「ヘールボップすい星を見ましたか」
桑野偕紀
パイロットという職業が他の職業より少しは良い点があるとすれば、地上から見るよりはずっと沢山の星を見ることができる、ということがそのひとつでしょう。
人間が肉眼で見ることのできる星の数は、全天でも6.000くらいのもので、北半球ではその半分の3.000くらいが見えるだけだというのは驚きですが、高度1万メートルで見る星の数は、それこそ「星の数ほど」という形容がそのままあてはまるくらいの星を見ることができます。
なかでも、地上からはこの頃あまりはっきり見えなくなった「天の川」がくっきりと見えることや、赤、黄、青、白と刻々と色を変えながら上がってくる金星を見られるなど、美しい星空のウォッチングには楽しみが多いのですが、昨年(1996年)と今年は、それに「すい星を見る」という楽しみが加わりました。
昨年は、やはり3月に「百武すい星」が夜空をいろどったのですが、今年はそれに倍加する「ヘールボップすい星」が我が太陽系を訪問してくれました。3月末から5月はじめにかけて、夜のフライトのたびに双眼鏡を片手に「コメットウォッチング」を楽しむことができました。
なかでも圧巻だったのは、ヨーロッパから成田へ帰ってくる便で、機体の左側(北の方向)に素晴らしいオーロラが見え、そのオーロラの上にヘールボップすい星が輝いていた時です。サッサッと光のカーテンがゆれ動くように輝いているオーロラの、そのすぐ上に、ヘールボップすい星がくっきりとV字型の尾を引いて輝いているのです。これはもう、滅多に見られない大空のショーだと言えます。勿論、さっそく機内アナウンスをして、沢山のお客様にお楽しみいただきました。
これだけ大きな、はっきりしたすい星ですから、それぞれの方が、それぞれの楽しみ方をされたことだと思います。もうこれであと2400年は太陽系にもどってこないということですから、私達は2400年にいちどのチャンスにめぐり会ったことになります。これこそ「幸運」と呼ぶべきものでしょう。
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