写楽

東洲斎写楽は歴史上、わずか10ヶ月にわたって世に出された彼の作品以外、何一つ史料が残っておらず、写楽の出生、経歴等、全てが謎に包まれています。 写楽は寛政六年(1792)五月、浮世絵界に突然現れ、翌年早々に忽然と姿を消しました。写楽が作品を発表したのはわずか10ヶ月、と非常に短期でしたが、彼の大変ユニークな誇張した役者絵等多くの作品は瞬く間に広く知られました。しかし、写楽のあまりにも誇張した表現方法は、当時、歌舞伎役者にも、また歌舞伎ファンにも非難されたそうです。

写楽の名は、国内外を問わず、広く知られ、彼の作品は多くの人々に愛されています。