PropのPositive G克服法
Aerobatic Flightだけに限らず、航空機を操縦するにあたって、Load Factorの管理は常に頭に置いておかなくてはいけない要素の一つです。飛行機のLoad FactorにはPositive G (下向きに重力が発生する) と、Negative G (上向きに重力が発生する) とがあります。例えば、地上にいる時は下向きに+1Gがかかり、体重60kgの人の重さは60kgです。オートバイが60度の角度で傾いて旋回したときは+2G。体重60kgの人の重さは120kgになります。F-1の競技車の旋回時では横向きに3.5G近くが掛かると言われています。遊園地のフリーフォールは、機械の摩擦があるとしてもほぼ0G (無重力)。そして逆立ちをした時は−1Gで、重力が上向きに (頭の方向に向かって) 掛かります。
通常Cessna172などで操縦訓練をすると、45度のSteep Turn (急旋回) で約1.4G、その時に予期しない引き起こしをしたとしても、せいぜい+2Gくらいでしょうか。+2Gがかかった状態で腕を水平に伸ばしていると、腕が2倍の重さになり、支えきれずに下がってしまいます。理科の実験をしているようでおもしろいです。あまりG-Forceに慣れていない人は、この辺りで軽い目まいを起こします。これが軽度なAerobaticsでLoop (宙返り) をすると、+3Gから+4Gが機体とPilotにかかります。準備をしていないPilotではこの辺りが限界でしょう。競技向けのAerobaticsをすると、種目によっては+/-5Gが掛かります。派手な飛行で観客を魅了するAirshow Pilotたちは、瞬間的に最大+8G近くまで掛けて飛行します。もはや私の存在できる世界ではありません。
Aerobaticsの練習中、私はBlack Outに散々悩まされました。高いPositive Gが体に掛かると、血液は下向きに流れてしまい、脳は貧血状態になります。立ちくらみと同じ状態です。これによって目の前が真っ暗になることをBlack Outと言います。私は練習中、+3Gから+4G辺りの宙返りの引き起こし時などに何度も目の前が暗くなりました。これを防ぐための動作としては次の方法があります。
1. 腹や脚の筋肉に力を入れて血管を細め、血液が脳から流れ出ることを防ぐ。
2. 息を吐くときには口を小さくして、肺の中の圧力を高める。
これによって血液中の酸素の割合を高めることができ、脳に引き続き酸素を供給できる。
Pitts S-2BのLoad Factor Limitsは+6.0G/−3.0Gなので、Outside Maneuver (Negative Gの掛かる動作) はあまり本格的なことはできません。せいぜいOutside Half Loop、Outside Snap Rollくらいだと思います。Negative Gが体に掛かると、頭に血液が集中して顔が腫れたような、目が飛び出しそうな状況になります。対処法としては一つ、体の力を抜くことくらいです。私はNegative Gの方は−3.0辺りでは特に体に問題はなく、悩みはPositive Gの許容範囲の低さでした。

Outside Half Loop
-3Gの許容範囲内だと頂上までくることで精一杯です。
Gの許容範囲には個人差があり、これが低い人はAerobatic向きではありません。むしろ危険です。Positive Gの許容範囲が低い人の特徴として、筋肉や脂肪が少ない、背が高い、持久系の運動が得意、などがあります。筋肉が少ないと、血液の流出を防ぐことが出来ません。背が高いということは、頭から足先までの高低差が大きく、Positive Gの影響を受けやすくなります。脂肪が少なく持久系が得意な人も、血行が良いことが裏目に出てしまい同様です。私は背は標準ですが、体形がこれに当てはまり、自分がAerobatic Pilotに向いていないと知りました。
でも、簡単に諦められるほど潔くもないので、対策をいろいろと考えました。タバコを吸って血行を悪くする…これを勧められましたが、吸わない人間なのでこれは無理です。筋肉を付ける…筋力は付いても、筋肉が付いたことは今までありません。太って脂肪を付ける…痩せの何とかと言いますが、食べても太りません。しかも、整備士は肉体労働。これで太るのは無理です。持久力を下げて血行を悪くする…曲技飛行には持久力も必要だと思うのですが?
F-16 Cockpit
聞くところによると、戦闘機のF-16は座席の背もたれの角度が後ろに大きく傾いていて、頭と足との高低差を減らしてPilotがPositive Gに耐え易いように作られているそうです。それに対し、Pittsの座席は角度もほとんど直角に近く立っています。それならF-16を参考にして、角度を寝かせればと思いました。しかし、Pittsの座席は固定式なので調節することはできません。背中に何かを当てたりして、座った時の角度を変えようとしましたが、操縦桿が座席に当たってしまったり、思ったような結果には至りませんでした。
この悩みを友人に話すと、「軍のPilotが使うG-Suitを着れば?」と言われます。でもこれは、Positive Gがかかった時に身に付けたG-Suitに圧縮空気を送り込んで体を締め付けるもので、そういったSystemは小型機にはありません。残念ながら、身に付けただけでは役に立たないのです。
でもこの考えは使えるかもしれません。調節はできませんが、あらかじめ体を締め付けるのも一つの手でしょう。奥から履かなくなったかなりきつめのジーンズを取り出して、次の飛行の時に履いてみました。この考えは当たっていたようで、試しに飛行機の限界の+6.0Gの引き起こしをしてもまだ笑顔で余裕でした。試してはいませんが、今の私の限界は+7G辺りかと思います。その後、腰上を押さえつけるBeltも使用しています。これでさらに約0.5Gの助けになっているようです。もちろん、Gを掛けると飛行機の抵抗が増えて速度を失うので、不必要に掛けることは避けなくてはいけません。でも、許容範囲が高いということは、その分飛行に集中でき、体力の消耗も防げるので有利です。一度は諦めかけていた曲技飛行でしたが、これでまた道が開けました。
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