シエラ山中の渓流釣り(6.................................山下昭男
執念のベアークリーク

 

 それは1991年の夏でした。急に家内が子供2人を連れて日本へ帰りました。夏ももうすでに半ば、渓流釣りには最適なころでした。家族が日本にいる間に自分一人でやれる事、それはいうまでもなく私にとって、山への釣りの旅でした。翌日、会社に休暇届けを出してキャンピングの準備に取りかかり、一人旅の準備には思ったよりも時間もかからず2日目には出かけられるようになりました。目的地の川はベアークリークでした。冬の間から地図を眺めては思いをめぐらし機会があれば必ず行ってみようと考えていた場所でした。

当時持っていたシェビーバンに乗って出発しました。フリーウェイ5号、99号を通ってフレズノに行き、この町から168号を東に山岳地帯に向かいました。168号道路の終わる所にはハンティントンレイクと呼ばれる標高7500フィートの美しい湖を横目で眺めながら先に続く非常に険しい道幅の狭い山道を約20マイルも登って、ポータルホーベイと呼ばれる小さな池沿いにあるキャンプ場に着きました。なんとレイクフォレストの自宅から300マイルを少し超す7時間のドライブでした。

計画どおりこのキャンプ場にテントを張りました。荷物をバンから降ろしテントに入れて一息いれた頃には午後3時半になっていまいした。私の予定は明日、早朝にバンに積んできたホンダのミニバイクに乗り、登って来た道をさらに30分くらいのぼりそこから右に分かれる4WD用の道(フォーウィールドライブ車専用のでこぼこ道)を約一時間走ってベアークリークに行くつもりでした。しかし一度も行ったことがない道のりですので今日下見のためにミニバイクに乗ってクリークに行ってみようと思いました。バイクで走って10分もたたないころでした。道沿いにあるパークレーンジャーの建物を通り過ぎ谷間に向かって下りはじめたころでした。パークレーンジャー二人が乗ったジープが反対方向から登ってきました。そしてすれ違いに私を止めて聞きました。「お前は何処からこのバイクに乗ってきたのか? 」私は答えました。「ポータルホーベイから。」「お前のミニバイクはオフロードヴィークルだからこの道を走っては行けない。」「ポータルベイに帰るだけは許してあげる」とのことでした。

ミニバイクの購入時にオフロードライセンスだけがつくバイクと聞いていました。でも説明書にはオフハイウェーと書いていたので高速道路以外は走ってもよいと解釈していました。私道以外は走れないなんて考えたこともなかったのです。

なんという事でしょう、7時間以上もかけて走ってきたのに残りの1時間半が走れなくなってしまいました。ベアークリークに一息というところまで来たのに行けなくなったのです。なぜならシェビーバンでフォーウィールドライブ専用のでこぼこ道を走るのはあまりにも危険で不可能と思いました。もし歩けばベアークリークにいきつくだけでまる一日はかかる距離、それは全くの骨折り損のくたびれ儲けでした。今回はベアークリークには行けない、そう思えば思う程、くやしくなって本当に残念に思いました。

ポータルホーベイのキャンプ場にもどるやいなや、地図を広げて、今回行ける川を探しました。結局、不本意ながらも当日はポータルホーベイの池で、ニジマス釣りをやり翌日は山を少し下った方の川(実は第三候補と考えていた川)で毛針釣りを楽しみました。でもこの時から心の中で自分に言い聞かせました。いつかきっとベアークリークに来てみせると、それはもう、執念ともいえる思いでした!

 

あれからもうすでに6年が過ぎ去った978月ついに一人で山に行く機会を得ました。3年前に購入したいすずロデオも山の釣りに使えるものをという気持ちから決めた車種でした。今回はミニバイクに乗らなくてもベアークリークにいける、それは嬉しくて興奮してわくわくする気持ちでハンドルを握り高速道路を走る私に自信を与えてくれました。

今夏はポータルホーベイを通り越しモノホットスプリングと呼ばれるキャンプ場にテントを張り一息いれてから夕食の準備を始めました。コールマンのプロパンガスストーブを組み立てお湯を沸かし即席の味噌汁、鍋焼きうどん、パックの五目飯をキャンプテーブルの上で簡単に作って夕食を楽しみました。34人用の可愛いドームテントも寝袋一つを真ん中にやって寝てみると結構ゆとりがあります。午後8時半頃から暗くなってすぐ寝袋に飛び込んだがなかなか寝付けない夜でした。翌朝、空が明るくなるのを待って簡単な朝食をすませ、ドームテントをキャンプ場に残して山道を走り出しました。

モノホットスプリングキャンプ場から5分も走れば4WD専用の道(フォーウィールドライブ専用のでこぼこ道)に着きました。いすずロデオを2WDから4WDに切り替え、でこぼこ道を走り出すと、なんと道幅の狭いこと、すれ違う余裕のあるところがほとんどない。そして、路面のでこぼこが激しく速く走れない、10マイルちょっとの、のろのろ運転がやっとでした。曲がりくねり上り下りが激しい左が山の壁で右が絶壁であったり、ロデオのハンドルを握る手に思わず力が入る長い長い道のりでした。

でこぼこ道の終点には123台のトラックや4WDの車が停まっていました。釣り人だけでなく川沿いのトレイル(山道)を通って山登りに行った人達の車だったのでしょう。私は車を停めるやいなやナップサックにランチ、ドリンク、スナックを詰め込み釣り道具の入ったフィッシングベストを着て、ケースに入った竿、そしてはくと胸までくるウェイダー(ゴム長靴)をかついで川沿いのトレイルを歩きはじめました。

やっと念願のベアークリークにくることができたと思うと嬉しさと満足感で心が満たされました。川岸に生い茂った松林を縫って続くトレイルを川上に向かって20分ほど歩いて川に入りました。

 
ベアークリークは川幅といい澄み切った冷たい水といい、水の深さといい、毛針釣りに最適の状態でした。川の様相も、深みがあり、浅瀬があり、岩場があり、砂場があり変化に富んでいました。

マスタッド針3089型サイズ8番にレモンサイドをテイルにして胴には茶色のフロスを巻きその上にピーコックハールを巻きグリズリー(鶏の毛)を箕毛としてあしらった自作の毛針はなかなか調子がいい、故意に長めに作ったテーパーラインはやや長すぎた感じで扱いにくいが遠くまで打ち込める利点もありました。ランチブレイクまでに約1.5キロ釣り歩いたでしょうか。
 

ジャーマンブラウントラウトを10尾釣り上げました。ランチブレイクの後、一時間半程更に上流へと釣り歩きました。そしてブラウントラウトを7尾とブルックストラウトを一尾釣りました。18尾の魚をアイスチェストに入れてモノホットスプリングキャンプ場に戻ったのは午後4時頃でした。
 
 
 

 
 

 
今夜一晩私の隣のスポットにテントを張って泊まるという若いアメリカ人の家族は大変フレンドリーでした。彼らはベアークリークのトレイルを通って山岳地帯で五日間も過ごして今日このキャンプ場に戻ったとのことでした。30代の半ばかと見受けられる白人の奥さんは洗った髪をタオルで拭きながら5日ぶりに温泉に入り良い気分を味わった。そして「温泉にはいったか?」と私に尋ねました。私は彼女に答えました。「魚釣りにここへ来たのでスイミングパンツを持っていないし、このキャンプ場に温泉があるのも知らなかった」と。彼女は言いました。「息子のスイミングパンツがいくつも余分にあるから貸してあげる、是非とも温泉に入ってきなさい。」結局彼女の親切をむげに断る訳にもいかずスイミングパンツを借りました。テントの中でショートパンツの下にスイミングパンツをつけ、彼女から聞いた通りキャンプ場のわきを流れる川を渡って向こう岸に行きました。

2メートル四方の大きさで木のわくで囲まれた露天風呂でした。彼女の主人と思われる白人男性と3人の子供が入っていました。私は彼らに聞きました。「これが温泉ですか?私も入っていいですか?」そしてT−シャツを脱ぎショートパンツを脱ぎ温泉に入りはじめました。145歳と思われる上の男の子がいいました。「僕のスイミングパンツと同じのを着ている。」私は答えました。「これはあなたのお母さんが貸してくれたのだよ。」 そして一同が笑いに包まれました。あまり熱くもなく良い湯かげんでした。温泉を出て夕食も済ませセルラーホーンで自宅の家内に電話を入れました。早速この温泉にまつわる出来事を話しました。家内も行ければよかったと残念がりました。

白人家族との交歓はキャンプファイアーを囲んでさらに続きました。私の釣りの体験、自作の毛針の作り方、そして彼らの山登りと熊の親子と遭遇した体験談と話はつきない夜でした。

執念のベアークリークへの釣りの旅は一生忘れることのできない楽しい旅となりました。