話の種 42号  

弟との再会そして別れ

..................................村井 侑子

弟の病が重く、長くは生きられないという連絡が日本から入ってので、せめて意識のあるうちに顔を見、話しもしたいと思い、3月31日に八日間の予定で日本へ飛び立った。埼玉県上尾のガンセンターである。胸がつぶれる思いの5年ぶりの再会。本人も告知を受けているとはいえ、何と言葉をかけていいものか、絶対泣かぬと気持ちをひきしめていったのに顔を見たら思わず涙が出て困った。

次の日、病院主催の小規模なお花見を二丁ほど離れた公園でするといってきたので、午後2時に間に合うように出かける。ほとんどがボランティアの方々による車椅子の患者、手術前の歩ける人は、家族に支えられて、ゆっくりゆっくり歩いて行く。弟夫婦はしっかり手をつないで、何か語り合いながら歩く後ろ姿、みなこの一時、一時をいとおしんで生きている。

風もなく、花ぐもりの日、見事な桜の大木が何十本も立っている下で、お花見をした。来年見られるか、これが見おさめと思いながら弟は見たであろうかと考えたら、可愛そうで胸がいっぱいになり、記念撮影をしようということで、写真を何枚か撮ったり撮られたりしたのだが、きっとどれも私は半泣きに写っているにちがいない。

脳の手術をする弟は、髪の毛をつるつるに剃られて「一度、こういう風な髪型にしたかったんだ」と笑った。その笑顔は弟が若かったときの丸坊主だった姿を想い出させ、しっかりと目に焼き付けて帰ってきたのである。

人生に早く訪れるか、遅いかだけの違いで、志を断念し、人はいつかはそれぞれの思いを残して死に行かねばならない。

弟の字で壁に張ってあったノートの切れはしにあった言葉、「丸く大きい心、限りなく待って、限りなく許して、限りなく包んであげるような素直で温かい心、そしていつも感謝の心を持って。」

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