古稀を歩いて
宮崎笑子
「人生七十古来稀なり」1996年9月、私は70才になり、いろいろな意味で一入(ヒトシオ)感慨深い誕生日を一人で迎えた。
5年前、埼玉県東松山のスリーデーマーチに初めて参加し、10キロコースを完歩した時の感激が昨日の事のように蘇ってくる。その年私は長年住み慣れた東京近郊の街から、息子一家と同居のため、東北の都市に移り住んだ。九州生まれの私は故郷が更に遠くなり、それにも増して、多くの職場の友達、近所の人達と別れるのは辛かったが、将来を考えて自分の終の住家と決心しての出発だった。
新しい土地に早く慣れよう、新しい友達も作りたい、毎日少しづつ足を伸ばし、家に帰れる範囲で足を伸ばし歩き始めたが、時には道に迷うこともあった。そんな時、勤めていた頃の先輩に、「東松山を三日間、歩け歩けというのがあるから一度行ってみなさいよ。」と聞かされたのを思い出した。当時隣りの県に住みながら、「東松山って何処にあるの」と聞いたのを覚えている。早速電話をしたら、親切に「日歩協」まで行ってくれたが、宿はもう無いとのこと、別の友達が、うちから通えばと言ってくれ、好意に甘えることにした。先輩が送ってくれた申し込み用紙で、早速入会と参加の手続きをして、私の歩けの人生の第一歩が始まった。
一回り年上の先輩は、もう歩けないというので心細かったが、一人で頑張ろうと思って前日上京し、初めて駅に降りて先ず驚いた。駅から続く商店街には、スリーデーマーチ歓迎の横断幕に万国旗が風にはためき、その下をリュックを背負い、大きな荷物を持った人々がぞろぞろと続いている。前日なのにこんなに大勢の人がと思うと、次第にこちらの気持ちも高揚してくる。
「楽しみながら歩けば風の色が見えてくる」素晴らしいテーマに酔い痴れながらも、1日目、2日目、3日目と夢中で歩き、風の色を見出すことは出来なかったが、地元の人に話しかけられたり、明日もねと約束しても次の日はついに会えなくて、又別の人と話しながら歩けて楽しかった。何もかもが新発見、新体験で驚く事ばかり、後半からは色の違うゼッケンの人達が次々に追い越していく。水色のセッケンは50キロ、オレンジ色は30キロと書いてあり、一番疲れて歩いているのは我々10キロコースだと知る。3日目、完歩の感激と共に頂いた(1)の数字勲章の美しい輝き、あの日から5年、私も20コースを歩けるようになり、今年は(5)の数字勲章を手にし、元気で歩ける幸せを噛み締めている昨今である。スリーデーマーチを10回歩きたい、もう一年欲張って、第25回記念大会まで頑張れたら、ばら色の風の色が見えるかも知れないと、ささやかな希望を抱いている。
5年暮らした東北の街に別れを告げ、千葉県の九十九里浜に近い街に越して、私の人生の旅はまだまだ続きそう。今更一人暮らしに戻るなんてと危ぶむ声と、自由に生きてと励ます声に送られて、又一人暮らしに戻った私だけど、「歩け」を知る以前とは全然違って吹っ切れたというのか、精神的に自立出来て逞しくなれたし、五病息災と言える程あちこち傷んでいた健康面でも、血圧やコレステロールも安定しているし、膝や腰の痛みもいつの間にか忘れていられるのは、全く歩くようになったお陰だと自負している。
一昨年はスーパーマスターウォーカー賞を目指して、全国の公式大会を歩き回り、京都、大阪、北海道と各地に素晴らしい歩友も出来て、早世した夫には誠に申し訳ないけど人生を楽しんでいる。
1996年第19回スリーデーマーチの1日目は、生憎の雨で足下が悪く大変だったけど、偶然に仙台の友人夫妻にお会い出来て、半年ぶりに旧交を温め合う事が出来て嬉しかったし、2日目はお天気も回復したので余裕も出来て、今まで素通りしていた「平和記念館」の展望台に上り、素晴らしい景観を楽しむ事も出来た。新しい友達も出来て、再会を約束して家に帰り、あらためて大会誌を読むと、一人一人の思いが熱く伝わってきて、自分の思いと重なって涙が溢れる。面白かったのは、歩きながら人の歩き様を分析している余裕派の人、さて、私はどの分類のウォーカーだろうか、友達と会えば雑談型だし、一人で歩いていると思索型だし、もやもやストレス解消型でもある。お陰でストレスが解消して随分助けられた事も数え切れない。女性同士のおしゃべりを30分も聞きながら、後を歩いていると、家族構成や生活態度などが大体解ると言われれば確かにそうで、私も盗聴されたかも知れないと思うと恥ずかしい。以後気をつけるようにしよう。でもそれでストレスが解消して、明日から又元気で頑張っていけると思うと、女性のおしゃべりも功罪半々と許して貰えるように思う。
年齢的に20キロ以上の距離を歩くのはそろそろ限界だし、「歩け」の集大成として、四国路「空海のみち」を完歩するのが念願であるし、何時までも自分のペースで歩き続けられたらと、古稀を迎えて切に思う昨今である。
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