私たちお気に入りのパフォーマーは、ペルーのフォルクローレを聞かせてくれた五人組である。決して上手とはいえないが、東洋人によく似た顔立ちが、長く碧眼紅毛を見てきた目には懐かしく、親しみが持てた。トランクに自分たちの音楽を録音したテープをいれて売っている。それを一つ買うと、「ニホンジン?ドモアリガト。」

冬場はどこでどうしているのだろう。哀感を帯びたフォルクローレ。陽気な歌の中にもどこかしら淋しい音色を響かせる。

折りにふれては思い出す音楽と人々である

物売りはのっけに「二百フラン」ときた。にこりともしない。で、こちらの表情も固く、

「ノー」

「百」

「ノー」

「・・・・七十五」

「やめた」

立ち去ろうとすると、驚きと困惑と狼狽を目に浮かべ、追いすがってくる。

「待ちなはれ、あんさん、一体なんぼやったら買うてくれまんねや」

「六十」

売り手の顔に苦渋の汗がにじむ。あれこれ胸算用しているらしい。こうなれば買い手の勝ちである。長い沈黙の後にようやく、

「オーケー」

そうして得たこの帽子、皮には違いないが、工賃はよほど安いと見えて、縫製はやけくそ気味の粗さである。得したのか損したのか分からぬ買い物だったが、本人は大いに納得しているので、傍からとやかくいうことはありません。それはともかく、この帽子、後でいやというほど潮を浴びたり、そうかと思うと波を食らった拍子にひっくり返った本やラジオの下敷きになったり、ある時はまったく忘れ去られてほこりをかぶったままであったりとさんざんな旅だったが、今も健在でいる。丈夫なことは実証されたわけである。

サン・マロ 

(ブルターニュ半島の付け根北側にあり、モンサンミッシェルにも近い観光地)

長い防壁に囲まれたこの中世の街は毎日がお祭りだった。水辺に街に人が群がる八月。バカンスの最盛期、昼間から街では唄声が聞こえる。夜ともなるとレストランのテラスには食事をする人たちで溢れ、似顔絵描きや怪しげなおもちゃを売りに出す人々が繰り出し、演歌をのぞくあらゆるジャンルの音楽が石畳の辻という辻に響き渡る。店には行列ができる。芸人の周りには人垣ができる。全員がバカンスであることをお祝いしている。皆がこの時とばかりに浮かれている。とにかく大変な人出である。

外国人の物売りが行き交う。彼らはお国の衣装を身にまとい、愛嬌はないくせに売りたい気持ちは人一倍で、かなりしつこいが、はっきり「ノー」と言えば深追いはしないようである。わが連れ合いのように物欲しげなまなざしを注ぐと、たちまち食らいついてくる。何に目をつけたかというと、皮の帽子である。映画「インディ・ジョーンズ」で主人公がかぶっていたようなやつである。あれはハリソン・フォードがかぶっているからこそカッコイイのだが、夫は何か勘違いしているらしく、やたら帽子にこだわるのである。

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ブルターニュのお嬢さん
サン・マロ近くのDinanでスケッチ