「あいつ」

宮川 浩


今日は土曜日。おこずかいをもらう日だ。 僕とあいつはお母さんのガマグチから50円玉を一つずつもらうと自転車で5分ぐらいの駄菓子屋に向かう。 今日もあいつはついてきた。我慢ならない。振り切ってやる。僕はおもいっきりペダルを踏んだ。後ろを振り返ると、あいつは必死の形相だ。一生懸命ついてくる。 駄菓子屋では一回10円のクジを五回引くのが常になっている。たった五回なのでどれにしようか長考する。あいつはろくに考えもせずにどんどん引く。ごくたまに「特賞」なんかを当てやがる。 喜びを体中で表現しているあいつを僕はキッと睨みつけてやる。 するとあいつはとっても悲しそうな顔をする。 家に帰るときも一緒だ。思いっきり踏む。一生懸命ついてくる。狭い町内だ。迷子になる心配は万に一つも無いが、あいつは一生懸命付いてくる。 あいつが小脇に抱えている特賞のプラモデルを見ると母はにっこり笑った。あいつも笑ったが、僕の方をちらっと見るとまた悲しそうな顔をした。 そのあとは、近所の幼馴染たちと鬼ごっこやかくれんぼ。一番年下だったあいつはまず鬼をやらされる。そのあと一回おきに鬼をやることになっている。

何でも損な役はあいつにやらせておけばよかった。遊び道具を家に取りに行くだの、頑固ジジイの庭に飛び込んでしまったボールを取りに行くだの. . . . 。どんなにいじめてもあいつは僕の後を一生懸命ついてきた。そう、僕たち二人はいつも一緒だった。 なぜ、弟思いの優しい兄貴になれなかったのだろう。 なぜ、一緒に喜んでやれなかったのか。

なぜ、 僕は今や27歳。何とかという難しい名前の病気であいつが逝ってからもう5年がたった。

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