ストーンズはジャンキーか?


Album[Forty Licks]と今―戦争を巡って

 さて、皆さん。ここに一枚のローリング・ストーンズ2002年アルバム『Forty Licks』があります。CD時代になってからも、様々な彼等のベスト・アルバムが世 に現れました。 されどオフィシャルとして、ここまでまとも且つ周到なデジタル・ リマスターを以てリリースされた盤は恐らく初めてでしょう。ただ、にも拘らず私見、 決して60年代中期までの曲いくつかは、巧くリマスターされたとも思えません。ちょ っとマニアックな話をすれば、今までモノラル・テイクしかリリースされていなかっ た『It's All Over Now(1964年)』のリアル・ステレオ・バージョンなんて、驚く べきものも含まれていますけれどね! 何故ってこの年代にステレオ録音していたロッ ク・バンドなどまずおらぬ。更にもし出しえたとして、どこの家庭にもステレオ再生 装置がない。実際、70年あたりまではモノ・ステレオ両仕様盤を制作する場合も決 して珍しくなかったのである〜今から思えば、じゃあ何も後者だけ作り、モノ装置で かけたって同じだろ、とも看做しうるがさにあらず。そう、当時《ヒット》を狙いた ければ、先ずラジオ乗りがよくなきゃだめ。ラジオでかかって一発、みんなをKOす るパンチが欲 しいから、モノ〜も重要だった。証拠? それこそ『Satisfaction (1965年)』さ。キース・リチャーズはこれのレコで、ひたすら《あの》最初の音、 あれが出ないとぶちきれ(って、いつものことだが・・・)つつ、物凄く苦しんだけ れど、逆にはそれさえひねれば全米第一位連続四週ー、てな訳です。

 しかーし、斯くして彼等40年を網羅する『Licks』相手に一々一喜一憂し、我を 忘れとるそこのストーンズ教信徒っ。な。他にわしの好きな『Heart Of Stone(1964年)』 がはいっとらんやんけー、とか、なんでカバーものにせよ、『Harlem Shuffle(1986年)』もないんじゃー、とか、一晩だろうが騒ぐのをやめなさい。そ う、敬虔な日本のストーン・マニアさえ、全く忘れている彼等の主張がここにもう ひとつある〜即ち、何故、《今》、T1が『Street Fighting Man』であり、T2に 『Gimme Shelter』が続くのか? 彼等のセールスを考えたまえ。全米第1位獲得の曲 は、後のトラックに十数だろうが続く! ところが、前者は全米チャート記録50位 に遠く及ばず(尤も放送禁止を即、喰らったからでもあるが…)、後者に至ってはシ ングル・カットすらされていない! おかしい! なんであの必殺すぎる上記イントロ、 『サティスファクション』にせんのや。『Jumpin' Jack Flash(1968年)』=キース= ストーンズのTMではなかったのか。
 詰り《売れる》なんつーあんまり当り前のC調思考に捕われている限り、この選択 は訳がわからん。わしがレコード屋の悪徳社長なら、事情はどうあれストーンズのセー ルスとして実に不名誉な代物をCD巻頭だなんて、冗談はミック・ジャガーの唇だけ にしろ、こう激怒しただろう。 だが、俺はこの一発目に、震えた。ミック、お前は やはりただの道化師じゃない。キースはただのジャンキーじゃねえぜ。それをてっと りばやく判って貰うには

Hey! Think the time is right for a place Revolution.
Hey! Said my name is called disturbance.
(ヘイ! 今や革命の時だ ヘイ! 俺は動乱扇動者と称ばれた )
『ストリート〜』の歌詞と、

War,Children,it's just a shut away.
(戦争だ、子供らよ、それが目前に迫っている)
『ギミー〜』の歌詞をみればいい。

 そう、彼等は極めて明確に21世紀幕開けが、再びこうした時代に至ったことを認 知している。斯くして目線をここに据えた時、冒頭に述べたロック・マニアが果たし て、ロケン(not土建)屋王道の見立てた旬、 に値する解釈をしているか、わしには わからーんっ。

 無論、『Licks』から他の精神的な事象……、例えば彼等の文学的資質を知りたけ れば、『Sympathy for the devil“=悪魔を憐れむ歌”(1968年)』でも聴けばいい。 この作品は、スターリン圧制下の1930年代ソ連にて、ブルガコフが密かに書き上 げた《マエストロとマルガリータ(註。勝手に意訳すると、悪魔と魔女、でも差し支 えない内容です)》を種にしている。些かその梗概を試みれば、如何にこんな小説を 《ロック》たらしめるか、判らぬ者はまずおるまい。即ち、右が黒・左は緑の眼をし た怪人物が、モスクワの劇場(!)にて、摩訶不思議な魔術ショーを繰り広げ、人間 の首が飛び(!!)、街中を擾乱(!!!)に陥れる。又、別の場面では同市上空を縦横 に飛ぶ魔女が、さるアパート内部を破壊しつくす。そして舞台はエルサレム(!)へ と……。なども語れば一々無尽に等しい。
 だが、遺憾ながら他に費す紙幅はないのです。

 それよりも今、我々は、ロッカーだから物事わからねー、とか、ラスタだからガン ジャ決めてりゃそうなんだ、なんて在り方がもう古びたステロタイプ、たる再認を彼 等より迫られているにも等しい。尤も、え? いくらなんでも俺達はそんなにひどく ねえじゃん、と不思議がるかも知れない。
 されど我が卑近に、《キースは毎日ヘロやってんだぜ》《ストーンズは夜毎乱交パー ティさ》とほざく者、は特に減り目もありません。ちなみにかつて、比較的有名な我 邦ロック・バンド全員があるステージで嗜眠に至り、客を唖然とさせた極めて特異な 事件があった。即ち彼等はダウナー(スマックか? などは未詳)を過度に使い、プ ロとして極めて情けない醜態をさらしたのである。


「それにしても貴方たちは一度だってステージを休んだことがないんですね。」
「ああ、でもブライアン(・ジョーンズ)だけは別さ。彼は病気だったんだよ。」
ビル・ワイマン、1978年《ギター・マガジン》誌のインタビューより。


 だが他方、ここに吊るし上げた偽ロッカー・偽ラスタこそ、真のアーチストへの最大級 たる冒涜者どもだ。それはここにとりあげたテゼのみならず、芸術創造・パフォーマ ンス自体への敵にもなっている。即ち、そいつら〜ジョン・レノンが苛烈なトロツキストだったこと、に一 片も言及しないビートルズ・ファン、もこれに属するだろう〜は自らが真性ロッカー・ラスタ、又 パンクスでもいい、じゃないくせに、そう したお手軽な自任をすることで、実は己の安寧だけ獲ているばかり。もうその《階級》 に俺はいる、だから思考する必要なし。世界を観なくたっていい。暗愚な王侯貴族の 倫理学とこれの何が相違している。オルテガ(スペインのモラリスト。主著に『大衆 の反逆』がある)の所謂(いわゆる)、《満足しきった坊や》と何が違おう。

 然し例えば、往年の不良&ジャンキー・ロッカー、キースやブライアンはなるほど、 自らを確かに《ワル》として売込んだじゃないか、こう私自身も北叟(ほくそ)笑ん で久しい。いや、ストーンズ体験即ち、《ビートルズの解毒剤》たる反逆精神こそそ の原点たるを、如何に否定しようか。全くそいつをいなむ何物さえ、俺は肯(がえん) じえないままだろう。
 だけどブライアンは、大意、


「僕等ストーンズと共に、我々の世代は変化を遂げつ つある。革命なくして発展はありえないんだよ。又、様々な不平等があることも良く 知っている積りさ〜例えばリッチな暮しをする者と、現実に労働者階級が得る僅かな 賃金との落差なんて、まるで間違っている。」
1967年《NME》紙のインタビューより


 更にキースは、同じく大意、


「かつてロンドンにペストが流行した時代、ウェール ズに住んでいれば、5年も後にそのことを知るざまかも知れぬ。インドやベンガルの 疫病・コレラだって、今日のマスメディアが存在しなければ、耳に入らないだろう〜 パキスタンの津波じゃ、一晩に25万人が死んだそうだし、世界中を食わす5倍から の食糧が生産されていようが、その一部を大西洋に捨てている。 詰りどれだけ己が 色々なことを知りたがるかだ。そして現にこれらを判ってしまえば、みんながそれに 就いて何かしてあげなきゃ、ととりあえず思う。ところが暫くすると、《もう十年も すれば地球には人が増えすぎ、何も出来なくなるぞ》《いや、なるほど彼等にとって は大変なことだろうさ。だけど自分たちは大丈夫だから心配するな》必ずこうしたふ たつの態度が現れる。 俺はといえば、ただロックを続け、世界が出来るだけよくな ることを願うばかりさ。」
1971年《ローリング・ストーン》誌のインタビューより


 で、みなさん。今、当時の彼等に就いて知っている印象(詰り事実とデマの混淆物) は何ですか? ブライアンが何度もヤクで逮捕されたこと。女と月に60人だろうが 寝まくり、らりった末に謎の溺死を遂げた晩年。キースもそれを追う如く、話の後数 年はぼろぼろジャンキー暮し〜最後には血液交換をし、やっと蘇生。勿論、同時に彼 等の音楽は途切れぬ実績として、無条件に吐かれ続けてはいたものの、実はそれだけ じゃない。何故って上記のどこが、俺はばかです、それがどーしたロケンローラー、 と同族の思考回路なんだ! 尤もそこまで考えたって、てえして頭がよくなったとも 思えないから、『It's Only Rock'n'Roll(1974年)』But I Like It、と初めて居直 る余地がある。これぞ永続せる真性ロケン(not土建)屋。僭越ながら、筆者も気持 ちだけは同じです。

 さあ、ここいらでもう一度、紹介した盤にレーザー光線を当ててみよう。あたかも この戦争を予見していた如き目が、ここには存在する。

Ev'rywhere I here the sound of marching,charging feet,
'Cause summer's here and the time is right
for fighthing in the street
But what can a poor boy do
Ekpect to sing for a rock'n'roll band
'cause in sleepy London town
There's just no place for street fighting man


(そこかしこより 行進の足音が聴こえる
何故って夏は ストリート・ファイトに似つかわしい
だけど俺みたいな プア・ボーイは ロケン屋バンドで 歌うしかない
そう、スリーピー・ロンドン・タウンにゃ
ストリート・ファイティング・マンの行き場などありゃしねえ)

See the fire is sweeping our very street today
Burns like a red coal carpet,mad bull lost it's way
War.children,it's just a shot away,it's just a shot away
War,children.it's just a shot away.it's just a shot away


(我等が街を 火がなめつくす
赤く燃えた石炭を 敷くが如く
狂った雄牛が 行く道を見失う
戦争だ、子供たちよ それが目前に迫る
戦争だ、子供たちよ それが目前に迫っている)


《ロック》に1969年も、2003年もあってたまるけえ!

written by ふかたにまひかる