今回の旅で特に感じたことは、世界中の多くの国で、被災地のために熱く祈ってくれている人たちがたくさんいる、ということでした。多くの義援金がささげられているのはその一つの表れですが、さらに、現地にわざわざ出向いて、何とか人々を励ましたい、という熱意を示してくれたメキシコからのこのたびの支援者から、直接そのことを受け止めることができました。

 「よきサマリヤ人」という話があります。キリストの時代、ユダヤ人はサマリヤ人をさげすみ嫌っていました。あるとき、エルサレム近くの山道、強盗に襲われて瀕死の状況に陥っている人がありました。ユダヤ教の司祭、神殿奉仕者がその脇を通り過ぎますが、見て見ぬ振り。そこを通った旅の途中にあるサマリヤ人が助けて、手厚く介抱してあげる、というもの。そして、「この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」「あなたも行って同じようにしなさい」が、キリストの言葉。(ルカによる福音書10章)

 いったい、だれが好きこのんで、自分をさげすんでいるような人たちの地域に旅する人があるものだろうか、とも思うのですが、あえてそういう設定になっているたとえ話。そのようなところに入って行ってでも、援助の必要な人の隣人になって手をさしのべなさい、というのがキリストの教えです。遠くメキシコの地からやってきてくださった異邦人は、この教えをまことによく体現していました。

 私たちも、この小さな働きを積み上げていきたいと思っています。