其の伍『必死の観念』
校舎3階のとある教室。
引き戸は壊れ、ほとんどの机と椅子がぐちゃぐちゃに乱れていた。
そこには、沙羅沙とゲレゲレが居た。
あれから、どれぐらいの時間、座りこんでいただろう?
ゲレゲレは、いつからかひたすら話し続けていた。
最初は黙っていることが沙羅沙の為だと思ったけど、悲しむより笑えるほうがいいもんなって。少しでもこの人の悲しみを和らげたい。だから
「、、それでね。笑わないなら言うけど、ボブの笑い方が『ゲレゲレゲレ、、』って聞こえるんだって、だからゲレ造って名前がついたの。ゲッゲッゲッ」
「ぷっ、、ボブじゃないでしょ」
下らなくて笑えないけど、自分を元気付けようとバタバタする毒小人のしぐさが滑稽だった。そして、ゲレ造が側に居てくれたことに沙羅沙は感謝した。
「笑ってる沙羅沙が、一番綺麗だ」
「ありがとう、ゲレゲレ」
沙羅沙は立ちあがって、教室の外へと歩き出した。
廊下の窓からは、いつもと変わらない温かな光が差し込んできていた。
ゲレゲレも、急いで沙羅沙に追いついたのだが、、、
何かを察知して、ゲレ造の足はピタッと止まった。
「沙羅沙、頼みがある!もう諦めて帰ろう。ここからの敵はレベルが違いすぎる、、確実に死ぬぞ」
手足をバタバタは同じだけど、話す表情は青ざめていて悪い物でも食べたような感じだ。
「それでも、行かなきゃ、、彼と一緒じゃなきゃ、生きてる意味ないもの。それに、、」
そこで、ふたりの会話は中断された!この領域の決定権は敵にあったのだ。
不気味な仮面をつけ、黒衣に紫のマントを羽織った敵が現れた。硬質な素材でできた灰色の仮面は、見ようによっては笑っているようにも泣いてるようにもみえる。
大男でも小男でもないザイード様(D&Dの敵キャラ)な体格をした敵は、距離にして10メートルくらい先にいた。
「おや、あんなところにカト、、いや、来たか」
声の主を見たゲレゲレは、驚きと絶望の声を上げていた。
「まぁ、ピエール!?」
「そう、ピエルーさ、伸ばすところを間違えるなよ!それは、普通のやつだね」
ピエルーは、ゲレ造の呼びかけにエンターティナーを気取るかのような仕草で腕を動かした。
「えっ、知ってるの?ゲレゲレッ」
沙羅沙は、ただならぬ雰囲気を放つ敵を警戒して身構えていた。
その為、少し後方に居るゲレゲレに、振り向くことなく声だけで聞いたのだ。
しかし、、
ピエルーの次の一言が、沙羅沙の全身を震撼させた。
「石ころと話すのが趣味か?ははっ」
沙羅沙は、振り返ってゲレゲレを見た。
ゲレゲレは、石像のようにピクリとも動かなかった。
「ゲレゲレッ!?嫌ーーっ」
沙羅沙は、動揺して悲鳴をあげた。
そんな、ほんの一瞬のはずが、、
「余所見をするとは、舐められたものだな」
沙羅沙の耳元から、ピエルーの声が聞こえた。
「えっ?!」
彼女は、とっさに声のした方へ攻撃するが拳は虚しく空を切った。
彼の姿は、もうその場になかったからだ。
「何だこれは?護身刀にぬいぐるみ、、」
元の10メートル前方で、ピエルーは奪ったリュックの中身を確かめている。
沙羅沙は、ピエルーに文字通り翻弄されていた。
「それを返せっ!」
そう叫んで追いかけるが、全く近づけない!スピードが違いすぎる。
2,3歩駆け出した時には、ピエルーは先の階段を駆け上がるところだったり。
さながら『教えてやる!ドリフト走行では、グリップ走行に勝てないってことをな』
って感じさ。
それでも懸命に追う沙羅沙へ、4階から声が響いてきた。
「ふん、雨宮沙羅沙20才A型、妹は深雪、彼氏は嘉神幻斗、、いずれも美形か、胸糞悪いっ(俺の顔は、小さい頃に聖水で焼かれたんだよ!人間にな)」
ピエルーは、呪文を唱えて追手の前後にモンスター10数匹を召還した。
「グールだ。運が良ければ仲間にしてもらえるぞ、はははっ」
3階から4階への階段の踊り場で、沙羅沙は多数のアンデッドモンスターに取り囲まれた。
倒しても倒しても起きあがってくる敵と違って、彼女の体力はどんどん消耗していく。
そんな絶望的な状況に、気の強い女の子の目にも段々と涙が浮かびだした。
スピードが落ちてきて、敵に噛みつかれ始める。痛みから反射的に払いのけるが、多勢に無勢であることを思い知った。
「あぁぁぁぁぁっ、、、」
やがて、グールは一斉に獲物に噛みついていた。
激しい痛みに、沙羅沙は思考もままならなくなっていった。
それなのに、、ぼんやりと見える風景や思い出。『あぁ、これが走馬灯なのか』と思った。
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10分ぐらいもっただろうか?
必死だったので長く感じたけど、3分も闘ってなかったかもしれない。
『別に、死ぬのは怖くなかったけどさ。
ゴメンね、、深雪、ゲレゲレ。
もぅ、ダメみたい。
彼に会いたかったな。』
(彼女は、かつて感じたことのない猛烈な空腹感に襲われ始めた)
『私もグールになっちゃうのかな?
彼に会って、、抱きしめて欲しかった。
会って、抱きしめて、、、彼を食べたい。』
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沙羅沙の目に、次第に獣の輝きが見えはじめる。
それに気付いたグール達は、仲間になった彼女に噛みつくのをやめた。