ちょっと不思議な話

高橋潤子


7歳の時の話です。 不思議な経験をしました。 家族と親しい友達の何人かにはその話をしたのですが、誰も相手にしてくれません。 みんな「フーン」とあいずちを打ちながらも、目が「なんかの間違いだろう」と言わんばかりです。 「本当だよオ」などと言おうものなら、「頭が変なのかしら...?」という同情的な目に変わります。 でも私自身でさえ、もしも「同じ様な経験をしました」という人に会ったら、ちょっとギョットして、そして「きっと、何か勘違いしているのだろう」、なんて思うことでしょう。 まあ、とにかく、前置きはこのくらいにして私の不思議な経験を聞いて下さい。

私はその時、いとこの裕子ちゃんの家で遊んでいました。 裕子ちゃんの弟の陽ちゃんと私の弟の哲ちゃんも回りにいたように記憶していますが、全員で何人の子供がそこにいたのかがいまいち確かではありません。 とにかく、5歳から8歳の子供達が家の中で隠れんぼをしていたのです。 その時の鬼は裕子ちゃんだったのですが、私は胸をドキドキさせながら、隠れ場所を探しました。 お風呂場には行ってはいけないと言われているし、炬燵の中はきっと一番先に見るだろうし、テレビの後ろは狭すぎるし...。 そうやって迷っているうちにも「ろーく、しーち、...」と数える鬼の声が容赦なく追いかけてきます。 パニック寸前にふと見上げると、大きな洋箪笥が在るではないですか。 下に引き出しが付いていて、上の方の両開きのドアを開くとおじさんの背広が幾つも下がっています。 「しめた!」とニンマリしつつ、私はハンガーから下がる背広の下に潜り込み、内側から開きのドアを閉められるだけしめました。 急いでいるし、閉め難いのとで、両開きのドアは一センチ程空いています。 鬼が十まで数え終えて隠れた子供達を探し始めました。 箪笥の外はやけに静かです。 何度かドアの隙間から裕子ちゃんが見えたりしてドキッとしましたが、むこうからは見え難いようです。 私の耳はダンボの様に大きくなり、外の物音に神経を集中しています。そのうち、小さい子が見つけられたようです、「キャー」と叫び声だか笑い声だかわからない歓声が上がりました。 それから4、5秒後にはまた何人かの子供達の声がしました。 どうやら、残るのは私一人の様です。 私の胸は得意になって高鳴りました。 すると、いきなり明るくなって裕子ちゃんが「潤子ちゃん、みーつけた!」なんて言いながら、洋箪笥の両ドアを大きく開きました。 他の子供達も覗き込んでいます。 私は残念なような、それでいてホッとしたような気持ちで洋箪笥から下りて、畳の上に立ちました。 すると、どうでしょう、そこは突如として「八幡橋のおばあちゃん」の家なのです。 箪笥のすぐ右は縁側、そして中庭、おばあちゃん自慢のビワの木が見えます。 部屋の中を見渡せば、茶箪笥の上におじいちゃんの吸っているピース缶。 障子、先祖の写真、そして古い振り子時計。 私は眩しさにクラクラしながら、自分の出てきた洋箪笥とおばあちゃんの家の中とをかわりばんこに見ながら、何も言えずに突っ立っていました。 「八幡橋のおばあちゃん」というのは、横浜市、磯子区に住む父方の祖母で、一緒に遊んでいる裕子ちゃんや洋ちゃん達のおばあさんでもあります。 さっきまで遊んでいた裕子ちゃんの家は南区ですから、バスに乗らなければ行けません。 さっきと同じ顔ぶれの子供達は私があまりのショックで硬直状態になっているのにも気付かずに、縁側で靴を履いて、庭に出て行こうとしています。 裕子ちゃんだけが、どうしたのかというように振り向きました。 多分私の顔は青くなっていたと思います。 私は思わず裕子ちゃんに、この事態を確認したい衝動を覚えましたが、そのすぐあとに、今度は、誰にも言ってはいけないという強い気持ちが起こって、「今さっきまで、裕子ちゃんのおうちにいたんだよねえ?」という質問を、無理矢理に飲み込みました。 そんなこと聞いたって、無駄の様な気がしたのです。 そのあと一日、私はそのことばかり考えながら、遊びにも身が入らずボーっとして過ごしました。

長い事、私はこの話を誰にもしなかったのですが、大人になってから弟や友達の何人かに話しました。 みんな例の「フーン」という、共通した反応を示します。 いとこの裕子ちゃんや洋ちゃんとは大人になってから会った事がありませんが、「あの時さあ...」と聞いたって、彼らもきっと同じような顔をして、「覚えてない」と言うでしょう。 最近ではこの話をする時には、「多分、記憶がごちゃごちゃになっているからだと思うんだけど...」という前置きをしてからにしています。 でも、本当は私は信じているんです。 あの日、私といとこ達は、確かにいとこの家から、おばあちゃんの家に、空間移動してしまったんです。 そしてそれを知っているのは、私だけなんです。

「フーン」

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