月下美人............................................高橋潤子
特別に凝る程ではないが 人並みに花は好きで、時間と植える場所 さえ有れば 薔薇、椿、ジャスミン、あやめ、水仙等 なんでも 楽しむ。特に 香りの有る花が好きだ。全ての花には 比較の しにくい程の それぞれの美しさが有るが、 唯 月下美人の美しさに 対して 私は 文句無しに それらの花より一段高い位を与えたい。
娘も7才になり、 その間 殆どの年の秋に 1輪から3輪の花が咲いた。 家が狭い事も有って 一輪開くと 家中が むせる様な強い香りで 満たされる。開花3日位前に ほんの小さな蕾が生れ、大変な速度で それが膨らんで 開花当日には 女性の握り拳に近い大きさになり、 必ず 夜中に開花するので “今夜よ きっと今夜よ”と胸をわくわく させて 待つのだ。2年前には 夜遅いのに お友達に来てもらって お酒を飲みながら 鑑賞した事も有る。一人で眺めるのでは なんだか 勿体無い。
夜10時頃 固く閉じていた蕾が 緩み始める。鳥の羽根にも似た花びらの 先が 見えてくると 中の色は 透明感の有る白で それから 刻々と 薄く何枚も重なった花びらを外側へと 広げ、 其の度に 室内だから 風も無いのに 花全体が ひとりで揺れるのだ。ミッドナイトの頃に は もう手のひら程の大きさに 満開になり 大輪の一番外側のピンク の花弁と幾重もの 輝くように白い花びらとが まさに一生懸命に自分の 美しさを主張する。其の頃には 部屋中が 何とも言い様の無い甘い香りに 満たされ お酒を飲まずとも 酔った様な気分に為ってしまう。
自然の中で咲く 月下美人は 誰もいないところで やはり こうして 白い花に 月の光を浴びながら ただ 夜に飛び交う虫を 引付けようと 咲いているのだろう。唯、私の家で咲く花は 私が見てあげなければ、咲いている意味がない。だから 私は 明け方に花が 疲れきって萎んで しまうまで お付き合いをする。写真を撮った事も 写生をした事も有るが とても本当の 月下美人をそのまま伝える事ができず、がっかりして止めた。 ただ ただ 花と会話しながら、終わるまで見取って あげなければならない。 一つの花は 一晩でおしまいになるが 儚いと言う感じが無い。 彼女は 自分の 言いたい事を全て語り尽くして 満足したのだ。人を羨んだり 人生を悲観したり 迷ったことも無い ダイナミックな生き方である。
昨年は 少し株分けをし過ぎたせいか 一つも花が咲かなかったが、 さて 今年は どうだろう。また 女同士の会話の出来る夜が来るだろうか。 少し 秋のにおいがし始める頃になると、また 月下美人が咲く夜を 心待ち にしている。