#アイドルふりーく殺人事件

原作 bonbee 


第0章 プロローグ

 私は大阪在住のかえる。
 かえると言っても別に両生類の蛙ではないが、インターネットのチャット上ではそう呼ばれている。
 チャットをする時は、ハンドルネームと言うチャットのための名前を付けるのだが、私の場合、チャット上ではfrogと言う名前で入っており、みんなからかえると呼ばれてるわけである。
 チャットと言うのは、コンピューターの画面上で、電話回線を使って文字で会話をする事である。
 これを読んでいる人はそんな事はわかっているとは思うが、念のために説明しておく。
 私が主に使っているチャットは、IRCと言って、専用のソフトと起動させてリアルタイムで会話ができる物である。
 私の職業は非常勤講師である。
 現在は某大学と契約しており、夏休みは2ヶ月以上ある。
 今年の夏は、毎日チャット漬けの毎日を送るのかと思っていたのだが、どうもそうはいかないようだ。
 私がいつも入ってるチャットのチャンネル「#アイドルふりーく」の主催者ボンビー氏から、妙なメールが届いたからだ。 
 どうも何かの事件に巻き込まれたらしい。
 なんで面識の無いこの私にと思ったのだが、そうも言ってられないようだ。
 私はボンビー氏のメールに書いてる住所、名古屋市に向かうことにした。
 まだその時は、これからとんでもない事件に巻き込まれる事など知る由もなかった。


第1章 奇妙なメール

 「ボンビー氏からか・・・めずらしいな。」
 もう夏休みも10日ほど過ぎた頃だろうか。
 いつものようにメールをチェックをしているとそれはあった。
 ボンビー氏にメールアドレスを教えていたなんて記憶がないほど、いままでメールなど来たことがない。
 「なんだろいったい・・・」
 メール読んでいるうちに私は背筋が凍り付いた。

突然メールして申し訳ない。
俺はどうも#アイドルふりーくの参加者の誰かに恨みを買っているらしい。
まだ、誰なのかわからないのだが、3日後に俺の家に来るらしい。
俺には身に覚えがないのだが、そいつは殺したいくらいに恨んでるようだ。
俺はこれから3日間チャットには顔を出さないので、もし3日後の夜にもチャットに現れなかったら、これから書く住所に来て欲しい。

名古屋市XX区XX町1-3-2 XXハイツ3B

かえるがその誰かで無いこと祈る。

 「何の冗談だ・・・」
 ボンビー氏は私をからかっているのだろうか。
 だが、それから2日間ボンビー氏はチャットには現れなかった。
 チャンネルでは、いつものようにくだらない話で盛り上がっている。
 ボンビー氏が来ていない事など、誰も気にも留めてないようだ。
 他の参加者に聞いてようと何度も思ったが、もしメールの言葉が真実であり、実際恨みを持つ人間がこの中にいるとしたら、下手に聞くわけにもいかない。
 そして3日後の夜、ボンビー氏は現れた。

#アイドルふりーく
frog > 一体何の冗談だ>ぼんびー氏
bonbee > なにが?>かえる
frog > メールくれたでしょ?
wany > 鬼畜画像かな?
onsen > お、どんなの?
Etsu > (^^;
bonbee > どんな内容だっけ?
Kamui_RR > えつ〜遊んでくれ〜
frog > ・・・・
ZZR1100 > 寝ます。おやすみ
Etsu > 最近忙しい(^^;
frog > 今度、大阪遊びに行くので住所教えてくれっていうメールくれたでしょ>ボンビー氏
tamatama > 男同士でデートするのか・・・
bonbee > あ、そうだった。でも行けなくなったからもういいよ。
frog > ぼんびー氏って名古屋市内に住んでないのね
bonbee > え?なんで?
frog > メールに住所書いてくれたじゃない。豊田市って。
bonbee > あ、そうそう
Kamui_RR > あれ?ぼんびーさん名古屋市でしょ?
bonbee > ごめん、明日早いので落ちるね>おーる

 こいつはボンビー氏ではない。
 偽物だ。
 who is では間違いなくボンビー氏のプロバイダーからだが、やはり偽物だ。
 と言うことは誰だ?
 今、誰かがボンビー氏の家から繋いでると言うのか?
 このままではすっきりしない。
 私は、明日名古屋に行くことを決心した。


第2章 恐れていた現実

 数台のパトカーの回転灯がまるで火事にようにあたりを赤く染め、制服の警官がものものしい雰囲気で野次馬をけちらしており、とてもボンビー氏の部屋には近づけそうもない・・・などと想像していたのが馬鹿らしいほど、そのアパートの周りは静かだった。
 夏休みのせいか、時折、子供の笑い声があちこちで聞こえてくる。
 「3Bか・・・」
 私は、メールのプリントを片手に部屋番号を確かめた。
 表札には「片桐貴史」と書いてある。
 そういえば、私はボンビー氏の本名を知らない。
 彼はよくオフ会などに参加しているらしいが、私はそういう奴の気が知れない。
 顔も名前も性別も年齢も声も知らない者同士が、文字だけのコミュニケーションで自分の気持ちを伝えるのがチャットの醍醐味であり、わざわざ会って自分の本性をさらけ出すこともないだろう。
 チャットだから普段言えないことも言えるわけだし、まったく別人にもなれるのだ。
 だから私は、ボンビー氏の私生活になんて全く興味などなかったわけだ。
 私は数分、その部屋のドアの前に立ちつくしていたが、覚悟を決めてブザーを押した。
 反応がない。
 今度は連続で押してみる。
 やはり反応がない。
 ドアをノックしてみる。
 「そこで何してる!」
 突然後ろから声がして、私は飛び上がるほど驚いた。
 振り返ると、そこにはよれよれのスーツを着た30半ばほどの男が、けげんそうな顔で私を見ていた。
 「すいません・・・あの、こちらにお住まいの方ですか?」
 私はおそるおそる聞いてみた。
 「そこの住人は殺されたよ。」
 「殺された?」
 「ああ、3日前にな。」
 私は、恐れていた事が現実になった恐怖に、目の前が真っ暗になった。
 「申しおくれてすまないが、私は愛知県警捜査一課の島崎だ。」
 そう言うと、その男は内ポケットから警察手帳を取り出して私に見せた。
 「刑事さんですか・・・」
 「君と被害者の関係は?」
 私は、どう説明すればいいか少し悩んだが、いままでのいきさつを正直に島崎刑事に話すことにした。
 「そのメールは今、持ってるかい?」
 「はい。」
 そう言って私は、メールのプリントを島崎刑事に渡した。
 「このメールを送った直後に殺されたのか・・・」
 そう小声でつぶやき、島崎刑事は少しの間メールを見つめていたが、ふと何かを思いだしたように私の方を見てこう言った。
 「部屋の中を見るかい?」
 私は、少しためらってみたが、このまま帰ったらなんのためにここまで来たかと考え直し、島崎刑事の言う通りにする事にした。
 「はい、、、でも私はボンビー氏とは全く面識は無いんですよ。」
 「そんな事はわかってるさ。だいたい死体はもう安置所にあるし解剖も終わってる。部屋は鑑識も引き上げた後だ。だけど、君の言ってる事が本当ならば、新しい手がかりでも発見できるかもしれないと思ってね。俺もちょっと気になる事があって、さっき管理人から鍵を借りてきたとこさ。」
 島崎刑事は、ポケットから無造作に鍵を取り出すと、ドアの鍵穴に鍵を差し込み、ゆっくり廻した。
 「もう引き返せないな・・・」
 私は、心の中でつぶやいた。


第3章 悲しき微笑み

 「このあたりにうつ伏せに倒れていたんだよ。」
 島崎刑事は、床の一部を指さしながらそう言った。
 血がよく拭き取られてないせいか、その部分はどす黒く変色していた。
 「どうやって殺されたんですか?」
 「後頭部を鈍器のような物で殴られていた。ほとんど即死だろう。」
 かなり荒らされている部屋を想像していたのだが、いがいと整頓されている。
 「死体が発見された時も、部屋はこんな感じだったんですか?」
 「ああ、荒らされてる様子はなかったな。ただ、フロッピーやMOのたぐいは一つも発見できなかった。」
 「犯人が持ち出したと・・・」
 「たぶんな。そう考えると、犯人は情報がどこかに残ってる事を恐れて、、、つまり、チャット参加者という可能性もありあるな。」
 島崎刑事はそう言って私のほうをじっと見た。
 「わ、私は・・・そんな・・・」
 私は、あわてて身分証明書を見せて、事件当日のアリバイを島崎刑事に話した。
 島崎刑事は、軽くメモを取りながら笑い出した。
 「わかってるさ・・・犯人ならこんな所に今頃のこのこ出てくるわけがない。」
 私はちょっと安心しながら部屋を見渡した。
 青白のMacが机の上にある。
 「このコンピューターのハードディスクの中は調べたんですか?」
 「ああ、でも再インストールされているようで、何も発見できなかったよ。」
 「それも犯人が?」
 「たぶんな。」
 そうなると私の出る幕はなさそうである。
 なんせ、ボンビー氏とはコンピューターの中だけの付き合いなのだから。
 島崎刑事は、少し考え事をしていたが、思い出したように一枚の写真を私に見せた。
 そこには男2人が並んで写っている。
 「この写真が何か?」
 私がそう訪ねると、島崎刑事は、ひとりの男を指さした。
 「この男が君の言ってるボンビー氏だよ。」
 「はあ・・・」
 その写真の男は、私を見つめて微笑んでいた。
 私は、十年来の友達の慰霊でも見ているかのような錯覚に陥り、悲しみが込み上げてきた。
 まさかこんな形で対面するとはな・・・。
 そして、チャットのみの関係なのに、こんな感情的になっている自分に改めて驚いた。
 そんな気持ちを押し殺すかのように、私は島崎刑事に質問した。
 「隣の男は誰です?」
 「第一発見者さ。」
 「え?」
 「この写真は彼から借りた物だよ。」
 まだ20歳そこそこだろうか、あきらかにボンビー氏より年下と言うのがわかる。
 「彼とボンビー氏の関係は?・・・あ、すいません。」
 私は興奮して島崎刑事に質問している自分が、恥ずかしくなって顔を伏せた。
 「いいよ、気にするな。別に隠すような事でもないから・・・君と同じだよ。」
 「同じと言うと?」
 島崎刑事は、まるで聞かれたのがうれしいかのようにこう答えた。
 「#アイドルふりーくの参加者さ。」
 アイふり参加者が第一発見者か。
 私と同じようにメールを受け取って心配になって来たのか、、、あるいは犯人か、、、、、。
 「彼のハンドルネームは聞いてますか?」
 「ああ」
 そう言うと島崎刑事は手帳を開いて答えた。
 「かむい・・・と言っていた。」
 「かむい!」
 私は思わず声をあげた。
 「知っているのか?」
 「ええ。もちろん面識は無いですけど、チャットでは毎日会話しています。」
 「たしかあの夜も・・・」
 あ!と声を出しそうになって私はあわてて冷静を装った。
 おかしい!
 あの夜は確かにかむいはチャットに参加してたはずだ。
 そして、偽ボンビー氏とも会話をしている。
 ボンビー氏が3日前に殺されたのなら、かむいはそれを承知で偽ボンビー氏に会話をしていたと言うのか?
 私は、この事を島崎刑事には言うのをやめた。
 島崎刑事は、私の不自然な行動に気が付いた様子だったが、それ以上何も聞こうとしなかった。
 とにかくかむいに会ってみる必要がある。
 だが、チャットで聞いた限りではかむいは金沢に住んでいるはずだ。
 どうして名古屋に来ていたのか・・・。
 「かむいはまだ名古屋にいるのですか?」
 「ああ、昨日で事情聴取は終わったのだが、もう一泊して行くらしいよ。」
 そう言って、島崎刑事は一枚のメモを取りだした。
 「これが彼の泊まっているホテルだ。君も今晩泊まって行くかい?」
 「はい。」
 「何かあったら、ここに電話してくれ。」
 島崎刑事は名刺を取り出し、裏に携帯番号を書いてメモといっしょに私に差し出した。
 私はふるえる手でそれを受け取り、その部屋を後にした。


第4章 もうひとりの客人

 「ニュージャパンホテル・・・なんか嫌な名前だな・・・」
 名古屋駅裏の路地に、他のビル街に挟まれるよな格好でそのホテルはあった。
 「ここなら学生のかむいでも泊まれるか・・・」
 見るからに安そうなビジネスホテルではあったが、とりあえず宿を探す手間は省けたわけだ。
 私はフロントでチェックインをし、島崎刑事から貰ったメモを取りだし、かむいの部屋番号を探した。
 「この部屋か・・・」
 私がその部屋の前でノックするのをためらっていると、背後で私を呼ぶ声がした。
 「あの・・・・もしかして、かえるさんですか?・・・」
 そこには、30前後だろうか、痩せてひょろっとした青年が立っていた。
 島崎刑事からもらった写真の、かむいのとはあきらかに違う人物である。
 「君は・・・?」
 「あ、ども・・・ぶーです。はじめまして。」
 「ああ、ボンビー氏が#初心者から連れてきたって言う・・・」
 「そうです・・・かえるさんですよね?」
 「はい・・・はじめまして・・・」
 こうやってオフ会とかでも、お互いハンドルで呼び合ってるのかと思うと、なんか気恥ずかしい気分になった。
 そういえば最近、#アイドルふりーくでBhooと言うハンドルネームをよく目にしていた。
 私はそれほど話はしていなかったが、ボンビー氏とは結構仲良くしているようだった。
 「なぜ、私がここにいるとわかったんですか?」
 「僕も島崎刑事から聞いたんですよ。ちょうどかえるさんが帰った後くらいに・・・」
 「じゃ、君もボンビー氏からメールを貰って・・?」
 「はい、アパートにも行きました。そこで島崎刑事にかえるさんの事教えてもらって・・・」
 ボンビー氏は何人にメールを送っていたのか・・・。
 「まだ、かむいには会っていないの?」
 「はい、僕も今着いたところですから。」
 私たちは一瞬、お互い顔を見合わせたが、思い切って部屋のドアをノックすることにした。
 軽くノックするが、返事はない。
 少し強めにノックするが・・・やはり返事はない。
 「まさか殺されてるんじゃないでしょうね・・・」
 不安そうな声でぶーは言った。
 私はゆっくりとドアノブを廻した。
 鍵は・・・かかっていなかった。
 「かむいさん、入りますよ・・・」
 妙な胸騒ぎを隠しながら、私は思い切ってドアを開けた。


 つづく・・・