽なB級グルメ食品として爆発的に開花し、各地に個性豊かな名店を生んだ。特に面白いのは、札幌・福岡といった大都市だけでなく、旭川、喜多方、白河、佐野、宇都宮、天理、和歌山、尾道、熊本、鹿児島といった地方都市に独特の美味なラーメンが生まれたことである。
そして、どんどん地方から人が集まる巨大な地方集合都市東京には、こうした地方出自のラーメンも次々と進出し、激しい競争に打ち勝つため、全力投球してきた。そして、これに負けじと本来の東京ラーメンや、ホープ軒流のこってり新東京流ラーメンも工夫を凝らし、お互いに凌ぎを削って進化してきたのである。
だから、ラーメンは東京なのである。