良と53


12歳の化け猫

私が子供の頃、いつも公園にあるオジサンがいた。 働きもしないで遊びまわっているオジサンで、 近所の評判は悪かったが、私たち子供は彼が好きだった。 私たちの知らない事を教えてくれるからだ。 ある日、そのオジサンが53と一緒に居た私に言った。 「猫はね、12歳になると化けるんだ」 「化ける?」 「そう化け猫に成っちゃうんだ面白いだろう」 「でも私の53は?」 「時間が来ればね、でもそれは猫が選ぶんだ。」 「猫が?」 「化け猫になって旅に出るか…それとも君の元で安心して死ぬか」 ☆ ★ ☆ 53を拾ったのは春の雨の日だった。 幼稚園からの帰り道、 雨が降っていたので私はお気に入りの青い傘を差して、 長靴で水溜まりをパシャパシャ言わせながら家路を急いでいた。 「…ニャァ…」 妙な鳴き声に気が付いたのは「暴れ馬と馬車には気を付けよう」 と書いてある交通標語の貼ってある電信柱を通りがかった時だった。 道に見知らぬ紙の箱がうち捨ててあり、 その中から妙な鳴き声がする。 中を覗いてみると、小さな黒い毛玉のような生き物が、 寒さに身体を震わせて鳴いていた。 誰か気付いてくれ、寒い、死ぬのは嫌だ、と。 その子を私は拾って帰った。 お母さんはその子の為に暖かい重湯を作ってあげて、 「今度牛乳を買ってこようかしら」と呟いていた。 この子が捨てられた事に気が付いた私は、 一生懸命重湯を舐める黒い小猫を見ながら、 しばらく泣いていた。 ☆ ★ ☆ 「この子はなんて名前にするんだい?」 「53(ごーさん)」 「それは…どういう名前なんだ?」 「今年は53年でしょ?だから」 私が言うと、お父さんはしばらく笑っていた。 「なるほど、それはわかりやすいな」 そしてひとりで肯くともっと笑っていた。 私はお父さんが楽しそうなので、 53を抱えながらニコニコをしていた。 そんな私をみてお父さんはさらに笑った。 ☆ ★ ☆ 私は今年17歳になる。 途中で年号が変り、今年は3年だ。 そして53は12歳になった。 ネコにしては随分と歳を取ってしまったらしく、 元気に動いたりはもうしない。 ネズミを探すよりもひなたぼっこをする方が好きなようだ。 でも私には付いてきてくれる。 私も53が大好きだ。 ☆ ★ ☆ 「ねぇ、53。」 「ニャア」 私は膝の上に抱いている53に話し掛ける。 「そろそろ化け猫になってどっかにいっちゃうの? それとも死んじゃうの?」 「ニャア」 53は私の前では元気に答えてくれる。 でも一人でいる時は鳴き声を出すのも大変なことを私は知っている。 「選ぶ時はね…化け猫になってね」 「ニャア?」 一瞬53が問い掛けてきているような気がした。 いや、たぶんそうなのだろう。 「私ね…53の事大好きだけどね… 53がね…死んじゃうのが…嫌だから… 53が近くにいなくても、生きていてくれるだけで… いいから…」 53が死ぬかもしれない。 そう思った瞬間涙が溢れてきた。 53の体に涙が落ちる。 「ニャア」 53は私の膝から飛び降りると、 体を足に擦りつけて行ってしまった。 「もうっ!ネコなんだからっ!」 私は折角の気分を壊されたような気がして怒った。 53は振り向きざまそんな私の顔を見て、 「ニャア」とまた鳴くと出ていった。 ネコの勝手? ちがう、あれはやさしさだ。 私が悲しそうだから…落ち込んでいるから… ☆ ★ ☆ 53が出ていった部屋に私も移る。 「でも53が死んだらもっと泣くからね」 「ニャア」 また53を膝の上に載せて、 私は言う。 そして53は元気に返事をしてくれた。 ☆ ★ ☆ 月の光に私は目を醒ました。 いつのまにか窓が開いていて、 満月は暗闇を照らす光りの筋を優しく投げ込んでいた。 私の部屋を不思議な感じのする月光が満たし、 周りの色彩を淡く変化させる。 「ニャア」 窓の外からネコの鳴き声がした。 もう何万回も聞いた声…53だ。 私は窓から天井に出た。 窓は屋根に付いている。 窓から身を乗り出すと、 誰かが私を抱き上げた。 「きゃ…」 月光で淡い桃色に照らされた赤い屋根の上に、 黒い服を着た黒服の青年が一人。 浅黒い健康的な肌が銀色の光に当てられて光る。 「53…?」 私は自分の疑問を口に出した。 いや、分かっていた。 そして、その言葉は口から紡ぎ出された瞬間に、 世界を決定した。 「そうだよ良(りょう)ちゃん、一目で分かってくれてありがとう」 私を良ちゃんと呼ぶこの人は53だ。 「化け猫になったのね。」 「うん…」 53は横を向くと悲しそうな顔をした。 「本当は…良ちゃんの元で死ぬつもりだったんだ… ネコの寿命は良ちゃんたちのに比べて恐ろしく短いから… 次のネコを飼う事だってできる」 「私が他のネコを飼う気なんてないこと知っているでしょ?」 私は悪戯っぽく笑った。 「うん、だから…さよならだけでも言いたかったんだ。」 本当に寂しそうな顔で、53は言う。 「ねぇ、化けたままで、私と一緒に居られないの?」 「それは駄目なんだ。飼い主と一緒に居ると、 折角満月がくれた魔力がなくなっちゃう。 だから満月が日光に追い出される前に、 僕はここを去らなくちゃならないんだ。 それに…僕はまだ化け猫として若いから色々と修行もつまなくちゃ。」 若いという言葉で私はちょっと吹き出してしまった。 「ふふ…53はおじいちゃんだったのに?」 「先輩には二百歳、三百歳なんてざらに居るからね、 僕なんか新米の新米。出来立てのほやほやだよ」 「へぇ…そうなの?」 「そうなんだ…」 私たちは魔力に満ちた満月の女王様に見守られつつ、 屋根の上に座り込んで語り合った。 今まで…ずっと一緒に暮らしてきた事。 言葉のお陰で通じ合えなかった事。 全部話し合えた。 「そうそう、良ちゃんが10歳のころに友達に犬を飼っているのがいてさ、 君が対抗しようとして僕の首に縄を掛けて、 散歩に連れていこうとしたことがあったね」 「うん、私…本当に彼がうらやましかったの。 首に縄を付けて散歩するのが…だからゴメンね」 「うん、もう気にしてないよ。 でも世界でも始めてじゃないかな、 首に縄を付けて散歩をさせられたネコは」 楽しそうに笑う53を見て、 私の目から涙がこぼれる。 「うん…初めてよね…そう…言う事も…あったのね…」 53は酷く困ったような顔をして、 「ほら…泣かないで…」 と言って肩を抱いてくれた。 「53…行っちゃやだ…」 「今朝と言っている事が逆だね」 苦笑しながら言う53。 「でも死んでもやだ… いなくなるのもやだ… お願い!一緒に居て! ずーっと一緒に暮らそうよ!」 「…良ちゃん…」 53は暖かく私を包み込んでくれる。 私が泣くのを止めるまで。 そう、私が納得しないと… 53だって…辛い。 ☆ ★ ☆ 私が少し落ち着いた頃、 53が声を掛けてきた。 「ねぇ…お別れの印に… キスをしてもいいかな?」 53は浅黒い顔の皮膚の上からでも分かるぐらいに 顔を真っ赤にしていた。 「……」 私は顔を上げて、黙って53を見つめていた。 「それは…ネコなんかとキスするのは嫌だろうけど… 僕は良ちゃんの事が好きで…ずっと好きで… でも僕はネコだし…良ちゃんは人間だったし…」 耳まで朱に染めて、もじもじしながら言う53。 そして実感できた。この子は私の53だ。 「…そんなの…悪いわけないじゃない」 私もちょっと恥ずかしくなって、ぽつりと言う。 53はパッと表情を明るくさせ、 こっちに振り向いた。 私の顔をそっと両手で包むと、 ゆっくりと顔を近づけてきた。 本当に綺麗な顔だ。 私は魔力に満ちたネコの眼に魅せられて、 そのまま53の唇を受け止めた。 「…ん…」 唇って柔らかい… そのまま、ごく自然に口を開いた。 53の舌が私の舌と絡み合う。 ネコの誘惑に乗せられてしまった私は、 されるがままに任せている。 いや、誘惑に乗せられたのだと思い込んでいるのかもしれない。 でも抵抗するなんて考えもしなかった。 53と最後なのなら… 53を感じたい… 私は屋根に押し倒された。 満月の女王は巨大化して、 興味津々の様子で私達を見下ろしていた。 「…いい?」 私は肯いた。 53は質問したのではない。 許可を求めたのでもなく、 要求したのでもない。 そんなモノより長い付き合いがある。 だから…確認しただけだった。 私は53を愛している。 ☆ ★ ☆ 二人分の服の上に肌で寝転ぶ私。 この夜の空気は月の魔力に満ちていて、 全然寒くなかった。 それより私を抱く53の体温の温かさを、 私は感じていた。 53は私の胸を優しく揉んでくれた。 53の手の熱が胸に伝わる。 「…ぁ…」 私は少し声を漏らした。 背中がこわばる。 誰も触った事が無い胸… 53に触られるのはとても気持ちが良かった。 53の手は私の胸をゆっくり揉みながら、 親指と人差し指で先端の突起を軽く掴んだ。 「…あっ…」 私の声に反応した53が問い掛けてきた。 「気持ちいい?」 「うん…」 「良ちゃんが感じてくれると…僕も嬉しいよ」 53はそのまま私の肌の上に手を滑らせ、 私の茂みの奥の敏感な部分に触れてきた。。 「…やっ…」 突然の感触に思わず声がでる。 「ごっ、ゴメン!なにか間違った?僕…」 ちょっとの声に必死に謝る53。 とっても可愛い。 本当に私を大切に思ってくれているんだ… 私は嬉しかった。 「ううん…ちょっと吃驚しただけ。 続けて…いいよ」 それでもその部分で53の指が動く度に、 私は途方もなく感じてしまう。 私は服を掴んで、 その快感に流されないように必死で耐えた。 「良ちゃん…力…抜いて。 もっと自然に…感じて。」 というと、53は私にキスをした。 知識はいろいろあったが、 初めての私に優しくしてくれる。 とりあえず力を抜いて、 体を洋服のベッドの上に落とした。 気付かないうちに身体が弓なりになっていたらしい。 「良ちゃん…いくよ…」 「うん…53を感じさせて… 全部、53を全部」 53が私の中に侵入してきた。 焼けるように熱い大きくて太い鉄棒を差し込まれたのかと一瞬思った。 53を受け入れる部分が悲鳴を上げる。 「…くぅ…ん…」 眉をひそめて、私は53を受け入れた。 「だ…大丈夫?」 ネコは臆病だ。 一気に私を壊そうとしない。 「大丈夫…」 なんとかそう答える。 でも53のその部分はじんじんと私を壊そうとする。 「良ちゃん…僕の眼を…見て」 繋がったまま、私は吸い込まれるようにして、53の眼をみた。 全身は黒なのに、眼だけは金色だ。 銀色の月の光が、眼の光りと混じって、同じ色になる。 金銀の混じった色が世界を巡る。 そして53のその部分は、もう私を壊そうとはしなかった。 その代わり、さっき手で触れられた時よりも強く、 私を愛してくれる。 「じゃ…動くよ」 53は私が慣れるように少しずつゆっくりと腰を動かしはじめた。 私に侵入しているその部分が中ほどまで出たかと思うと、 また奥まで侵入する。 「…ぁっ…53…」 ちゅく…ちゅく…と私が彼を受け入れる音がする。 だんだんとそのペースが速くなってきた。 「ふぁ…ぁぁっ…っ! 53っ…感じる…53を…感じ…るよぅ…」 「僕も良ちゃんを感じてるよ、 暖かくて…優しく僕を包んでくれている。 とっても気持ちがいいよ…」 「私も…私もっ…あぁ…」 私のその部分は53から突かれる度に熱くなっていく。 快感がすべて体の奥に響いて、私の脳は思考を拒否する。 「…やぁっ…53っ…頭がっ…」 「大丈夫…そろそろ達するから…」 53はそのまま私の身体を突き上げることを止めない。 「あっ…ああっ…ああっ!!」 快感の波が何度も何度もどんどん高くなって押し寄せてきて、 最後の一番高い波がすべてを押し流した。 頭の中が真っ白になって、 その後を53が満たしていく。 「っ…僕も…いっちゃう…ああっ!」 そして身体の中に熱い53の感情が広がっていくのを感じた。 ☆ ★ ☆ 事が終った後、 私たちはそのまま抱き合っていた。 離れなくては行けない。 でも離れたくない。 私はふと気付いた。 「思えば私が53を抱くことはあったけど、 53が私を抱いてくれたのは始めてね」 そして53は苦笑していた。 ☆ ★ ☆ 次の日、 53は居なくなっていた。 お父さんは「ネコは飼い主に死に際を見せないもんな…」 とか言っていて、 お母さんに怒られていた。 でも私は知っている。 53は化け猫になったのだ。 だから世界のどこかで旅をしている。 生きているんだ。 大人になったら旅に出よう。 そう私は考えた。 53の行く道を私も行きたい。
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Page written by Eque Somatoya Novels written by Souma Toriya