保田圭の14とのバトルに敗れた翌日、ぴーは自らの車をK市に構える掛かり付け(?)の板金&整備工場、HSWに落胆したまま持ち込んだ。
ちなみにこの社名HSWはHigh Speed Ways(ハイスピードウェイズ)が正式名称だが、それぞれの単語の頭文字を取ってHSWと言う。元々はそのまま正式名称で営業をしていたが、店員も客も共にその名前が言いづらいと言うこともあり、社名をHSWに改めている。
「すいません、こいつの手当をお願いします・・・」
「あっ、いらっしゃいませ!こっちにどうぞ!」
覇気の無い声で工場の事務所に入っていったぴーをアルバイトとおぼしき女の子が応対した。何故彼がこの子をバイトと分かったかと言うと、明らかに私服だったからだ。しかもこの店には以前、こんな子はいなかった。ぴーは不思議そうにその子に話しかけた。
「あの・・・君は? 前にここに来たときはいなかったと思うんだけど・・・」
「加護亜依って言いま?す。今月からバイト・・・で〜す。」
彼女の妙なテンションにぴーは唖然としていた。彼自身、亜依にツッコミを入れたいが、どうも亜依が持っている独特のテンションにツッコミを入れる隙が無かった。そしてぴーが唖然としていた中につなぎを着た男が事務所に入ってきた。
「なに〜ぃ、ぴー君また事故ったの?」
「なんかその言い方・・・しょっちゅう事故っている見たいな言い方だよなぁ・・・(ちくしょーこの男にこんな目で見られるのはある意味屈辱だよなぁ)所でBD君、店長は?」
BDにちょっとこけにされたようなツッコミをあっさりかわしてぴーは店長の事を尋ねた。正直いってBDはK市にある工大の学生で、彼はただのバイトで、整備を担当しているわけではない。彼の頭には「今は君と話している時間はない」って文字しかBDに対しては無かった。
「店長はいないよ・・・なんでも部品の調達&製作とかで先週から留守だよ・・・多分いつものパターンでしばらくは戻ってこないよ・・・でもまあ、黒さんならガレージで車をいじっているよ。」
ぴーはそう聞くと事務所からガレージの方に少し焦りながら走っていった。
ガレージでは一台の青い2ドアクーペタイプの車がラダーに乗せられてエンジンオイルを抜かれていた・・・ぴーはがその車に近づくとオイル交換を行っていたと思わしき男が車の下から出て来た。男はぴーの姿を見ると、彼に近づきぴーに言った。
「やれやれ、またやったのかい・・・? 外に止めてあるJZX100を見させて貰ったよ。ありゃ軽く見ても全治3週間かな?板金塗装で2週間。破損したインタークーラーを取り寄せないとな・・・届くまでにやっぱこれも2週間かかるなぁ。」
「何とかなりませんか?早いところコイツを直して、もう一度・・・」
ぴーの思いも分からないわけでも無かった、が、しかし、現実、補修部品が揃わない限りはどうにも出来ないのが実状である。
「黒さん!何とかなりませんか?ここで店長がいないんじゃあ・・・お願いします!自分も出来るところを手伝いますから、はやく・・・はやく・・・」
ぴーは黒に深々と頭を下げた。ぴーの熱い思いは黒にも十分には伝わったが、現実問題として、ぴーの期待に答えるのは難しかった。しかし・・
「分かったよ。出来る限りはやってみる。ただ、店長もいないからどうしても納期はずれるよ。」
そう言うと彼はポケットに入れていたメモ帳とペンを取りだして色々と書き込みを始めた。
「加護ちゃん。この紙に書いた部品、さっそく問い合わせて。全ての部品を一週間以内に持ってこいってね。」
黒はそう言うと、呼ばれてやって来た亜依にメモを渡し、自らはガレージの外に置いてあるぴーのJZXを取りに行った。
「今日はこれ以上なにも出来ないから、もう戻って良いよ。でも、ちょっと聞くけど、そんなに早かったのかい?その14は・・・?」
ぴーはそれを聞くと、少し凹んだが、彼自身が14に対して持っている印象、噂などを話し始めた。
「ええ、相当な凄腕ですよ・・・あれだとうちのチームでかなう奴はいないです・・・どう考えてもSRエンジンの特性を生かした加速重視のセッティングですね。あの14、色は白で・・・リアウインドーに小さいですけどエンプレスのステッカーがありました。たぶんチューンはあそこで施されているんでしょうね・・・」
「あのさぁ・・・」
ぴーの話に水を差すように黒は話しかけた。
「エンプレス・・・と、なると14はタダの峠仕様じゃぁないな・・・しかも乗っているのは女か。彼女は一応地元なんだよね?当然また六甲には出てくるよな・・・?」
いつもの職人肌な態度から少し変化した黒をぴーは見逃さなかった。それよりもむしろこの人には何か考えがあるのかと思った彼は思いきって言ってみた。
「もしかして黒さんが走るんですか?そっ、それなら・・・」
ぴーのぶっ飛んだ問いかけに苦笑した黒だが、すぐに素に戻ると続けてぴーに話しかけた。彼はかって六甲ではそこそこ名がしれた走り屋だった為、もしかして地元の意地を守るために走ってくれるのでは?と一瞬思ったが、そんなぴーの重いとは裏腹に、黒は笑みを浮かべながら答えた。
「おいおい、いまさら自分の様なオヤジが出る幕でもないだろうに。それに六甲の下りならオレなんかよりも君のチームにいるのたく君達がいるGSの店長さんの方がずっと速かったよ。しかし、このままなめられっぱなしってのもなんだし、このまま引き下がるのも面白くはないとは思うが・・・ 女のバトルだったら・・・」
「女だったら・・・?」
黒はぴーのツッコミに過敏に反応し、すぐに言葉を濁した。
「いや、気にしないでくれ・・・」
ぴーは黒の言った言葉に妙な引っかかりを覚えたが、今のところはどうにも出来ない自身の愛車を寂しそうな目を向けて店を後にした・・・ぴーの帰った後、閉店した店内は未だに開店状態のままでにぎわっていた。この店は表ではそこいらにある板金整備工場となんら変わらないHSWだが、実はもう一つ別の顔を持っていた・・・いや、もしかしたらこの別な顔こそが本業で、板金整備工場が別の顔かも知れない・・・
「さてと、これからが本当の仕事ってかぁ?」
黒がそう言って、BDや亜依に 軽く檄を飛ばすと、彼らもまた昼間とは別の持ち場について作業を始めた。BDは事務所に置いてあるPCを立ち上げると早速データー入力を始める。亜依は一通り事務所の掃除を終えると、ロッカーでつなぎに着替えて普段はカギを掛けている倉庫へ入っていった。そこには多くのホイール、タイヤ、その他のメーカー純正、社外部品が置いてある。彼女はそこにはいると早速備品のチェックに入った。黒はぴーが来店していたときにラダーに乗せていた青いスポーツカーを下ろした。
「やっぱAE111はレビンの方が良いなぁ・・・リトラクタブル(開閉式ヘッドライト)じゃないトレノ(レビンの兄弟車)はトレノじゃないって感じだしな。」
自画自賛と言うか一人で自らが整備したレビンに見とれていると不意に彼は声を掛けられた。
「おそくなりましたっ!」
息を切らせながらガレージに入ってきた女性を見て黒は笑いながら言った。
「って・・・いつもじゃない?」
「えっ、そうですか!?そんなことはないと思うんですけど・・・・」
正直いって彼女は言い訳できる状態では無かった。元々7時出勤と言うことになっているのだが、時計はすでに8時を回っていた。黒はいつもの事だと言うのは充分知っているし、店長がその事を突っ込まないので、自分も触れないでおこうと思い、彼女の遅刻には寛大であったが、それよりも整備していて気が付いた111(ゾロ目)のタイヤの変摩耗がどうも気になっていた。どう考えても普通の減り方ではない。タイヤのトレッド(溝)が段々と減るのが通常の減り方だが、ブロックごと無くなった減り方なのだ。こういう減り方は派手にドリフトをしたり、サーキットの連続走行でもしない限りはまず起こらない減り方なのだ。黒は疑問に思ったことを口にした。
「ところで昨日、六甲で誰かとバトルしなかった?タイヤのすり減り方が普通じゃなかったんだね・・・」
二人が話し込んでいる所に亜依がタイヤを2本持ってガレージに入ってきた。
ホイールが入っていないタイヤは重くは無い。そんな状態なので小柄な女の子でもゆうゆうと抱えることが出来る。
「この711を2本ですよね? あれっ、市井さんまた遅刻ですかぁ?」
市井紗耶香、HSWで働くアルバイトだが、それは名目で、HSWお抱えのテストドライバーである。紗耶香は亜依に突っ込まれると笑みを浮かべて答えた。
「ありゃ?加護にまでそんなところを突っ込まれるんだったら相当ですかね?」
笑いながら彼女は黒に言った。そんな彼女を見ながら黒は続けて話し始める。もしかするとぴー達が連覇している14と遭遇したのでは無いかと読んだのだ。
「市井ちゃんは遅刻魔?って、それはともかくとして、その相手は白の14?」
「14って車は知らないけど、確かに白い車はいました。前をどいてくれないから思いっきり抜いちゃいましたけど・・・」
紗耶香は明るい表情で答えた。しかし、黒の中では驚きだった。元々彼女はこの店のもう一つの顔が雇っているテストドライバーであり、車をコントロールする能力の高さと、僅かな挙動や足回りの変化に敏感に対応出来る事は店長から聞かされてはいたが、それはあくまでもバトルと言う局面で無いときの話である。バトルとなると単純に高度なテクニックのみならず駆け引きも要求される。その駆け引きはバトルをこなしていかないと身に付かないものである。実戦経験が明らかに無いであろう紗耶香が初戦において六甲を荒らしている14に勝つというのは黒にとっては信じがたい事だった。
「一つ聞きたいんだけど・・・もう一度その14がちゃんとした形でバトルしたいって言ってきたらどうする?」
紗耶香は黒の問いかけに少し困惑したが、言葉を返すように言った。
「でも、私は別に・・・だってこのゾロ目(111)もバイトで乗っているだけですし。そんなに熱くならなくても良いんじゃないですかぁ?その14とか言う車は抜きましたけど、牧場の入り口手前・・・丁度森林植物公園の看板が出ているところから森林植物園入り口までの間で。わたしは車の運転も楽しいけれど、変に闘争本能をむき出しにして走るのもどうかなぁって・・・」
予想通りの答えだった。紗耶香は、彼女も気づかない内に身につけたドラテクを自分では全く気づいていない様でもあり、また性格的にドラテクを誇示したりとかと言う事をするような人間でもない。走りには極めてドライなのであるしかし、彼はそんな彼女のスタイル以上に驚いたのはぴー達の様に峠を攻めて行っている様な人間でも完敗した保田の14をあっさりと抜いたことだった。興味本位で14と戦わせたいと思った黒だが、淡々と話していく紗耶香の大物ぶりに彼自身久々に震えが走った・・・が、しかし、仮にぴー達BAY WINDSの面々の期待に応えるとして、紗耶香のこんな人柄故、とてもじゃないが走りのステージに引っ張ると言うわけにも行かない事はある程度、黒は知っていたが、ここで改めて本人から言われるとさすがにタダで勝負の土俵には上がらないなと感じていた。
「じゃあ、市井さんって六甲で最速なんですかぁ?」
黒が思いこみにふけっていると、横から加護が紗耶香に無邪気に尋ねた。
紗耶香は笑みを浮かべて下を少しだけ見ると亜依に言った。
「お世辞いっても何もでないぞ?! でも・・・分からないよ。誰が早いかなんて競っても・・・」
3人がガレージで話をしていると、BDがECU(エンジンコントロールユニット)を持って話の輪に入ってきた。
「セッティングちょっといじりました。これで下りのバトル仕様になったと思います。」
「!?」
紗耶香はBDの言葉を聞いてすぐさま黒にBDがチューンしたコンピューターの事を踏まえて、14とのバトルについて聞いてみた。
「今週の土曜10時位から六甲に上がって西六甲を荒らし回って、六甲最速をふかしている白の14女とバトルして貰いたいんだけど。 ぶしつけで尚かつ今までに無い注文をしているのは分かっているけど、戦闘データーもこのゾロ目を仕上げるのには必要なんだ・・・」
紗耶香はなんとなくこの危険(?)なバイトを始めたときから何時かはこんな仕事もあるだろうと内心思っていた。本来、競い合うのはちょっと・・・などと思っている彼女ではああるが、仕事ならしょうがないと割り切っていた。黒は即答はまず無いだろうと思っていたが、続けて言った。
「土曜の夜の時給は危険手当と言うことも含めて通常の倍は出すよ。って、オレじゃなくて店長がもしもそうなったらこうしろって言っていたんで、それを適応したまでなんだけどね。返事はすぐでなくても良いよ。」
紗耶香はあくまで14とのバトルに関してはドライだったが、14に乗っていたのが女だと言うのに少し興味もあった。どんな女なのか見てみたいと言う好奇心と、時給にも少しぐらっと来ていた。これは紗耶香が金にシビアと言うわけでなくて、単に彼女が通っている専門学校の学費の足しにしたかったからだ。
(今月の授業料がその1日でまかなえるかも・・・?)
そんな淡い期待を描きながらも、内心、本当にバトルなんて事をしていいのか?と自問自答を紗耶香はし続けていた。彼女が考えている間にもレビンは黒達の手によってコツコツとバトル仕様に換装させられていった・・・