俳句「日本の四季の風物の中から」
阿部 利子
前書き
先人の努力と科学の進歩によって、
つい最近まではアニメーションの世界でしか考えられなかった月にまで飛んで行き、その表面に
足跡を残す程の時代になり、まだまだ未来への夢は広がるばかりです。が仕事が終わっての帰り道、
澄みきった中天に浮かんでいるような淡い色の十三夜・満月・十六夜月(いざよい)等々を眺
めていると、自ずと心が安まり、時には物思いにふけったり、また詩心(うたごころ)が起
こってくるのも確かです。
大きな行事などに飾られている豪華な
生花を眺めると、そこまで工夫を重ねて改良された技術に敬意を払いますし、その美しさに
うっとりと酔いしれる気分にひたれます。が、また同時に道端のすみに、ひっそりと咲いている
名も知らない花にも、得もいわれぬ、愛おしさと暖かささえ感じて、これまた心がなごみます。
このように考えますと、技術の
進歩と同じように、心のうるおいと安らぎは、同時進行をしているのではないかと思われて
なりません。今までに作ってあった句(未発表のもの)の中から、日本的なものと思われる
四季の風物とか、旅先で出会ったその地方独特の行事等を選びました。俳句は漢字制限される
以前からの文化ですから、今は使っていない"ひらがな"も出てきたり、読めない漢字も
ありますが、その漢字を使わないと感じがつかめません。そこで難しい字には"かなふり"をつけ、
句に説明等を加筆した次第です。

[秋] 8月−9月−10月
( 月 虫の音 花火 祭り 盆供養 萩の花 )
盆の月 静もる一山(いちざん)
浮かみをり
(夏の夜風に身を預け、じっくり月を眺める満足感)
棚経(たなぎょう)の
僧半日陰(はんひかげ) ひたひたと
(夏衣に白足袋の僧が各段家巡りをするのです)
星月夜 北国の旅 満ち足りぬ
(残念なことに星の散りばめし光景は、都会では駄目。北海道への旅、星空を仰ぎし感動)
浜風に 吹かれ群れ飛ぶ
赤とんぼ
(風に乗り一群がふわふわと、秋来たるを感ず)
張り替へし 障子(しょうじ)の部屋の
茶会かな
(日本では障子を張るのは秋で冬への準備です。
「障子」は冬の季語です)
軒を打つ 時雨(しぐれ)の音や
秋深む
(時雨とは、多くは初冬だが晩秋にも降る。
晴れたり降ったりする雨をいふ。春時雨、秋時雨と区別する)
熟れし柿 突つく小鳥を
許しけり
(秋といえば柿の風景が日本中どこでも見られます)
遠花火(とおはなび)
音あちこちの 昨日今日
(夏の風物詩としての花火は近代では、
様々の記念行事、祝い事に打ち揚げられます)
白萩(しらはぎ)の
たわわに揺るる 道の端
(秋を象徴する花は萩です。寺に多く紫陽花と
対照して萩寺と呼ばれ、家庭の庭先にも多いです)
鵯(ひよどり)の 友呼ぶ声や
ふしのあり
(ピーッピーッと鳴くので目立つ、秋の人里に
多くやって来ます)
[冬] 11月−12月−1月
( 七・五・三 木枯 除夜 忘年会 初日 新春)
音たてて 木枯し一号
(こがらしいちごう)真夜(まよ)を吹く
(初冬吹く強い風、木の葉を吹き落とし枯木にする)
七・五・三 宮参り子(ご)の
晴れ姿
(この日ばかりは王子さま、王女さま気取り)
山の神 祀る祠の(まつるほこらの)
注連飾り(しめかざり)
(山の持ち主が一年間の感謝を込めて新しい
年へ向けての注連を飾る)
笹鳴(ささなき)に
歩を止めほっと 安らぎぬ
(鶯の子が次第に姿を現してチュチュと
啼き始める冬鶯とか笹子ともいう)
年忘れ テレビ囲みて
歌聞けり
(日本国中大方こんな風景でしょう。
紅白歌合戦)
本堂の 法話の合間(あいま)
絵馬を売る
(正月らしい雰囲気の“絵馬”を時代の
移り具合(経済的)を感じさせられます)
正月や 鐘の聞こゆる
三が日
(次々に参詣する人が一搗(10円〜
100円)を入れて願をかけて搗くのです)
遠き日の 羽根つく音を
なつかしむ
(昔の羽根つきが現代はバトミントンに
代わって来ています)
凧(たこ)揚(あ)がる
浜辺に寄する 波静か
(正月休みを利用して親子や仲間で凧揚げ
競争をするのです)
初日影 受けし湯宿の
旅の客
(現代では家族ぐるみ湯宿で新年を
迎える人も増えています)
(注: 春夏は、次号に続きます。)