魔術師オーフェンはぐれ旅
プレオーフェン
キリランシェロの悪戯(えっちなし)
レティシャは絵に描いたような美人だと評されることがある。
切れ長の瞳にロング、体は全体的に華奢な感じだ。
「いや〜天気がいいねぇ〜」
「そうだね〜、こ−んなに天気がいいと〜
空が落ちてきそうだねぇ〜」
「いやぁ空が落ちてきてもこまるけどぉー、
天気が良いと暖かい訳で、暖かかったら人間すこし幸せだと思うな〜」
「……さっきから何を話してるの?」
更衣室の中からレティシャが声を掛けてくる。
ここは黒魔術において大陸最高峰である『牙の塔』の内部。
だからと言って高潔な人物ばかりでもない。
先ほどからその外で妙に間延びした声で世間話?をしている人物がいる。
「いやティッシ、その〜何もないよティッシ」
「やっぱり天気の良さを愛でるのは人間として〜
その常識だし〜」
「あ、そう……」
レティシャが着替えを再開する。
ごくっ…
少年二人、キリランシェロとハーティアは生唾を飲み込んだ。
二人とも更衣室の外だ。
身長が三メートルあって、目が頭の天辺にないと中は覗けない。
念の為に言っておくが二人に壁を見て欲情する趣味はない。
「それに天気が好いと雨が降らないし〜」
「雨が降らないと先生がなんか張り切って訓練をさせるし〜」
「その次の日はたいてい身体中痛いし〜」
何故か暗くなる二人。
レティシャが着替えの手を止める。二人は一瞬ビクリとした。
「……ここは屋内よ?」
『……』
「いややぱり屋内だから天気が分からないってわけじゃなくて」
「そのつまりやっぱり天気というのは人間に一番関わりのある自然現象で」
「……」
更衣室の中の声がしなくなる。
「えーと、ティッシ」
「突然黙ったりするとぉ」
「そーねー…キリランシェロ〜」
「え?何?」
ゴン!!
植木鉢が二つ飛んで来てキリランシェロとハーティアの顔にぶつかる。
正面から。実はそれはゆっくり彼らの目の前に近づいてきた物だった。
何も知らないで見ていたら二人を笑う所である。
「一つだけ質問するわ、あなたたちは一体何を見てたの?」
「……」
ダッシュで逃げる二人。
「待ちなさいっ!!!」
ボッ!
ロッカーの一つが吹き飛ぶ。
レティシャの『癇癪』だ
☆ ★ ☆
「まったく何を考えてるのかしら!」
「どうしたの?」
ブラウンの双眸が問う。アザリーだ。
「キリランシェロが着替えを覗いてたのよ……」
「へぇ……」
「ハーティアが方法教えたらしいんだけどね、
魔術で視界を捻じ曲げて見えない所をみようとしたみたいなの」
「面白いことをかんがえつくわね〜」
「面白くなんかないわよっ!!」
「ま、私たちの弟もちゃんと成長したってトコね」
「……そうね……」
☆ ★ ☆
「治療用コンビネーション1-23」
すっ…レティシャに潰された体組織が回復する。
「あ、ありがとうコミクロン」
「はっはっは、天才のすることに感謝するのは
幾らしても足らないのでもっとするといいぞ。」
三つ編みお下げの少年が言う。
コミクロンと言ってキリランシェロ達の先輩だ。
「で、どうだった?」
「何が?」
「馬鹿だなぁ、見たんだろう?」
「……全部見る前に気づかれたんだよ」
「……」
「まぁ所詮は凡人であるからしょうがないとして…」
「……」
「またやらないのか?」
「……」
☆ ★ ☆
「と言うことでだな、これが潜らない潜望鏡三号のパルメザン君だ。
なんか名前がチーズだがまぁそれは良いとして、
これならば対象に気づかれずに覗くことができる。
さらに更衣所の外の連中にはとことん発見されやすい上に
凄まじく不審に見えるので即座に巡視員を呼ばれること間違い無しだ。」
「いやその…」
「なんだ?これじゃ不満なのか?」
☆ ★ ☆
その晩キリランシェロはあんまり愉快ではなかった。
大体見たから殴られるならともかく、
見てないのに殴られるのはかなり収支上の欠損ではないだろうか。
キリランシェロはベッドに腰掛けて今日の出来事を考えていた。
この間学年主席を取ったので上級魔術士としてローブと個室が供与された。
一人になれて淋しいのと気楽なのが混じって複雑な思いでこの部屋に越してきたのだが。
あのあとよせば善いのに今度はアザリーの着替えにハーティアが
パルメザン君を使用しようとして発見され、
更衣室周辺が半壊した上にハーティアは医務室送りになった。
よく考えれば被害がそれだけで済んだというのは僥倖かもしれない…
キリランシェロは姉の性格に思いを致すと呟いた。
「神様でもイワシの頭でも破れた本でもお父さんでもお母さんでもいいです、
今日は死なずに済みました、明日も守って下さい…」
祈りをささげてから考えてみる。
……破れた本ってのはあんまりありがたみが無いよな、
それに〜でもいいですってのもいい加減だし。
そんなことを考えている間に眠くなってきたのでまだ早いけど寝ることにした。
明日は訓練があるかもしれない。だったら早目に新聞を取りに行こう。
☆ ★ ☆
コンコン…
「ふぁっ!?」
ノックだ…
眠そうな目をして起き上がると、ドアを開ける。
目の前に姉が居た。
「…ティッシ……」
気付かずに逃げ腰になっている。
ふと時計を見る。
(6時半か…)
そういう時間なら寝ているほうが悪いとも言えるが…
「あら、寝てたの?だったら起こしたりして悪かったかしら」
「いや…全然いいんだよ、だってこんな時間に寝てるほうが悪いんだし…」
「上がらせてもらっていい?」
「……う、うん、いいよ」
一体何の用だろう…
もしかしてまだ殴り足りないのかな…
まさか…頭蓋骨が陥没するほど痛かったのに。
「あのね、キリランシェロ」
「ん、なに?ティッシ」
レティシャは一瞬口をつぐんだが、直ぐまた決心したかのように言ってきた。
「なんで覗いたりしたの?」
「………」
答えろというのだろうか?
言い訳その一:「そんな、ティッシの着替えなんか見たい訳無いじゃないか」
ボツ。また殴られるような気がする。
言い訳その二:「じつはさ、その時は悪霊に操られてたんだ」
ボツ。怒らせるだけだ。
言い訳その三:「あ、髪型変えたの?」
ボツ。彼女の髪型はロングで変らないし、
口紅とか香水もつけてる訳が無いのでこっちに振りようが無い。
言い訳その四:「あれはハーティアが…」
ボツ、この言い訳はもう使った。
とその二十五まで考えた後にキリランシェロはこう答えることにした。
「どうしても答えなきゃ駄目?」
「駄目。ねぇ、もしかして誰の着替えでもよかったの?」
「そんな…ティッシの着替えだったから……」
あ…なんて事を言うんだ。
「……私の裸が見たかったの?」
「……」
僕は真っ赤になって俯いてしまった。
「いいわよ」
「へ?」
今何だって?
「いいわよって言ったの。
覗きなんかしなくてもキリランシェロにだったら見せてあげるわよ」
ゴクッ…自分で思わず唾を飲んだのが分かる。
「え、あのその…それはちょっと…」
「どうしたの?見たくないの?
私の裸なんか見たくないのに更衣室を覗いたのね?
結局誰のでもいいんでしょう!」
「そんなことない!」
誰か助けて…
「見たいの見たくないの?はっきりしてよ」
「…見たい……です…」
人間正直に生きよう…
「ねぇ、ちょっと向こう向いてて」
「は、はい…」
「振り向いたら殺すわよ」
「はいっ…」
期待と不安が入り交じった感覚の中、
言われるがままにするキリランシェロ。
「いいわよ」
ゆっくり、でも不審に思われないようにできるだけ
急いで振り向くキリランシェロ。
『スケベ』
アザリーとレティシャの二人が同時に言ってきた。
魔術を使いでもしたのだろう、気付かれずに入ってきていたアザリーが言う。
「お姉さん達としては道を踏み外しそうだった弟にちょっとお灸を据える必要があると思いまして」
「やっぱりスケベだったし」
「ねぇ、キリランシェロ。私のハ・ダ・カはみたくないの?」
「アザリー!」
「いいじゃないの、ティッシ。ただの冗談よ」
「そ…」
まだ事態を理解できないキリランシェロが呟く。
『やーい、スケベ〜』
「そ、そんなぁ〜」
『フフフフ…ハハハハハハハハ』
笑い転げるアザリー。
目には涙まで浮かべている。
レティシャはそんなアザリーを冷ややかに見つめているが、
やっぱり笑みを顔に張り付かせている。
そうだったのだ、
最初から二人して僕をからかうつもりだったんだ…
やっぱりキリランシェロ君は不幸でありましたとさ。
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読んでくれた人
人目
Uesugi.mid by Ituma Tanaka
Page written by Eque Somatoya
Novels written by Souma Toriya