疲れているあなたへ


「すべて重荷を負うて苦労している者は、
わたしのもとにきなさい。
あなたがたを休ませてあげよう。

わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、
わたしのくびきを負うて、
わたしに学びなさい。

そうすれば、あなたがたの魂に
休みが与えられるであろう。

わたしのくびきは負いやすく、
わたしの荷は軽いからである」


(新約聖書・マタイによる福音書11章28〜30節)


くびきとは、農作業をする際に複数の牛の首にかけて、牛が足並みをそろえて土を耕すことができるようにする木製の農具です。この時、力の強い牛と弱い牛、気の荒い牛とおとなしい牛を組み合わせてしまうと、どちらかに負担がかかってしまって、うまく作業を進めることができないばかりか、牛たちは双方とも疲れ果ててしまうそうです。

この世は、私たちにさまざまな課題や責任、職務や期待というくびきを背負わせます。

男として、女として。
夫として、妻として。
親として、子として。
部下として、上司として。
私たちの首に重いくびきをかけては、「歩け、歩け、歩け!」とむちを振るうのです。

イエスさまは、「わたしと同じくびきをかけて、ともに歩もう」と言ってくださるお方です。

神さまというと、私たちに「あれをしろ、これをしろ」と命令し、やらなかったり手抜かりがあると怒りに触れてたたる、というイメージが日本人には根深くあります。また、キリスト教というと「あれをするな、それもいけない」と禁欲的で「お堅い」神のイメージがあります。

でも、イエスさまが私たちにくださるくびきは「負いやすく、軽い」くびきです。私たちに負いきれないようなくびきを負わせ、倒れるに任せるほど、真の神さまは愚かではないのです。

しかも、イエスさまは私たちにただ重い責任を負わせてむちをふるうのではなく、ご自分もともに負って下さると言うのです。

どの世界のどの神さまが、人間と同じ無力な存在に成り下がって、ともに血の汗を流し、涙を流してくれたでしょうか。人間として貧しい馬屋に生まれ、大工の子となり、人の世のあらゆる苦しみ悩みをともにしてくださった神。

柔和で愛にあふれ、ゆるしに満ちた方。
高慢になることがなく、人を見下したりしない方。
それが、イエスさまなのです。

「すべて疲れた人、重荷を負うて苦労している人は・・・」。
この方のもとで、私たちは憩いましょう。癒やしていただきましょう。そしてともに歩きましょう。疲れ果てた魂を完全に癒やすことができるのは、魂の源である真実の神だけなのですから。


はっぴは9年前からイエスさまと同じくびきを首にかけてます。
いいでしょ(*^^*)/。





Photo:Happy Islands
"Garden Bench"
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