..................................柏井 智子
一昔前は、若い娘はお茶とお花ぐらいは習っておくというのが日本では習慣であった。
しかし近頃では、そのような習慣も薄らいできたようである。
私の知人をみてもお茶を習っている人は、ごく僅かである。 しかも習っているといっても、
2、3年すれば、「一応人前で恥をかかない程度に飲めるようになったから」と辞める人がほとんどで、
10年以上習っている人は、限りなくゼロに近い。
私もお茶など全く興味が無かったが、大学生の時に少しだけお茶を試みたことがある。
しかし畳の歩き方から始まって、道具に触れる指の位置など、事細かく決まっているのにあきれ果てて、
すぐに辞めてしまった。
それから幾年かの年月が経ち、お茶を習うことなく私は結婚した。
主人はお茶を習ったことは無いのだが、お茶を頂くにあたって最低限のマナーを知っている人であった。
というのも主人の両親は大のお茶好きであったのだ。
義理の母は仕事が忙しくお茶を習う時間が無いのだが、
義理の父は既に仕事をリタイアしていて時間に余裕があるのでお茶を習っている。
私と主人が婚約したときから義理の父は、「智子さん、お茶を一緒に習おう。」
と誘ってきたのである。私は、「そのような古風なことは大の苦手でして、
エアロビクスやゴルフなど体を動かす方が好きです。」と柔軟に断わり続けた。
しかし私達が結婚すると、毎週顔を合わせる度に、義理の父は私に猛攻撃をしてきた。
さすがの私もその熱意(?)に折れて一緒にお茶を習いに行くことにした。
稽古の教室へ行って驚いたのは、私のような若輩者が皆無であるということだった。
というのも義理の父は家元に習っており、そこへ来る人は皆師匠格の人ばかりだったのである。
まだ20代の私が最も若く、次に若いのが70才を目前にした義理の父だったのである。
お茶と一言で言っても教室では『茶花』やそれを入れる『花器』そして『掛け軸』
などについても毎日詳しい説明を受けた。周りの人から、「まあ、そのような単語も知らないの?
だったら禅宗のこの本を読むとよく理解できるわよ。」などと時には呆れられ、
また時にはアドバイスを受けていった。このような素晴らしい環境でお茶を習えば、
私の教養は豊かになるであろうと、義理の父は期待していたのだった。 しかしそれとは裏腹に、
私は日に日にお茶へ通うことがうっとうしくなっていたのである。
私は大学へ行き直す為に予備校へ通いながら、パートタイムの仕事も持ち、かなり忙しい身である。
それにも関わらず私の生活の中でお茶を占める割合は増えつつあった。というのも
「△△美術館では、今江戸時代初期のお茶道具展をしています。是非見に行って下さい。」
という具合に家元に指示され、半ば強制的に義理の父とのデートが増えてきたのである。
日曜日ぐらいは自分のしたい事をしたいと思い、時には理由を作って美術館巡りを断わりもしたのだが、
お茶を習い始めて約一年が経過した頃このような生活に限界を感じるようになっていた。
お茶の稽古の日である金曜日の朝になると、毎週頭痛がするのである。
まるで登校拒否の子供が腹痛を起こすように...。頭痛を抱えながらも更に半年間、私はお茶に通った。
辞めたいことを義理の父に言い出せなかったからである。しかし週に一回とはいえ、
この頭痛が私の生活、特に勉強に支障をもたらしていることは否めなかった。
私はまず主人に相談した。彼の返事は私の好きなようにすればいいというものであった。
次に義理の父に電話でお茶を辞めたい旨を伝えると、
私にもう一度よく考え直し更に私達夫婦でよく話し合うように言ってきた。
そして義理の両親ともよく話し合うことを付け加えた。やはり辞めることは簡単ではなかった。
しかしその時の私は強かった。義理の両親からの連絡が来る前に、
次の稽古の日が到来したことを利用した。私はその日いつもより早目に家を出た。
義理の父よりも早く教室へ着く為に...。そして私は家元と一対一で話をすることができた。
家元はすんなりと承諾してくれた。しかしそこへ義理の父が到着し、
私が辞めるのを阻止しに入ってきたのである。「ちょっと壁にぶち当たっただけで、
すぐに辞めるなんて。」などと言われても私は首を横に振り続けた。私の最後の稽古が終った後、
いつものように義理の父と二人で昼食を食べたのだが、その日のランチはまずかった。
食事の間ずっと彼は私に語り続けていた。お茶がどんなに素晴らしいものか、
お茶を知らない人には常識が無いと笑われる日が来る、人には老後も楽しめる趣味が必要だ...
と何回も繰り返して言っていた。しかし最も彼にとって大切なこと、
つまり私にお茶を習わせた最大の理由は自宅で私と二人三脚でお茶会を開きたかったということなのである。
「考えてみてよ、お父様。茶人の人口の割合は今日ではそれ程高くないので、
私のような者でも笑われないよ。老後の趣味?私いつまで生きられるかわからないし...。
それに趣味って自ら楽しんでするものだと思うよ。
私と一緒にお茶会を催す夢を壊して申し訳ないけれど、私はあんたと結婚したのではなく、
あんたの息子と結婚したんですよっ!!」勿論この段落は私の一人言。
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