女 ちょっとおきなはれ。そんなとこでうたた寝してたら風邪引きまっせ。・・・・ちょっと、・・・まあまあ、・・・普通、寝顔いうたら可愛いらしいもんやけど、ま、うちのだんなの寝顔だけは、可愛いないな、これはもう。締りのない顔、ほとけやがな。大仏や。・・・これと一生連れ添うなんていやになってくるわ。アラララ・・・、なんやむつかしい顔してブツブツブツブツ何か言うてるわ。・・・いったい、どないな・・・まあまあ今度はニターッと笑うて・・・。・・・アラアラアラまた何やむつかしい顔してうなされてる。どんな夢みてんねやろな、この人。ちょっと、ちょっとあんたどこ転がっていくのん?
喜 あっ、・・・アーア、ア、・・・・・・アー、寝てたか。
女 寝てたかやないがな、あんた、ちょっと今、どんな夢見てたん
喜 ・・・・・ええ
女 どんな夢見てたん。・・・・今、どんな夢見てたんやて聞いてんねん。
喜 ・・・・夢なんか見てえへん
女 見てえへんことあるかいな。むつかしい顔したり、ニタッと笑うたり、何やブツブツ言うたり、かなりおもしろそうな夢やったやないの。どんな夢見てたん?
喜 ・・・わしゃ夢なんか見た覚えないで
女 ないことあるかいな。見てたやん。
喜 ・・・ほんまに見てえへんのやがな。
女 ・・・・ほなあんた、私に言えへんような夢見てたんか?
喜 ・・・おかしなこと言うない。みてたら言うがな。夢なんか見た覚えないさかい見てえへんちゅうてんのや。
女 あんなこと・・・、見てたて。あんたがどんな夢見てようと、たかが夢の話やないかいな。そんなことでごちゃごちゃ言うかいな。アホな夢見なはんな言うて、ワーッと笑うたらそれでしまいやないの。あんたが隠し立てするよってに。
喜 何が隠し立てや・・・。ほんまにわしゃ夢なんか見てえへんのや。
女 ああ、そう。ええがな。どうせろくでもない夢やさかい人に言われへんのや。どこぞの女と浮気でもする夢なんやろ。
喜 ちがうがな。なんでそないな夢をわしが見にゃならんねや。わしゃ夢なんか見てえへんさかい見てえへんちゅうてるのじゃ。
女 見てえへんて。がんこな男やなあ。わかった。いよいよ人様に言えへんような夢やな。あんたいったい何処で何をしたん喜祇園でなんぼつぎこんだん?
喜 なんもしてえへんて。
女 このエロ男!
喜 エロ男て。わしゃ、祇園もどっこもいってへんて、昼寝しとってんから。
女 エロ男やから人さまに話されへんような夢みんねや。
喜 エロ男エロ男、うるさいわい。
女 エロ男はエロ男や。 (けんか続く)
隣 ちょっちょっっと待て。待て待てえ。・・・ようもめる夫婦やな。お前とこはなあ、道楽か楽しみでやってんのんか知らんけども、近所のもんの身にもなれ、ほんまに。夫婦喧嘩は犬も食わんぐらいなことは知ってるけどなあ、エロ、エロ、いうてわあわあ大騒ぎしよったら、耳にもはいるわいな。・・・・あさちゃんさっきからわあわあ泣いて、どないしたちゅうねんな。
女 まあまあ、御隣さん、きいとおくれなはれ。今日という今日は・・・
隣 今日という今日はどないしたんやねん。
女 この人がな、ここで昼寝しとってん。こんなとこでうたた寝して風邪引いたらいかんさかい起こそうと思て、ひょっと見たらむつかしい顔してブツブツうなされてるかと思たら、ニタッと笑うたり、何やまたこう寝言言うたりおもしろそうな夢をみんねや。それで起こして、どんな夢見たんやいうて聞いたら、この人は夢なんか見た覚えがないとこない言いまんねん。私がなんぼ聞いても教えてくれへん。夢の内容くらい教えてくれたかてええのんに、そしたらワーッて笑うてそれで済むのに、夢なんか見た覚えがないて・・・(泣く)・・・。
隣 ・・・それでここまで大騒ぎしとんのかい。・・・長生きせえや、ほんまにもう・・・、もうええがな、あさちゃん、あのな、うちのユウコが今、ホットケーキ焼いてるさかいに、うちへいってホットケーキ食べて、世間話でもしておいで。行ってこい、行ってこい。・・・ほんまにもう、アホなことで手間かけなや。
喜 さんちゃん、いつもすんませんなあ。
隣 いつもすんませんやあるかいな、ほんまに。またおたくの嫁も嫁やで。ええ、どんな夢みたんか知らんけど、夢の話せえへんから言うてワアワア泣いて、ほんまにもう、・・・・。けど、ほんまはどんな夢見たんや?
喜 ・・・・いやわしゃほんまに夢なんか見てまへんねん。
隣 ええがな、ええがな。たまには嫁はんに言いにくい夢見ることもあるわいな。なあ、・・・ちょっとわいにだけ聞かして・・・。だ、誰にも言えへん。ちょっとわいに・・・ちょ、ちょ・・・。
喜 あのな、見てたら家内にしゃっべとうがな。ほんまにわし、夢なんか見た覚えはないのや。
隣 わしは、口は堅い。これは人に言わんといてくれ言われたら、どんなことがあっても絶対人に言わへん。
喜 見てたら言うがな。ほんまにわし、夢なんか見てえへんねや。 その後ふたりけんか
家 待て、待てッ。・・・ようもめる団地やなあ。うちの団地は。もう、わしが一回り回ったら必ずどごかで喧嘩沙汰じゃ。お前ら、長年の友達やないんかい?
隣 大家さん、まあ聞いとおくんなはれ。こんな奴と長年友達やったやなんてわしゃ恥ずかしいてかなわん。いやいや大体はな、こいつがなここで夫婦喧嘩しとってん、ここで。で、わしが仲裁したってんで。仲裁は時の氏神いわれとる。わし、氏神さんや。で、なんで喧嘩してんねやと聞いたらな、こいつがここで昼寝しとってんて、ほなこいつの嫁はんが風邪引いたらいかんさかい起こそうと思うて見たら、泣いたり、笑うたり、何やおもしろそうな夢みてまんねやて。で、起こしてどんな夢みてたんやて聞いたら、夢なんか見た覚えはない。夢の話くらいしてくれてもええやないかちゅうて喧嘩してまんねん。そやさかい、わてが中へ入ってもうそんあアホなことで喧嘩すなちゅうてん・・・。で、うちのユウコがホットケーキやいてるさかいに、うちへいってホットケーキでも食べておいでちゅうてここの嫁をあっちィやってだっせ、わしにだけは言うてくれッと。・・・・わしな、口は堅いねや。これは人に言うなと言われたら、どんなことがあっても絶対人にいわんちゅうねん。それをこいつは、夢なんか見た覚えがないと、こうしらじらしいことを・・・。
家 何を抜かしておんのじゃ、アホ。他人の夢の詮索しとう暇があったらちっとはまじめに働かんかい。おまえんとこは家賃が三ヶ月もたまっとる。
隣 いや、それとこれとは話が・・・
家 何をぬかす。帰れ、帰れッ。・・・しょうもないことで手間かけさすのやないで。
喜 大家さん、いっつもすまんこって。いや、あいつもあないな話の分からん奴やと思うてなかったんやけど。
家 ほんまにお前らは・・・、暇なやつばっかりそろうて、・・・ええ、夢の話がどうのこうのと・・・・。しかしかなりおもしろい夢らしいな。
喜 いいえ、何を言いなはんねん。大家さんまでがそんなこと言うてもろたら困りまっせ。ほんまにわし、なんぼ考えても夢なんか見た覚えないねんて。
家 わしはな、お前さんも知ってのとおり、お前さんとこの会社の社長とは幼なじみなんや。 お前さんの態度を社長にいうたら出世の妨げか首になることは間違いないなあ。
喜 首て。そないなこと言われても、ほんまにわし夢なんかみてえへんねやさかい、堪忍しておくんなはれ。
家 ああ、そうか。・・・今日限りでこの家あけてもらおうか
喜 ・・・そんな無茶な。
家 なにが無茶や。「やむをえない事情により家主から立ち退きを言われた場合はすみやかにこれに従う。」いうて入居のしおりに書いてあるがな。
喜 やむをえない事情て、そんな。
家 なんじゃい。家主をばかにして、その言うことも聞けんような住人を置いといたら他の住人に示しがつかんよってになあ。今日限りででていってもらおう。
喜 エーー、こんなアホな話おまへんで。ま、ほんまにわしが夢を見たとしてな、ほいであなたにしゃべらんでも、家を空けんならんことはないと思うな。ましてわしは見てえへんねや。これはなにがあってもわしは出て行きませんで。
家 なんやて。わしかてどんなことがあっても出て行ってもらうで。
喜 どんなことがあっても動きまへんで。 えらい騒ぎになりました。けっきょく市民生活相談センターへいき、それでも解決しいへん。困った相談員は家庭裁判所へまわします。家庭裁判所もこりゃまたびっくり。こんなけったいな裁判やったことない。
裁 家主、小島公三、面を上げい。・・・差し出されたる願書によれば、そなた、自分の団地の住人、
喜 一なる者の見たる夢の話を聞きたがり、それを物語らぬ故をもって立ち退きを申し渡したとあるがまことか。・・・・まことか。このたわけ者めが!この場合の刑罰は「5年以下の懲役または30万円以下の罰金」であるが、今回は刑罰をだすんもしょうもない。よって反省文を書いて提出せよ。
家 ははーー。
裁 喜一、その方の勝ちじゃ。家を空けるにはおよばん。裁きはそれまで。一同起立!・・・・ウム、ばかばかしいことを・・・、・・・ああ、
喜 一とやら、これへ(差し招く)、これへ・・・、いやあ、そなた大家が夢を物語らんちゅうて立ち退けと迫った時にはさぞ驚いたであろうな。
喜 はい。もう出てけ言われても、他にあてもないし、引越し費用もないさかいに、ほんまにありがとうございました。
裁 いやいや。そのようなばかばかしいことがまかり通るわけがないがな。が、しかし、そなた、はじめ女房が聞きたがり、隣の住人が聞きたがり、大家までが聞きたがる夢の話、裁判官にならばしゃべれるであろう。
喜 ・・・・裁判官殿、嫁はんにも大家さんにも見てたらはじめっからしゃべっておりまんのでやす。ほんまにわし、夢なんか見てえしませんので。
裁 裁判官に夢の話、物語らんと申すか。かく言い出したる上は、重き拷問に行うても、夢の話聞きだしてみせるがどうじゃ。
喜 そんな殺生な・・・。
裁 ちいと頭冷やせ。 縄でぐるぐる巻きにされて、松の木に縛りつけられてしもうた。
裁 夢の話を物語ると申すまで、縄はとかぬぞ! スッとなかへ入ってしもうた。だんだんあたりは薄暗うなってまいります。動かれへん。顔かきたいなあ。トイレ行きた いなあ。お腹も空いたなあ。蚊にさされっぱなしやな。ここでこのまま死んでしもたら、ま、世の中にこれぐらいアホら しい死にかたはない。心細うなってますところへ、サーッと風が吹いてきて喜一の体が空へ舞い上がりました。
喜 あッ、縄がほどけたが、・・・ここはいったいどこやいな。
喜 あッ、あんた天狗さん。
天 気いついたか。
喜 これはいったい・・・。
天 久々に飛行しておれば、世にも不思議な話を聞いた。天下の裁判官ともあろう者が平凡な市民の見た夢の話を聞きたがり拷問にかけて迫め問うなんぞはまことに奇怪。あのような者に人は裁けん。天狗がかわって裁いてつかわした。その方に罪はない。不憫な故をもって助けたのじゃ。
喜 ありがとうございます。もう死ぬんかいなあ思うとりました。
天 たわけたことよのう。初め女房が聞きたがったは女のことじゃが、隣の住人が聞きたがり、大家が聞きたがり、裁判官までが聞きたがる。天狗はそのようなものは聞きたがらぬゆえ安心いたせ。
喜 ありがとうごさいます。見た覚えのない夢の話をしゃべれ言われて、どうにもいたしようがござりまへなんだ。
天 ・・・聞いたところでなんになる。フン、・・・ばかな・・・。たかが夢ではないか。・・・初め女房が聞きたがり、隣の住人が聞きたがり、大家が聞きたがり、裁判官までが聞きたがった夢の話、・・・天狗はそのようなものはききとうはないが、その方がしゃべりたいというのならばきいてやってもよいが・・・・
喜 いえ、しゃべりたいことおまへんので。わし、ほんまに夢なんか見てえしません。
天 わしは人間ではない。聞いてやってもよいと申しておる。・・・わしが、・・・こう言うてるうちに、しゃべったほうがよかろうぞ。
喜 天狗さん、ほんまにわし夢なんか見てえしまへんので。
天 天狗を侮るとどのようなことになるか存じておるか。五体は八つ裂きにされ、その身は杉の梢(こずえ)に掛けられる。聞いてやってもよいと・・・
喜 ほんまに、どうぞ堪忍しておくんなはれ。わし、夢見た覚えございません。
天 まだそのようなことを・・・。 長々と爪の伸びた指がガーッと食い込んできた。
喜 アアッ、助けてくれ。アッアッー。
女 ちょっと。・・・ちょっとあんたァ。えらいうなされて・・・。いったいどんな夢見たん?