J入院生活
陣痛兼分娩室で、夫と生まれたばかりの赤ちゃんと3時間過ごした後、病室へ移動した。いくら安産とは
いえ、ベッドから起きることはまだ無理なので、ベッドのまま病室へと運ばれた。
陣痛兼分娩室はスイートを選んだ。妊娠8ヶ月ぐらいの時、健診の帰りに病室を見に行った時、
看護婦さんが普通の部屋とスイートの両方を案内してくれた。それぞれの値段を聞いた夫は、
多分ホテルなどの値段に相当するぐらいだからちょっと高いと思ったのだろう、
「一晩で?」と看護婦に確かめた。すると、看護婦は、
「Depends らー(場合によるよ)」
と言った。
なるほどね、陣痛が3日続いても、2時間でも同じ値段だものね・・・。わたしはなぜか自分は
絶対安産、すぐに生まれる、と確信していたので、
「いいよ、普通のほうで。どうせすぐ生まれるだろうし。」と言ったのだが、夫は、「RM200ぐらいしか
違わないし、それなら気持ちよく過ごせる方にしたら」と言った。まあ彼がそういうふうに言ってくれるなら、
ということで、陣痛兼分娩室はスイートにすることに決めていた。
しかし、病室の方は高いので、普通のシングルにするつもりだったのだが、「今はスイートかツインしか
空いていない」と言われた。夫も一緒に病室に泊まるつもりだったので(マレーシアでは
そういう人は多い。
病院の人も何も言わない)、他の誰かと一緒というわけにはいかず、スイートにすることにした。
ホテルならこういう場合、シングルの値段のままアップグレード、となるところだけど、ここは
病院だからしょうがない。
さて、病室は、ベッドルームとバスルーム、ソファが置いてある部屋と台所で構成されていた。
お見舞いに来る人は夫の知り合いが多かったので、ベッドルームで少し挨拶したり
ゆあんを見た後、お客さんはソファのある部屋で夫と話をしてくれたので、気が楽であった。
ベッドルームにはアストロ(衛星放送)もついていたので、いつものようにテレビをみることもできた。
入院していた2日間、わたしはただ眠ることと食べること、ゆあんにお乳をあげることを繰り返すだけで、
後はな〜んにもしなかった。病室から一歩も外に出なかった。時々看護婦さんが血圧を測りに来たり、
先生が診に来てくれたりした。ゆあんは一日一回、沐浴と検査のため看護婦さんに連れていかれたが、
それ以外はずっと病室で一緒に過ごした。小児科の先生が病室に来てくれて、ゆあんの検査結果を
知らせてくれた。母乳指導のおばさんが来て、母乳のあげ方を教えてくれた。
こんな感じで、必要なことはすべて病室で行われ、「指導」というものは一切なかった。(沐浴指導だけ
は希望すれば受けられたが、希望しなかった。)ベイビー・フレンドリー・ホスピタルで、母乳育児を
推進しているから、看護婦が勝手に哺乳瓶でミルクをやってしまうというようなことも一切なく、
何時にお乳をやったか看護婦が聞きに来て、記録していくだけだった。
だから、はっきり言って、暇である。お乳をあげるのがわたしの唯一最大の仕事だが、ゆあんは
不安になってしまうぐらい、よく眠る。時々むにゃむにゃと目を覚ました時に、すかさずお乳をやるが、
あまり飲まずにまたすぐに眠ってしまう。
「新生児はよく泣く」というイメージがあったが、病院にいる間、ゆあんの泣き声を聞いたのは、
誕生の瞬間だけであった。よく考えたら、赤ちゃんだって理由があって泣くのだから、満たされていれば
泣く必要なんてないのだ。
そんな感じで、ずっとゆあんと一緒にいて、夫と「かわいいねー」などと言っていた。それはもちろん
嘘偽りのない気持ちであったが、ゆあんが生まれた直後に感じた「自分の子供であることがうまく
飲み込めない」感じはずっと続いていた。まだ出会ってから少ししか経っていないStrangerであるように
感じられた。
*
さて、そんなふうに入院生活は平和に過ぎていった。
わたしにとっては初対面の夫の知り合いが、入れ替わり立ち代わりお見舞いに来ても、わたしは
ノーメークでパジャマ姿で疲れていても、わたしの赤ちゃんを見て、みんなが笑顔になる、
わたしの息子がみんなを幸せにしている、そのことがわたしを幸せな気持ちにした。
だから、とても穏やかで、優しい気持ちで過ごせた。
しかし、ひとつ、とてもつらかったことがある。「便秘」であった。
女性で便秘の人は多いが、わたしは普段、一切便秘をしない。しかし、ここにきて便秘になってしまったのは、
普段と違う食生活と、会陰の傷が痛むのではないかという不安からだと思う。
入院2日目に先生が診に来てくれたとき、「便秘です」というと、薬を処方してくれるということだった。
そして、しばらくして薬が効き、便意をもよおしたのだが、これがつらかった。本当につらかった。
便意はあるのに、こわくていきめない。中から何かが押し出される感じが、出産と全く同じなのである。
まだお腹の中に小さい赤ちゃんが一人残っているのかと思ってしまったほどである。
わたしはつい2日前に感じたばかりの人生最大の痛みをありありと思い出し、トイレの中で涙を流した。
汚い話ばかりで申し訳ないが、わたしはトイレが早いのが自慢で、もよおしたらすぐに出る。そんな
わたしが、時間をかけて、ようやく用を足した。傷は少し痛んだが、それよりも、中からぐぐっと
押されるあの感触に対する恐怖心の方が大きかった。
泣きながらことを終えたわたしは、これはプチお産だわ、と思った。
May 13, 2005
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