黒猫さん作「シャム猫物語S」へのアンサーストーリ。
というか、勝手に作った外伝。



 彼等は、どんな過去を背負って、ここに居るのだろう。何故、そんな風に生きるの
だろう。私は想像した。そして、その断片をメモにした。忘れないうちに。
 そんな形の文章にも、何らかの価値はあるらしい。黒猫 様の好意により、ここに
その断片達を載せる。
 物語Sの中で活躍する、親愛なるS、L、X、Y、M、Pへ。君達に捧げる。



SSSSS [S-cats'S Special anotherSpace Story]
Written By 黒猫 様
Produced By 闇工房
Modefied By 一歩


 雨のそぼ降る森の中で、XとYは出会った。
 その時Yは、武骨な三輪バギーに乗っていた。そして、その腕には、銃。
 だが、もうXには、警戒する気力すらも失せていた。戦火にまみれた故郷の村から命からがら逃げ出してから、どれぐらい時間が経ったのかも定かではない。父と母の死は、まぶたに焼き付いてる。涙も枯れた。もう、どうなっても良かった。
「よお、ガキ。この辺りで、雨宿り出来る所を知らないか?」
 森は、自分の庭だった。言われるままに、案内をした。男は、バギーから荷物を一式引き降ろすと、その洞窟で煮たきを始めた。その道具は、初めてみるものばかり。Xの暮らす村は、相当に田舎だったのだ。水素ガスカートリッジをランプに指しながら、Yが問うた。
「どうした? めずらしそうな顔して。」
「……初めて見た。」
 食い入る様に見つめるXに、Yは、器具の仕組みや動作原理を説明した。
「お前、のみ込みが早いなあ! 気に入ったよ。さあ、飯が出来た。食うか?」
 はじめて、自分が空腹だった事に気づいた。スープを一口、一口、すすりながら、それでもXの好奇心は収まらず、質問を続けた。Yは答え続けた。
 それが、XとYの出会いだった。


 Xも若者に成長した。
 彼は、Yが武器商人だと知っている。自分の村を焼いたのが、この男の手になる兵器だと知っている。あの日も、自分の作ったモノの威力が、実際にどれぐらいなのかに興味を持っての、視察の途中だった事を知っている。あの雨の日以来、行動を共にして、あちこちの戦場跡を見て回ったのだから。
 だが、不思議と怒りは湧かなかった。何故なのかは自分でも判らない。
 彼は、あの日のスープの暖かさを覚えている。あの日から、どんな質問にも答えて続けてくれた、Yの与えてくれる「教育」も判っている。
「おい、X。ちょっとあっち行って、そこの戦車の残骸拾ってこい。」
「Yぅ、いい加減、戦場荒し、止めません?」
「うるせえ。拾ってこい。」
 出会った時と全く変わらぬ風貌。全く年をとらないY。
「拾ってきても無駄ですよ。あれは只の複合層甲。なんの原因解明にもならない。」
「ほう、そうか。じゃ、ま、それを信用するかな。」
 最近、Yが、自分に一目置いてくれているのも判っている。
 いつしか、知識を求めるのは、自分の為だけでなく、Yの役に立ちたいから、になっていた。「好き」とは、ちょっと違う。いや。そうなのかも知れない。


 いつしか、二人の年齢関係は逆転していた。Xが老人に、Yが若者に。
 Xは年月を振り返り、生命の不思議さや尊さ、自分の運命等に思いを馳せたりする。
「お前、なんでそんなに老けたんだ?」
「年月を経れば、年をとる。当たり前の事ではないかね?」
「俺は元気だ。」
「全くだ。貴方は不思議な人だな。」
「? ……そうか! お前にはまだ処置してなかったな。忘れてたよ。おい、こっちのポッドに入れ。いいから、はやく入れ!」
 ポッドから出てきた時には、彼は「不老」になっていた。完全な事後承諾。
「なんて事を!」
「? なに怒ってんだ?」
 あの出会いの日から、築いていた何かがはじけた。
 もう、二度と、彼の言う事を鵜のみにして聞く事はあるまい。その日から、微妙に、XのYに対する口調は変わった。敬う位置から、対等の位置へ。あるいは、年長者が年少者を指導する立場へ。Yは頓着しない。もとから、気にしていないのだろう。
 はじけた何か、を卵とすると、その殻の中には、更に切れない固い絆、があったのか。そんなYの仕打にも関わらず、XはYと共に暮らし続けている。


 手の中の、子猫の毛皮の手触りとゴロゴロは、なんとも言えず気持ちがよかった。
「お前には、寿命がある。私には寿命がない。そんな二つの命が共にある。不思議なものだな。」
 この子猫も、又、戦場で拾ってきたものだ。火薬の匂いのたち込める中、動じる事もなく近付いてきた。Yも気にいっているらしい。Xが勝手に飼っているのだが、文句も言わない。いや、もともと、言う様なタイプではないか。

 Yは実験室から、ものを考えながら廊下に出た。足元からなき声。
「んん?」
 Xの飼っている子猫だ。戦場のどまん中で媚びを売るという、くそ度胸のある奴だ。Xは、よくこいつに話しかけている。馬鹿だな、話が通じるはずも、答えるはずもないのに。たかが猫が。
「! そうか。そういうのは、まだした事がなかったな。
 へい! ちょいとこっちへ来な。」
 そう口笛を吹いて呼ぶYの声に、子猫Sは素直について行った。嬉しそうに。
 ……実験室の中へ。

「Y、実験中に済まんがな、Sの姿を見かけなかったか? 三日程姿を見ない。」
「ああ、ここにいるぜ。」
 Sの体のヒトゲノム・プログラムを続けながら、Yはそう言って、円筒形の培養槽を顎で示した。


 爆発。下半身がとんだ。右腕も、肩から無くなったようだ。炎にあぶられ、爆風に飛ばされながら、それだけは確認した。大地が近付き、体がはねる。
 まあいい。これで、報酬[仕事料]分の働きはした。そう思う。体の自由は完全に効かない。視界には、青空が映るだけだった。戦場には似合わない、奇麗な青。
 どれぐらい時間が過ぎたのか。その視界に、一人の男の影が入った。
「お前、なかなかやるなあ。この思考戦車[シンクタンク]、俺の自信作だったんだぜ。指し違えてまで止めるたあ、やるねえ。気に入ったよ。」

 表皮組織は炎で融け、金属骨格がむき出しになったその顔に、Yは話しかけ続けた。
「このまま捨てるにゃ惜しい。俺が拾っていこう。生命維持装置は、胸部、ん、損傷はしていない。脳は、頭部か。よかったな、腹部に入れてたら、今頃生きてなかったぜ。……どうした?」
 挑戦的に、緑色のセンサー・アイが、金属頭骨の中から見返している。
「……構わんだろ?」
 緑の瞳が、瞬間、赤く点滅した。うなづいた様に見えた。
 Yは、Lに唯一残っていた左腕を無造作に掴むと、それを引っ張って、Lの体を肩に担いだ。

 以後、「戦場の女豹」の二つ名を持つサイボーグ傭兵Lの噂は、戦場では聞かない。


「Y、これだけのものを、一人の体[ボディ]に詰め込むというのかね。」
「ああ。すげえだろ。歩く武器庫ってのはこいつの代名詞になるぜ。面白えだろ。」
「私は面白くないよ。当人がこれだけの兵器[デバイス]を完全に制御できるのか、その点からしてが、非常な不安定要素だ。」
「大丈夫さ。ま、駄目なら駄目でいいし。」
「それよりも、Sの具合なのだがな。」
「え? 調子悪いのか。そうか。まだ、ゲノムバランスが取れてないからな。すぐに再調整しないといけないな。なら、こっちはまかせたぞ、X。青写真[設計図]は書いたし、部品も揃ってるから、後は出来るだろ。俺はSの世話にかかる。」
「やれやれ。結局、実行はするのか。私の忠告は、果たして役に立ってるのかな。」

 YとSが連れだって廊下を歩く。向うから、Xがすこぶるつきの美人と歩いてくる。
「おう、X、Sはこの通り、元気になったぜ。また一つ二つ、能力を強化しといたからな。で、どうした、美人連れで。」
「Xぅ。」
 舌足らずにそう声をあげて駆け寄るSを、Xが優しく受け止める。
「よしよし、S。元気になったか。」
「おい、この美人は」
「……貴方、本当に判らないの? それとも、からかってる?」
「?」
「わざわざ戦場でのゴミ拾い、ありがとう。おかげで命は助かったわ。」
「え……、お ん な、だったのか!」
 驚いているYに、Xが話しかけた。
「言われていたものは全部埋め込んだよ。彼女は、完全に制御している。」


 かちんときた。こいつ、今まで、私が女とは思ってなかったと言うのね? 確かに、金属骨格のすすけた顔しか見せていない。だが、あの時、こいつは「男」に話しかけているつもりだった、というのは、自分の今の体を作る時、こいつは、「男の体」を作っているつもりだった、というのは、妙にしゃくにさわった。
 決めた。こいつの事は嫌いになろう。
「何で代償を払おうかしら? お金? それとも、誰か殺して欲しい人がいる?」
「どちらも自分で間にあってる。ふうん、女、か……X、完全に制御してる、て言ったよな?」
「ああ。完全、だ。」
 そんな会話をしながら、じろじろと、爪先から頭の頂上まで、穴が開くような目で見つめてる。何を見てるのよ、イヤらしい。こいつ。
「なあ、あんた。暫く、俺の所に残ってみないか?」
 間髪をいれずに答える。
「それだけはお断り。何か別の代償にして欲しいわね。」
「拾い主は、俺だぜ? その体も、俺のものだ。」
「いやらしい言い方はやめてよね。それに、体を動かすのは私の意思、よ。なんなら、力づくでやってみる? ……貴方の作った「体」の、実戦データが得れるわね。」
 そう言い放った瞬間、場が凍った。Yが、冷汗をかいている。それとも、薄く笑っているのか……
 むにゅ。
 唐突に、足に、何か軟らかいものがあたった。さっきあいつと一緒に現れた、あの女の子だ。? いつの間に私の足元に? 目線があった。じいっと見つめてくる。
 やにわに、女の子の顔は笑いにくずれ、抱きついてきた。


「こんにちは、L。」
「こんにちは、X。Sならここよ。」
「ああ、多分そうだろうと思って、こちらに来たんだ。Sは、よく君になついた。誰にでもなつくんだがね、相手がさよなら、と言うのに、まとわりついて離れなかったのは、君が初めてだよ。」
「何故なのかしら。」
 寝顔をのぞき込みながら、そう質問する。
「判らない。なつかれて迷惑かい?」
「……それが、そうじゃないのよね。不思議だわ。むしろ気持ち良いぐらい。私は人嫌いなはずなのに。」
「それは、Sは、厳密には人間ではないからな。」
「え?」
「それよりも、だ。しばらく、この船に残ってみる気はないかね? あの時は、すぐにも出ていく、と言っていたが。考え直す気は、まだ起きないかね?」
「あの、Yって奴の思惑に乗るのが嫌なのよね。……だから早々に立ち去りたかったのに、結局このコに誤魔化されちゃって……」
 そう言いながらも、その顔は笑っていた。


「は、あの馬鹿共が! 結局買っていきやがった。」
「! Y、売ったのか、E兵器を!」
「売ったさ。」
「判っているのか? E兵器は、一発でも地球を滅ぼす力を持っているんだぞ!」
「そうさ。しかも、俺の作ったヤツだ。他のヤツが作ったのの3倍は効くな。粉々に砕けて、まあ、星屑さえも残らんね。」
「Y、Y。それが判ってて、何故売る。」
「相手が欲しがって金を払ったんだ、売らんでどうする。」
 大きくため息をついて、Xは椅子にくずおれた。Yが、コンソールを叩きながら、平然と会話を終らせる。
「この星ももう駄目さ。」

 単騎、船の前に、戦闘車両が現れた。節操の無いペインティング。
「傭兵部隊「ハガネ」と言えば、その筋じゃ有名よ。今の隊長「青鬚M」とは、一度会った事があるわ。ああ、間違いない。あの顔は、本人よ。」
「ふうん。会った事があるって、戦場でか?」
「他に何処があるのよ。」
「敵として?」
「だったら、今頃あいつはここにはいないわ。」
「ふふん、成る程ね。……で、強いのか、奴は。」
「知らない。」
「……今、味方[仲間]だったような事を言ったと思ったんだがな。」
「なんで敵[倒す相手]でもないヤツの事を、詳しく知る必要があるのよ?」
「……成る程ね。」


「あんたが、Yか?」
「ああ。」
「E兵器を、売ったそうだな?」
「答える義務はねえな。」
「……そうか、売ったのか。……頼みがある。この馬鹿でかい船、まだまだ人を載せれる空きがあると見た。俺も、こいつに載せて欲しい。」
「ほう、またなんで。」
「ここはもう駄目だ、と、見限ったからさ。そして、ここなら安全だ、と、思ったからさ。」
「俺の下がか?」
「計算済みのリスクだ。外の方がまだやばい。」
「そう思うなら、馬鹿じゃないな。いいだろう、許してやらん事もない。
 が、条件付きだ。」
 そう言ってニヤリと笑い、YはライトサーベルをMに投げた。自分も抜く。
「俺に勝ったら、許してやらあ。」

 ばっ。血しぶきが飛ぶ。無防備に立ちつくすMの左腕が、縦に割けた。
 傷口から、焼けた肉の匂いと、血の味が部屋に立ち込める。
「ぐぅ……」
「何故、抜かん?」
「あんた相手にゃ、抜かん。もう、喧嘩は飽きたんだ。いい加減、何かを壊す為じゃなくって、何かを守る為に戦いたくなってね。年甲斐もない、が。」
 不動の姿勢のまま冷汗を浮かべながら、Mは答える。足元には徐々に広がる血の海。
「ふん。つまらん。」
「さっきの話の続き、いいかい? 俺だけじゃなく、俺の部下、それから、ここを少し下った所にある村で、出たがってる奴、それから、その向こうの街……」
「勝手にしろ。幾らでも載ってきゃいいさ。条件は、俺の実験動物[モルモット]になる事。」
「ありがたい。恩にきるぜ。」
 そう言いながら、視界が歪んだ。床が、自分が垂れ長し続けてできた血の鏡が、近付いてくる。
 まるで、ワインみたいな赤だな。
 そう思いながら、意識が遠のく。
 血の一滴までがワインだったら、人生楽しいだろうな。決めた。俺は、酒の仕事を……


「オーナー、積み込み、終りました。」
「うむ。……あの船の行き先は、決まっているのか?」
「さあ。キャプテンYは、とりあえず宇宙だ、とだけ言っていると聞きました。」
「そうか。そうだな。
 何故、わしが、お前に、店の若いのを連れてあそこへ行け、と言ったか、判るか?」
「いいえ。いえ、なんとなくでなら。」
「人の集まる所には、必ず店が必要だから、さ。何か、「頼れる所」がいるんだ。」
「難しいですね。……故郷、でしょうか。」
「そうとも言えるかな。」
「私一人ではとても無理です。オーナーも一緒に」
「わしが出ていったら、この街の人間は誰に頼ればいい? 「頼れる所」が逃げ出したのでは話にならんさ。誰か一人でもそこに住む者がいる限り、共に居るのがわしらの仕事だ。それに、もう年だしな、今から新しい生活を作るのは疲れるよ。
 案ずる事はない。やれるよ。チャンスは、いつも若い者達に与えられ、若者はそれに答えてきた。いつでもそうやって、街は、人の生活する世界は増えて行ったんだ。」
「……。」
「お前には、思ってた以上に早く、のれん分けの時が来てしまったな。さあ、もういい、行きなさい。
 達者でな、P。」
「はい。……お父さんも。」


「Yぅ、チキュウがなくなったら、戦場跡を歩くの、できなくなるね。」
「んあ? そうだな。」
「いいの?」
「別に。今度から実験台は、船の中で賄えるからな。
 なんだ、気になるのか、S。」
「んー……。判んない。」
「だろうな。なに、何も変わらんよ。何一つね。」
「うん。Yも、Xも、Lも一緒に居るもんね。」


 争いは続く。そして、船のあてない旅も。
 黙って強化ガラスの向うの宇宙を見上げる。
 瞳の中には、漆黒の宇宙に輝く星々が、映り込んでいる。
 見つめる虚空から、その瞳と同じ色をした青い光点が一つ、消えた。
 その事を、判っているのだろうか。
 旅は続く。その船の中で、人々の生活もまた、続いている。
 彼女は、後ろを振り返り、親しい人のもとへと駆け寄った。


 そして、正伝へ……(笑)


*(注)
 尚、これは私一歩の完全な創作である。「彼等の過去って、こんなの?」と、直接黒猫様本人に尋ねた所、「ううん、全然違うよ」との返答を頂いてる。
 その点、あしからず御了承下さい。







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