#8 「高校生のころ」

   愛媛にある家族の住む家を出て、もう5年以上が経つ。
   「もう5年」というのが正直なところで、6年前の私は無意識に忘れ去られていた。
   高校生のころ、私は何を考えながら暮らしていたのか?

   一冊のノートがある。
   高校生のころ、私はそれにたくさん書き散らしていた。
   なぜか、家を出てから数年間行方知れずになっていた。
   そして先日、やっとそれは楽譜の隙間から出てきたのだった。

   ノートの中に書き散らかされた、わけのわからない単語や造語。
   「離脱」「音楽は止まらない」「Never see you again」
   高校生の私は、自分が何不自由なく満たされていることを知りながらも、
   どうしようもない虚無感にさいなまれていた。
   外へ、外へと目指しながらも、それが無限のループになることも知っていた。
   そこから生まれてくる空虚な気分。
   それが悩みの種だった。そしてそれが「本質のない悩み」であるいことも理解していた。

   高校生のころ、私は朝から夜までフル稼働で暮らしていた。
   朝は1時限の前から小テスト、6時限終えて、プラス7時限。
   終わったら、20時過ぎまでホッケーに明け暮れて、片道は自転車で30分。
   家に帰ると明日の予習とテストの勉強。
   ボーイフレンドと電話で話すこと。
   とにかく、何から何まで忙しくて空虚になる隙さえない日々だった。

   その生活から「離脱」することを望んでいたのか?のんびり暮らしたかったのか?
   少なくとも、そんな単純なものではなかったように思う。
   それは、学習机のマットに挟まった詩からも想像できる。
   「イカロス」という三島由紀夫の詩。
   私は彼の狂気にも似た一直線なところにあこがれていた。
   もしかしたら、「狂気」自体にあこがれていたのかもしれない。

   学校に残って勉強するのが好きだった。
   いつもは人でぎゅうぎゅうの教室が、テスト中の午後からは空っぽになる。
   そこでぼんやり計算をしたり、英文を読んだりする、ささやかな楽しみ。
   春の午後、そこから「Je t'aime moi non plus」を、ふらりと制服のまま見に行った。
   小さな映画館には他に数人しかいなくて、ジェーン・バーキンのあえぎ声だけが響いていた。

   今はもう過去のこと。
   けれど、そのころと変わらない自分がいる。
   変わりたい自分と、変わりたくない自分と。
   変わるべき自分と、変わるべきでない自分と。
   そのころから一番の悩みは「自分自身」、だった。
   自我が強すぎて、付き合いきれない。

 

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