シェラ山中の渓流釣り(3)

幻のゴールデントラウト

山下昭男


釣りマニアならだれでも、一生に一度は釣ってみたいと思う幻の魚があると思います。例えば、磯釣りの好きな人にとっては、大きなしまあじが幻の魚であったり、又、大物のゲームフィッシングを楽しむマニアであれば、それは100kgの本まぐろであったり、渓流釣りが好きな人は、銀山湖の大いわなであったりするものです。   

カリフォルニアで兄貴の所に居候して数年たった頃でしょうか。自分の車で好きな時にシェラの山へ渓流釣りに出かけることができるようになりました。シェラ山中で釣れる虹ます(レインボートラウト)やブルックストラウト、それからジャーマンブラウントラウトもひと通り釣った経験もできた頃でした。ある金曜の夜、その頃、仕事をかけもちしていた兄とは滅多に会うこともなかったのですが、その夜は久しぶりに一緒にテレビを見ていました。横から兄が小さな写真入りの魚の小冊誌を見せてくれました。そこには私が釣ったことのある魚がほとんど載っていましたが、ひとつだけ釣ったことのない魚がありました。それがゴールデントラウトでした。写真を見ると魚のあごや腹びれがピンク色で、背中の模様はやや日本のいわなにも似ていました。小冊誌の解説によるとこの魚は比較的小型で大きくても12-14インチ(約27-8cm)で海抜1万フィート(約3000m)以上の高地(山岳地帯)の渓流にしか棲んでいない魚ということがわかりました。   

写真を見れば見るほど、解説を読めば読むほど、私にはゴールデントラウトが興味深い魚に見えて、いつしかこの魚を釣らなければという思いでいっぱいになってきました。   

等高線の入った地図を見ると、車で行けるシェラ山岳地帯はほとんどが海抜1万フィート以下の地域で、それ以上の高地に行くためには、車を降りて、バックパックを背中にしょって、山道を半日以上登らなければ、ゴールデントラウトを釣る地域に行けないことがわかりました。ほとんど釣りに行く時は、単独行動なので、夜ひとりで山中で寝泊まりするのに危険を感じるので、いつもは夜中にドライブし、翌日釣っての日帰りでした。こんな私にとって、ゴールデントラウトを釣ることは、全く不可能のように思えてきました。

冬が来るたびに、長い夜地図をながめていた私ですが、ますますゴールデントラウトを釣るのは容易ではないように見えてきました。 

その頃は、仕事の関係上、兄弟2人で渓流釣りに出かけることもできなくなっていたので、バックパックを背負って2日も3日も、山中を歩ける友人がいない限りゴールデントラウト釣りは無理でした。

ある時、日系人の経営する床屋に行った時、南加出身のご主人が、南カリフォルニア地方から行けるシェラ山中で、たった1ヶ所、車で1万フィート以上登れる所があり、日帰りでもゴールデントラウト釣りができるという話を聞きました。でも北加に住んでいた私にはそのチャンスがありませんでした。   

1986年に仕事の関係で北加から南加に住むことになり時を見つけては地図をながめ、その場所を探しました。なんと私は執念深いのでしょう。やっとチャンスがおとずれてきました。

南のベイカーズフィールドから北はオレゴンに広がるシェラネバダ山脈の中で確かに1ヶ所、車で1万フィート以上の高地に行ける場所を見つけました。それは引っ越して5,6年も経った頃でした。ロスアンゼルスからフリーウェイ5号を通り、山を越す前に14号に入り、それから山岳地帯の東側を北上する395号を通り、ローンパインという小さな町から山道に入ります。20マイルほど行くと道は急に険しくなり、左右に曲がりながら、急上昇します。海抜8000フィートのサインを過ぎる頃からコットンウッドクリーク沿いに走るようになります。かれこれ2ヶ所あるpack station(山登りする人のための駐車場で、そこからバックパックを背負って出発する)で車を止め、川沿いで釣りを始めました。   

川幅は予想以上に狭く、水量も少なく、魚は釣れそうに見えませんでしたけれど、20-30分川上へと歩きました。両岸の岩が大きくなり、押しせまって来、その前にシェラ山中特有のボサ(半分木のような、半分草のような2m位の植物)が繁り込んでいました。

打ち込んだ毛鉤を水面から深く引っ張っていくのをあわせると魚がかかっているのを感じ、ゆっくりと手元に引き寄せて吊り上げてみると、それはまさしく幻のゴールデントラウトでした。魚体はやや細目で、長さは15cm位、決して大きい魚ではありませんでしたが、10年以上も前に小冊誌で見た魚そのものでした。あごから腹びれまで美しいオレンジ色をし、背中は日本のいわなにも少し似ているようでした。   

幻の魚をはじめて手にした感動を味わい、一緒に釣りに来た友人にビデオに収録してもらいました。

そのあと2匹釣れましたが、いずれも同じサイズで同じように美しい魚でした。残念なことに釣りの規則によりゴールデントラウトに限り、釣った魚は逃がさなければなりません。この魚は数が少ないので、幻とも言われるのでしょう。カリフォルニアに来て、約20年後に心に暖めてきた幻のゴールデントラウトをやっと釣ることが出来ました。

例え、小さな魚であっても、はじめて手の平にのせた魚は、とてもきれいで、手の中で元気にはねかえったそのやさしい感触は忘れられません。針をそっとはずして逃がしました。  

友人と2人だったので、テントで一泊し山を降りました。

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