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インターネットについて
草莽工房庵主敬白
インターネットは、ほとんどの人々の予想を裏切って、爆発的な伸びをみせ、行政から企業、個人を巻き込んで利用者を増やしてきた。今後、インターネットが社会にどれだけの影響を及ぼし世界を変えていくのか、きわめて興味深い問題であり、我々は今その歴史的事件の場に立ち会っているのだ。
ところで、インターネットの特徴として、
まず、肯定的に考えてみると、
次に、否定的に考えてみよう。
肯定的な意見の底流にあるのは、インターネットの特徴の中に、世界をよりよいものに変えていく可能性を見出そうとする意志である。
現時点では、確かに否定的な意見の現実認識のほうが正しいだろう。肯定的な意見の内容は、まだ夢の段階である。
完全に反社会的なものは、受け入れられない。しかし、
従来の社会に、何の違和感もなくスッと溶け込めるようなものは、単なる流行であって、社会を変えるインパクトは持たないのである。
1997.11.1 草莽工房 再建にあたって記す。
私は、いずれインターネットは空気のように当たり前の存在になり、インターネットという言葉自体は消えていくのではないかと考えている。
しかし、インターネットがはじめて成功させた偉業--世界中のコンピュータをネットワーク化させ結びつけた--は人類の歴史の中で一つの注目すべき事件なのである。
いや、むしろコンピュータのネットワーク化は当然の流れであり、たまたまそれがインターネットと呼ばれるシステムにより実現されたといえるだけかもしれない。
そして、自分のコンピュータから不特定多数の人に見せたい情報を公開するよう工夫された場がホームページであり、特定の人と情報をやり取りする場が電子メールなのだろう。
(1)文字情報だけでなくマルチメディアであること
(2)国境などを越えるグローバルなメディアであること
(3)即時性
(4)双方向性
(5)権力的な中心がなく分散型の情報受発信ツールであること
があげられる。
もちろん電子メディアとしてデジタルであることや簡単に保存や複製ができることはいうまでもない。また、匿名性や自己編集性、アンダーグラウンド性、情報の共有化をめざす点、関係性のツールであること、コストパフォーマンスが高い点などを強調する人もいる。
確かに、インターネットが以上のような特徴をもって、新たなコミュニケーションの場を創出したことは間違いない。
しかし、インターネットは、社会を大きく変えるような力まで持っているのだろうか?
(1)のマルチメディアであることは、人間の五感全体に訴えることのできるツールであることを意味し、知識の共有から感性の共有へと、人と人とのつながりをより高度化させる。
(2)のグローバル性は、従来の国境とか空間の壁を取り払い、相互理解と平和な世界を実現させることになる。
(3)の即時性と(4)の双方向性は、通信と放送の融合をもたらし、参加型でリアルタイムな新しい文化を誕生させる。
(5)の分散性は、中央集権的な世界から、分権的ないし非権力的で、フラットな人間関係を前提とする世界と、ボランタリーな経済のしくみを生み出す。
(1)のマルチメディアといっても、中身として氾濫しているのはポルノ画像であり、音楽データも動画データも現在のインフラでは満足できるものではなく、従来のメディアには勝てない。
(2)のグローバル性といっても、世界の文化を一元化してしまう危険性のほうが高く、端的にいえばアメリカ文化に世界中が屈服することになる。
(3)の即時性と(4)の双方向性は、携帯性の発達した電話ほどのものではないし、参加型とは、つまらない個人情報をはじめとして、無責任なデマ情報や暴露情報が飛び交うことを意味するにすぎない。
(5)の分散性といっても、個人の間での話であって、行政や企業の強固なピラミッド型の組織が崩れるはずはないし、ましてや、ボランタリーな儲からない経済が広がることなど有り得ない。
一方、否定的な意見の底流にあるのは、インターネットはあくまでマイナーなものであり、将来も非主流のメディアであり続けるだろうという現実認識である。
しかし、将来となると話しは別である。長い目で見てほしい。WWWや電子メールの進化の余地はまだあると思うが、それらは、現時点でのあり方にすぎないのであり、
大切なのは、世界中のパーソナルなコンピュータがネットワークされたということである。
そこには、まだまだ多くの可能性が残されており、今後、我々の想像もつかない仕掛けが次々に現れてくるだろう。
そして、それは人間の新たな地平を開く一つの手段かもしれないのだ。(新たな悲劇のはじまりだという人もいるが・・・・)
現時点でも、インターネットは社会と若干の不協和音をかもし出し、よく新聞ネタになる。
たとえば、電子メールは、行政や企業などの組織にとって、権力関係を否定する方向にはたらくが、その便利さも捨て難いのであり、
そこで組織は抵抗しながらも、何とかそれに対応しようと努力しているのは確かである。
こうして若干の摩擦をおこしながら、インターネットは社会に影響を与えつづけている.
この若干というところがミソであって、私はそこにインターネットの大きな可能性を感じるのであるが、いかがなものであろうか。
ぜひ、皆さんのご意見を拝聴したい。
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