Duane Allman
1946年11月20日生−1971年10月29日没
24歳でこの世を去ったギタリスト、Duane Allman
60年代末〜70年代には多くのミュージシャンがこの世を去りました。名前を挙げるだけでもオーティス レディング、ジミ ヘンドリクス、ジャニス ジョプリン、ブライアン ジョーンズ、ジム モリソンら(その他大勢)がいます。それらのアーチストの中でも最も若くして亡くなったミュージシャンはDuane Allmanだと思います。
彼の名前が世界的に有名になったのはEric Claptonが率いるバンド、Derek&Dominosの「Layla」アルバムに参加したことでした(1970年)。それまでも自分のバンドAllman Brothers Bandで演奏していましたが、一部では高い評価を受けつつもまだまだ無名に近い状態でした。バンド活動を続ける傍ら、スタジオミュージシャンとしても活躍。そこでかなりの腕を磨き、セッションギタリストとして名を挙げるようになりました。有名なところではking Curtis、 Aretha Franklin、 Boz Scaggs、 Wilson Pickettらとの共演があります。
わたしがDuaneを知ったのは、クラプトンのDerek&Dominosの「Layla」アルバムからでした(その当時はLPレコードでした)。ジャケットを開くとクラプトンやドミノスのメンバー達がスタジオでくつろいでいる写真やセッションを行っている写真がありましたが、そこにはDuaneの姿もありました。最初はクラプトンにしか目がいきませんでしたが、金髪で細身、どこかワンコを連想させる口髭が愛敬なDuaneにも目が止まるようになりました。ハンサムなクラプトンに対して決してハンサムではないDuane。でもその場を和やかにしてくれるような雰囲気を漂わせる温厚そうな人柄がその写真からは伝わってきました。
そのLPレコードを購入したのが高2の時でした。今でもそうですが、楽器のことに関しては全く無知でしたので、デュアンとクラプトンがどちらのパートを弾いていることなど考える余地もありませんでした。その当時は既にクラプトンはギターの神様ではなかったと思いますが、まさかデュアンが主なパートを弾いていたとはその時は想像もしていませんでした。さすがクラプトン、神様だけあってすごいなあ!と勘違いしていたのです。そしてクラプトンの代表作とも言われるあの名作「Layla」も最初から最後までクラプトンが弾いていると思い続けていたのです。それが違うという事実を知ったのは後年になってからでした。
それからしばらくしてFM放送で「ライブ名盤特集」というものがあり、ストーンズ、GFR、ジェファーソンエアプレイン、ジミ ヘンドリクスらと共にオールマンブラザーズバンド(ABB)の演奏も放送されました。その時の特集はテープに録音し今でも保存してあります。ABBの演奏は「Whipping Post」でしたが、グレッグのボーカルとデュアンのギターに物凄い衝撃を受けてしまいました。こんな凄いギターを弾いていたのがあのデュアン オールマンだったのか。。と目からうろこが落ちる思いでした。しかしながら時既に遅し、デュアンはわたしが6歳の時の1971年に既に他界していたのでした。その事さえも後に名盤ブックを読むまでは知りませんでした。
彼の名前が有名になると共にバンドの名前も世に知られるようになりました。
1971年にNYのフィルモア イーストで行われたライブを収録したアルバム、「At Filmore East」はセールス的にも大成功を収め、批評家達からも大絶賛されました。
その年の10月29日に彼はバイク事故であっけなく亡くなってしまうのですが、まさにこれからという時期、今後の活躍が最も期待されていた時の悲劇だったので、バンドメンバーもとより、当時の彼のファン達のショックは計り知れません。
24歳にして亡くなってしまったため、彼の音源は本当に限られています。ABBとしての活躍は後のベスト盤やボックスセットを除いては初期のアルバム4枚にしか参加していません。その他ではDerek&Dominos、Delaney&Bonnie、Boz Scaggsらの作品、亡くなってから発表された「An Anthology」で聴くことができます。
どの人からのインタビューでもデュアンの事を悪く言うのを聞いたことはありません。ほとんどの人が彼を尊敬し崇拝し、その早すぎる死を残念に思っています。余談ですが、悪名高い巨大掲示板の洋楽板にデュアンのスレッドが立ったことがありましたが、そこでも彼のことをけなすような書き込みは一切ありませんでした。意地悪く考えてみると、まだ24歳でこれからという時だったので悪い噂もあまりなかったのかもしれないし、出なかったのかもしれません。
しかしながら彼の元気だった頃のお宝写真を見ると、やはり温厚そうなイメージは拭えません。プレイ中の真剣な顔、ホテルの部屋のバスルームで一人寡黙にギターを練習する姿、ちょっとはにかんだような笑顔からは本当に良い人でギターが大好きなんだなあとしみじみ思います。また自分の名前がバンド名に使われるのは他のメンバーよりも自分ばかりが注目されてしまうのでバンド名を変えたがっていたこと、クラプトンがデュアンのライブをこっそり見に来ていた時、尊敬するクラプトンの姿を演奏中に発見しその場で固まってしまったこと、ABBは彼が発足させたバンドですが、自分は歌が下手だからと弟のグレッグにボーカルをとらせたことなどのエピソードは、有名になっても決して自分だけ目立とうとしない謙虚な姿がとても好感を持ちました。
また最近微笑ましいエピソードを発見しました。
「ちょっと驚いた事があったんだ。ペンシルバニアでのことなんだけどさ、駐車場に向かってみんなと歩いていた時、バンドメンバーは両脇にグルーピーの女の子達を抱えていたんだよ。そして俺が歩いている時車の中をちらっと見たらデュアンが車の中に一人でいたんだ、そこで奴は座って本を読んでいたんだぜ。」
スライドギターの名手として数々の傑作を残しましたが、アコースティックギターで演奏している「Little Martha」はとても美しい曲です。この曲のタイトルのマーサとは彼の恋人が飼っていた犬の名前だそうですが、彼女に捧げられた曲です。その他ではCowboyの「Pleae Be With Me」でもとても素晴らしい感動的なドブロ演奏を聴かせてくれます。バイク事故で亡くなってから今年でちょうど30年。わたしはとっくに彼の年齢を追い越してしまいましたが、いつまでも彼を忘れずにファンでいたいと思っています。
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