ものみの塔の輸血拒否方針による死者の数の推測

<この記事はAJWRBの英文の記事を日本語で抜粋したものです。>

はじめに

エホバの証人が交通事故などに遭い、大量出血を起こしながら輸血を拒否して死亡した場合、報道機関は時にこれを取り上げ、本来命を失うべきでない状況で宗教的理由により患者が死んでいく問題点を取り上げます。しかし、そのようなケースは全て報道されるわけでもありませんし、大部分のケースは病院内で担当の医療チームと家族が知るだけで、単に事故死、あるいは病死として片付けられています。現在の所、報道機関で知らされた輸血拒否による死者を数える以外に、正確な輸血拒否の死者の数を知ることは困難であるのが現状です。しかし、無輸血治療の安全性と有効性が問題になるにつれ、エホバの証人のように完全に輸血を拒否した場合にそれが実際の患者の死亡率にどのように影響するかが重要な問題になってきました。患者のプライバシーの問題と協力の問題から、エホバの証人の輸血拒否による死亡者の実数を数えることは不可能でしたが、それでも幾つかのデータからそのおおよその規模を推測することは可能です。以下の記事は、AJWRBによって調査されたデータを元に、おおよその輸血拒否による死者の数を推測したものです。この数は決して正確とは言えませんが、大まかな規模に関しては推測は大きくは外れていないはずです。

無輸血手術により死亡率はどれだけ増えるか

無輸血治療を何年もやっている大きな医療センターでは、少なくとも何人のエホバの証人の患者が無輸血治療を選んだことが原因で死んだかの統計をとることは可能でした。キッチン[1]は、1993年までの無輸血治療を行う幾つかの医療センターから寄せられた数字を総合し、心臓血管系と整形外科を中心とする1404件の無輸血手術により、その1.4パーセントの患者が輸血をしなかったことが直接の原因で死んだことを発表しました。このデータはものみの塔協会によってもよく引用され、無輸血治療が比較的安全であることの根拠とされています。しかし、この1.4パーセントという数字は、言い換えればエホバの証人が無輸血治療による手術を受けた場合、死亡率が1.4パーセント増えるということで、更に言い換えれば100人のエホバの証人が無輸血で手術を受けた場合、1.4人のエホバの証人が輸血拒否が元で死ぬ、あるいは1000人のエホバの証人の手術により、14人が輸血をすれば避けられた原因で死んでいることを意味しています。

年間何人のエホバの証人が輸血が必要な状態に陥るか

一方、実際の死者の数を推測するには、年間に何人のエホバの証人が輸血が必要な状態(事故、病気、手術など含め)になるかを知る必要があります。残念ながら、これも実数を計測することは不可能です。しかし、人口統計からこれを推測することができます。アメリカ血液銀行協会の最近の統計[2]によると、アメリカ全土で400万人の患者が、約1260万単位の血液を輸血されています。これをアメリカの総人口でわると、アメリカ国内で約人口1000人に対し年間15人が、様々な理由で輸血が必要な状況に陥るということです。現在アメリカではちょうど100万人のエホバの証人が伝道者として働いていますから、上の割合をエホバの証人の人口に当てはめれば、アメリカで年間1万5千(15,000)人のエホバの証人が本来であれば輸血を必要とすることになります。この中には上のキッチンの統計に含まれる心臓血管系や整形外科の大手術の他に、脳外科や婦人科の大手術、外傷、そして癌とその治療による高度の貧血の治療が含まれますが、いずれも輸血拒否による死亡率に大差はないと考えられます。

輸血を受けることによる死亡率はどの位か

ものみの塔協会は、輸血拒否による危険性は、輸血を受けることによる副作用で死ぬ危険より小さいから、と言って輸血拒否の危険の方が少ないとします。輸血はそんなに危険なものでしょうか。これについてもアメリカでの統計が発表されています。サザマ[3]は1990年に、アメリカ食品薬品局(FDA)に報告された輸血の副作用が原因で死亡した355例を解析しています。それによると、キッチンの統計と同じ手術後の短期間における死亡率は10万人の輸血患者に対し一人から1.2人でした。これを言い換えれば、もし10万人のエホバの証人が仮に輸血を受けた場合に、そのうちの一人は輸血の副作用が原因で死ぬということです。更に言い換えれば、輸血を受けることにより、患者の死亡率は0.001から0.002パーセント増加することになります。上に紹介した、キッチンの統計の輸血を拒否することによる1.4パーセントの死亡率の増加に比べると、比べ物にならないほど小さな数字であることがわかります。この統計は、ものみの塔協会は決して引用しません。現代の輸血医療がいかに安全になっているかを物語る数字であるからです。

世界中でのエホバの証人の輸血拒否による死者の概数

上に述べた1.4パーセント、0.001パーセントというのはあくまで概数ですが、大きさの規模の比較という目的では、それでも有効な数字です。ここでは誤差を見越して、少なめに見積もって、輸血拒否がエホバの証人の患者の死亡率を1パーセント増やすとしましょう。(正確には1.4パーセント引く0.002パーセントが輸血拒否による死亡率から輸血を受ける死亡率を差し引いた数字になります。)アメリカ国内で上に述べたように約15,000人のエホバの証人が普通であれば輸血を受けなければならない状態になり、輸血を拒否するか無輸血治療を受けたとすれば、アメリカだけで年間約150人のエホバの証人が輸血拒否が原因で死亡していることになります。これを世界中のエホバの証人の人口である600万人にかけると、年間約900人のエホバの証人が世界中で輸血拒否が直接の原因で死亡していることになります。

この概算の900人という数字は、実際にはもっと大きな数字であろうと言うことは次の事実から言えることができます。まず、この概算では、協会が発表した伝道者数だけを含めていますが、不活発化した証人、研究生、元証人など、この輸血拒否の方針を守る可能性のある伝道者以外の人々を含めると、輸血拒否の人口は世界中で1000万人を超えています。それらの人々を勘定に入れると、この900人という数字は更に大きくなるはずです。第二の900人が過小評価である理由は、この統計がアメリカでの実態を世界に延長していることです。しかしエホバの証人の年間統計を見ても分かる通り、エホバの証人の人口が集中しているのはアフリカ、中南米の多くの開発途上国です。世界の医療の最先端を行くアメリカでの死亡率をこれらの、医療施設も技術も遅れた国々にそのまま当てはめることはできません。これらの発展途上国での死亡率はアメリカより遥かに高いことは誰も否定できないでしょう。

年間900人の死者の重み

この記事の最初に述べたように、この数字はあくまで概算であり、決して正確な数字ではないことは強調されなければなりません。しかし、その一方で、死亡者数の大きさの概算としては、十分有効な数字とも言えます。つまりこの数字から、年間の死者の数は、決して9人でも90人でもなければ、9000人でもないということはほぼ間違いなく結論されるでしょう。ものみの塔協会の方針により、人が年間900人以上死んでいく、この数字が大きいと感じるか小さいと感じるかは人によって異なるでしょう。宗教が原因で人が死んでいく例では、最近ではオーム真理教の殺人や、ジム・ジョーンズのピープルズ・テンプルによる900人の集団自殺、テキサス州ウェイコでのブランチデビデアンの大量焼死自殺がありますが、エホバの証人の場合、これらと異なるのは、その死が世界中の病院の中で散発的に大部分は報道されることもなく起こっていること、しかしその一方で他のカルトの死者と異なり、この方針が続く限り、毎年毎年死者の数は累積されるということでしょう。恐らくこの輸血拒否の方針が始まった1961年以来の死者を累計すると、宗教の教義が理由で信者が死んだ事例では、恐らく最大の死者を出してきたと考えられます。

文献

  1. Kitchens CS. Are transfusions overrated? Surgical outcome of Jehovah's Witnesses. Am J Med 1993;94:117-119
  2. American Association of Blood Banks. Available from URL:http://www.aabb.org/All_About_Blood/FAQs/aabb_faqs.htm
  3. Sazama K. Reports of 355 transfusion-associated deaths: 1976 through 1985. Transfusion 1990;30:583-590

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