話の種 42号  

日本の居心地の良さ

..................................鈴木 治夫

北カリフォルニアから、日本に帰国して約2ヶ月になります。単身赴任が解消され、日本で一人で働いていた家内と再び一緒になり、お互いにまた毎日を共に暮らす居心地の良い状態に戻りました。我が家の老犬との散歩も再開しました。

こういう家庭的なこととは別に、居心地が良いことが沢山あります。

まず車の運転が少なくて済みます。Menlo Parkの事務所や、Mountain Viewの自宅では、ちょっとした事でも、自分で車を運転する必要がありました。帰国して、東京や近辺で仕事をしていますので、JRの電車や地下鉄が利用できて、車を運転する機会が減りました。満員電車で不快な時もありますが、また、通勤や出張の際に、本や雑誌を沢山読めるようになりました。タクシーも沢山走っていますので、気軽に利用できます。不景気のせいか、タクシーの乗車拒否も全くなく、深夜の近距離客も大事にされます。
たまに自分の車で走っていて、ガソリンスタンドに入ると、セルフサービスの多かった米国と違い、さっと店員が寄ってきて、ガソリンを入れてくれます。おまけに、灰皿の中身を空けてくれたり、窓ガラスを拭いてくれたり、エンジン・オイルの点検をしてくれたりします。車のディーラーからは、車検のお知らせや、定期検査のお知らせがきたり、担当者が日曜日などに自宅に来たりします。新車売り込みを兼ねてですが。日本で車で走りまわると、米国に比べガソリン代も高く、高速道路料金も有料でかつ高く、ますます、公共交通機関を利用したくなるということがありますが。
人口密度が小さい北カリフォルニアと、人が密集している東京圏との比較ですので、違いがあるのは当たり前ですが、東京圏では、各種の店舗も多く、歩いて買い物が出来ることが多いです。電話で注文してすぐ必要な物やサービスが手に入るということもあります。逆に便利すぎて、通信販売とかオンラインショッピングなどが、そう発展しない素地になっているのかも知れません。

職場や、仕事先では、黙っていてもさっとコーヒーが出てきたりお茶がでてきたりします。喫茶店にしても、ゆったりした雰囲気で音楽が流れるところで、雑誌を眺めながらコーヒーを楽しんだり出来ます。値段は米国の4〜5倍とか、7〜8倍しますが。
携帯電話にしても、電気器具・パソコン屋さんに買いに行ったらその場で充電や、電話会社への登録をしてくれて、30分位して戻ると、もう使用可能になっていました。米国で携帯電話を買ったときは、事務所に戻ってきてから、電話会社へ連絡しながらのActivateに、いろいろ苦労した記憶があります。また、パソコン購入も、日本のやり方は、パソコン会社の人が、組み立て、周辺機器の接続、ソフトのインストール、通信設定その他の設定などやってくれたりします。その分、割高になっているのかもしれないものの。

景色は、人により好き嫌いが違うと思います。たまたま私は、梅雨の時期の竹林の緑、電車の車窓の里山の雑草の繁茂、水田の稲やあぜ道の美しさを堪能しています。シリコンバレーの住宅地はそれなりに奇麗と感じましたが、周辺の山野は乾燥して赤茶けていて、いかにも半砂漠状で荒れた印象でした。日本に戻ると、皮膚の湿度感は不快ですが、視覚には、居心地の良い景色です。夕焼けも日本に帰るとしょっちゅう見ることができます。
私の自宅のあるあたりは、市街地が終わり畑が始まるあたりです。20数年前に、幼児や小学生位の子供のいる家庭が住み始めました。子供が家を出て、親の方も、定年または定年近くの肩叩きで、退職またはそれに近い状態になりつつあります。そういった、新住民の事情と、近所の農家のほうも高齢化などで、畑を耕さなくなり、この両者の条件がマッチして、随分家庭菜園(貸し農園)が増えました。私は以前から、小さな畑を借りて家庭菜園を耕していました。今回、帰国直前に、また少し遠い畑が貸し出されるというので、家内が私の代わりに借用手続きをしていました。隣近所の人達が、殆どみんなこの新しい畑を借り、夫婦で耕し始めた感じです。
   奥さんたちは顔見知りでも、ご主人の顔、名前が一致しなかったのが、ここにきて、夫婦の名前、顔が分かり始めました。作物の選び方、育て方、カラス対策や、肥料や農薬についての情報交換など、一気に会話がはずみ出しました。結構おせっかいな人もいますし、小さな畑とはいえ、隣の畑の作物の成長具合と、自分の作物のそれとつい比較して、昔からの日本型の「農民的横並び思考」といったものが強く出てくるおそれもあり、まだこの先のことは楽観できませんが、取りあえず楽しい雰囲気がもりあがりつつあります。

米国でも、場所によってはあるのかも知れませんが、私の場合、単にお酒を無愛想に出すカウンターバー程度しか知らず、「赤ちょうちん」が見つからなくて困りました。日本に帰国して、またいきつけの「赤ちょうちん」に通い出しました。
  以前は、東京で帰宅のための電車に乗る前に通った店、帰宅直前の最寄駅の近くの二つの店などがありました。これらの店は、それぞれ雰囲気が違い、また名称も「スナック」、「居酒屋」、「小料理屋」とかいろいろあるものの、カウンターに数人から10人程度と、テーブルが2つか3つの小さな店です。「ママ」が一人で料理からお酒まで全部こなしているか、たまにアルバイトの女性を雇ったりする程度の、いわゆる「赤ちょうちん」です。客は中年以降のなじみ客が多く、若くても30才前後以上です。社用族がくるような店でもなく、会社の同僚同士ということも、そんなに多くはない店です。どちらかというと、一人で、あるいは気のおけない友人と来る人が多いです。料理は多少うまい店、ありふれたつまみを出す店、殆ど料理を作らない店などいろいろです。時々、客が湿っぽい日本の「演歌」など歌っています。つらいこと、悲しいこと、義理人情とか、成就しなかった恋の思い出とか歌う客がかなりいます。   繰り返し客が来るのは、何か「ママ」の個性に引かれているか、なじみ客同士の雰囲気が好きかで来ている印象です。こういう固定客のある店の「ママ」というのは、美人ではないことが多い記憶があります。会話もそう気が利いているわけでもありません。どちらかというと口下手ないし口下手を装っています。頭の良さもださないようにしている人もいます。客の愚痴とか、うっぷん話を、相づちをうって聞いていて、余計なコメントも言わないといった会話が多いです。会社でのいやな思いなど、聞かされ続けたら、精神的に疲れてしまいそうですが、聞き続けています。会社と自宅の「ママ」との中間地点で、飲み屋の「ママ」に話を聞いてもらいながら飲み続け、気分転換ないし自省して、気持ちを切り替えて帰宅するといった人が多いです。大体、話しているうちに、自分の心が整理されてくるのかも知れません。なんで早く帰宅して、自宅で夫婦で話をしないのかと言う御疑問も湧いて来るかと思います。多分、家で、奥さんに会社でのうらみ、つらみなど話したら、奥さんのほうからも子供のこととか、嫁姑のこととか、地域のこととかで、うらみ、つらみ、悩み事など出て来て、ややこしい事態になるのかもしれません。あるいは一層不愉快になるような意見、反応が奥さんから飛び出してくるとか。
最近行きつづけの店は、客同士も仲が良くて、途中からビリヤードやボーリングに2〜3人で出かけ、また深夜舞い戻ってきたりしています。また休日に釣りに行く相談がまとまったりしています。おまけに野球の好きな人たちが多く、この店の「ママ」と、かなりのお客たちで草野球チームを作っています。日曜日に試合があると、勝っても負けても、その後にまたみんなで飲んでいるようです。こういう「赤ちょうちん」も、最近は、新規開店は少なくなったとのこと。最近開店が多いのは、もっと広くて明るく、お酒やつまみも低価格料金設定で若者がグループでわいわいやるような店です。客の愚痴などの相手をする「ママ」のなり手が減少しつつあることもその傾向に拍車を掛けているような気がします。

以上幾つか、日本に戻り居心地の良い例をあげてみました。単に人口密度が高くて、何かと競争が激しく、長時間労働やサービス過剰があたりまえになっているだけかも知れませんが。

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