剣を握った手が重い。
乾きかけた血糊の臭いは既に感じなくなっていた。
ただ、あまりに強く握り締めているため、指先は蒼白だった。
一つ深呼吸をしてから、柄を握り締めている指をはずす。
こわばっているそれが全てはずれた時、剣は大きな金属音を立てて落ちた。
しん、と静まり返った闇の中、不気味に響く甲高い音。
不意に緊張の糸が切れたのか、その場に少年は座りこんでしまった。
じっと手の平を見つめ、ごくりと唾を飲み込む。
紅く染まった手。
肉を切る鈍い感触。
噴き出す生暖かい液体。
そして恐怖に満ちた相手の瞳。
剣の型は父から習っていたが、実戦で人を斬ったことなどなかった。
しかし、あの時は体が自然と動き、気が付けば自分を組み伏せていた相手の喉に短剣を食い込ませていた。
初めて人を斬ったが、意外に冷静だった事に気付き、思わず口元に笑みが浮かんだ。
「……大丈夫か?」
物陰に隠れていたもう一人の少年が声をかけてきた。
やや年上に見えるが、ふっくらとした顔が幼く見える。
「ああ、怪我はない。」
問い掛けられた方の少年が振り向いた。
肩にかかる程度にそろえられた黒髪と対照的な白い肌。
少女とも見まごう程の美しさに、一瞬だが目を奪われた。
凍ったように自分を見つめたまま動かない相手に、少年は怪訝そうな表情をした。
「オーエンの方こそ大丈夫なのか?」
「あ、ああ。それよりも、その血をなんとかしなくては…」
「返り血だから、洗えば落ちるさ。」
ほとんど服の原型を留めていない布。
その合間から見える肌の白さ。
オーエンは正視するのを避けるように、その少年の肩にマントをかけた。
「その格好では目立つだろうし…」
そして言い訳のように言葉を濁した。
顔を赤らめた彼の様子に、少年は、目を細めて、微笑した。
「ありがとう。」
素直な言葉に、動揺して、どもってしまった彼を見ながら、少年は声をあげて笑った。
「俺をからかう暇があったら、さっさと行って来い!」
「分かったよ、オーエン。」
そういい残し、少年は水場へと走っていった。
小さくなった後ろ姿を見送ると、残されたオーエンは、溜息をついた。
「全く、人の気も知らないで…」
少年の時折り見せるしぐさに、同性とはいえ目を奪われる。
容姿が少女のようにほっそりしている事もあり、ふと良からぬ事を考えてしまうが、知らずに手を出せば
どうなるか分からない。
一歩間違えば、今、足元に転がっているのは自分だったのかもしれない。
だが…
その体を心ゆくまで貪りたいという欲求は、自分の中にも隠されている。
高ぶる欲望を抑えるように、オーエンは目を閉じた。
虜にしようとして、逆にとらわれているのは自分なのかもしれない。
又、それも一興か。
暗い闇の中に光る瞳が、残酷な喜びを見つけたように笑みを浮かべた。
「……くくく…」
押し殺した声が、闇の中に消えていった。