7月初旬某日土曜、午後8時。黒は自らの足と感覚を研ぎ済ませながらセッティングしたゾロ目の出来上がりを確かめていた。前日のみちゅうのドライビングと、彼の意見を参考にしてセットした足回りで固めたレビンの感覚を確認した後、彼はHSWのガレージにゾロ目を入れた。
「さすがと言うか・・・未だにその走りは衰えないな、みちゅうさんも。軽くとか言いながら限界を攻める辺りは昔と変わっていないよ・・・タイヤが昨日の晩だけで1本ダメになったからな。決戦用のタイヤを出すかな?」
黒はそう言って笑いながら、そのまま車から降りると休日出勤していたBDをガレージに呼んで早速セットアップの注文をした。
「なんか足の動きに対してエンジンの感じがダメだな。7割方ECUのセットは決まっているけど、詰めが甘い。点火マップを少しいじってくれない?」
点火マップとはECU(エンジンコントロールユニット)に入っているデータの一つで、点火と名の付くように文字通りスパークプラグの点火タイミングを調整する機能である、このタイミングをずらせば理論上ではエンジン内の圧縮率が向上し、それにより強い爆発を起こすことが出来る。加速フィーリングが向上する。加えて、オクタン価の高いハイオクガソリンなどを常用するならばオクタンの低いレギュラーガソリンよりも燃焼効率が高いため、その威力は微量ではあるがエンジンフィーリング向上に威力を発揮する。
「でも、それを書き換えたら完全にこの4AG-E(ゾロ目のエンジン)はハイオク仕様にしないとやばくなるんじゃぁ・・・?」
BDは心配そうな顔をして黒に突っ込んだ。黒はBDの心配などお構いなしに答えた。
「だったら、ハイオクの上に・・・更にオクタン附加剤でも入れるまでさ。とにかくそんなにゆっくりしていられる時間は無いぞ!こっちはもう一つ足回りがしっくりこないから調整をし直すから、そっちはもう一度ロムをいじってくれ!」
BDは取りあえず言われたようにゾロ目からECUユニットを取り外すと、事務所にあるPCに繋げる為にECUを持っていった。
「それと・・・加護ちゃん。」
「はいっ!」
亜依は呼ばれると黒の元にメモを持って駆け寄ってきた。
「 R711を2本、G2を2本持ってきて置いて。あとで付けるから。」
亜依は黒に言われたタイヤの銘柄をメモに書くと、黒にどの状態のタイヤを出すか聞いてみた。HSWではひとまず様々な局面に合わせたタイヤを用意している。新しいタイヤはすぐに使ってもその戦闘力は発揮することが出来ない。これはエンジン等にも言えることだが、ある程度の「ならし」がタイヤ性能をフルに発揮するためには欠かせない。
「どのタイヤを持って来たらいいですかぁ?」
「711は8分、G2は6分位ので良いよ。あっ、G2はリアに組むから6分が無いなら5とか7でも良いからね。」
「分かりました〜っ!加護にま〜かせてください!」
その亜依の一言に反応したBDは亜依に答えた。
「うんうん、任せる任せる!」
「なにやってんの!早いところセットを組めよ!もうじき時間だぞ!」
黒はそんなBDを見て彼に檄を飛ばして、自分はエアインパクトと言う工具でフロントタイヤのボルトを緩めると、ジャッキを上げて両側のタイヤを外し、微調整に入った。BDは黒に怒鳴られると少しへこみながらセットを始めた。
「こんにちは!」
紗耶香はガソリンスタンドのガレージに集っているぴー達に近づいて挨拶をした。ぴー達はガソリンスタンドのピットではーりーのFC3をジャッキアップしてブレーキの交換などを行っていた。紗耶香はそんなFCを見てはーりーに言った。
「あれっ? こんな事やっているってことは・・・もしかして今日の晩は六甲で走るんですか?」
「あっ、これはそう言うわけじゃなくて・・・こっちの意思とは無関係にぴーさん達が・・・」
はーりーは汗たらたら(?)な状態で紗耶香に言った。ぴーとのたくは一通りのセットに一区切りを付けると紗耶香に言った。
「これはねぇ、万が一の為さ。まあこういう事態にはならないと思うけどね。」
「こういう事態って・・・?」
紗耶香がそう言った直後にピットにいた紗耶香達の元に梨華がやって来た。
「もう、市井さんからも言ってくださいよぉ!のたくさん達ここで車ばっかいじって仕事しないんだから・・・。」
ぴーは怒りながらやって来た梨華を見てヤバイなと思いながらもとりあえず話した。
「あっ、それは・・・」
そんなぴーを睨みながら梨華はふくれっ面で言った。
「もう!ぴーさんが来るといつもそうですっ!他の二人がいつもサボるんですから。」
紗耶香は梨華にもっともな事を言われて冷や汗を流すぴーを見て笑いながら言った。
「あらら、もっともなことを言われちゃったね・・・」
紗耶香達がGSで過ごしていた頃、すでに六甲はベイウインズがS14とのリベンジマッチをすると聞いて集まった地元のギャラリー達が集い始めていた。目の肥えたギャラリー程、勝負の決まりそうなコーナーに陣取る。そして彼らはそこでバトルの始まる時を心待ちにしているのだ。ぴー達ベイウインズの主要メンバー以外のメンバーはすでに西六甲の下りスタート地点のバス停に集い始めていた。
「なんだかんだ言って・・・結局、丸さんも来たじゃないですか・・・」
牧場入り口に車を止めてそこから山頂に歩いて向かいながらシカミは丸政に言った。彼らは牧場入り口よりもやや山頂に近い所にある2連直角(コーナー)に陣取った。そこに着いた丸政はタバコを取り出すと、それに火を付けてシカミに話し出した。
「ちょっと気になる情報が入ったんでね・・・それで来てみた。恐らくこのあいだS14を見た場所から先で勝負は決まるだろうけど、実際はここで後ろの車がどういう動きを見せているかで勝負は決まるよ。ここで揺さぶり、プレッシャーを掛けているのならば、後に付いている方の勝ちはほぼ間違いないからな・・・」
「そうですね。しかし・・・中心になるぴー達はまだ来ていないみたいですけど、ベイウインズの他のメンバーはもうすでに死角となるコーナーの持ち場には付いているみたいですね・・・これはうちとの交流戦を意識しているんですかねぇ?」
「準備は整ったと言う訳か?」
シカミの意見を聞きながら丸政はそのまま目の前のコーナーを見つめていた。そして内心思った。今のベイウインズがあの14と対等に戦えるドライバーを擁しているとはとても思えない。助っ人が来るとしてどういう人間が来るのか?と・・・そして、そんなギャラリー達の中をぴーとのたくはFC3に乗り込みはーりーの運転で西六甲を上っていった。
「なんか・・・いつもよりギャラリーが多いですね。」
「ホンマに一体どこからこんなぎょうさん人間が来たんやろ?」
-ボァアアアアア-
運転していながら周りを見たはーりーとのたくは心配そうに言った。彼はそう思いながらもアクセルを踏み込んで西六甲を登っていった。
「時間だな・・・」
時計を見ながらガレージに置いたゾロ目の横に立ったまま黒は呟いた・・・時刻は9時30分。紗耶香はGSから時折小走りを交えながら徒歩でHSWに戻ると、ガレージ脇の通用口から中に入ってくるとゾロ目の脇に立っている黒に言った。
「仕上がったんですね?」
「やれやれ、時間に来てくれたから助かったよ・・・まあ、一応ね。ちょっとコンピューターで手間取ったけど、一応仕上がったよ。今までのレビンとはひと味違うぞ。全てをバトル仕様に切り替えた。でも操作性は普段とそんなに変わらないから普段通りで行けるはずだよ。」
紗耶香は軽く頷くとゾロ目に乗り込みエンジンを掛けた。黒は窓越しから紗耶香に今一度聞いてみた。
-ブヮアアアン-
「本当に良いんだね?」
紗耶香はウインドーを下ろして黒を見ると、少し微笑んだ後、続けていった。
「はい、自分で決めたことですからね。」
-ブヮアアアン、ブァアアアン、ブヴアァアアアァン-
紗耶香はそう言うとウインドーを上げてそのまま2〜3回大きくアクセルを煽りランプをつけた。その様子を見たBDは急いでガレージのシャッターを開けた。そしてそれをバックミラーで見た紗耶香はそのままバックで車をガレージ外に出すと、バックから1速にギアを切り替えて六甲山に向けて飛ばしていった。
-ブァアアアア、ボゴォ、バァアアアア-
山頂のバス停では圭の14も到着し、すでに役者は揃ったという空気になっていた。圭は何度も時計を見ながらぴー達に言った。
「もうそろそろね・・・そちらの秘密兵器はまだかしら?」
相変わらず怪訝な口調の圭に腹立たしさを覚えながらもぴーはのたくに言った。
「まずいなぁ・・・HSWからここまでどう考えたって30分弱じゃあ間に合わない。こうなったら・・・」
のたくは黙って頷くとメンバーに小声でバトルの準備に入るように伝えた。ぴーはFCのシートに座ったままのはーりーに窓越しから言った。
「もしかしたら間に合わないかも知れない・・・心の準備と、スタンバイを頼むよ!」
そう言って軽くはーりーの肩を叩くとぴーはバトルの準備をメンバーに伝えた。
「ちょっ、ちょっと、まじっすかぁ・・・」
はーりーはかなり困った顔をしていたが、そんな事はお構いなしに周囲はバトルの準備に入っていった。すでに下り入り口の目印になる地元灘警察署がかかげる走り屋取り締まり強化区間の看板の前に保田の14は止められていた。 時刻は9時55分。
「そろそろ始めるぞ!」
ぴーの言葉を合図にベイウインズの面々はそれぞれの持ち場へと着いた。圭は自分の横に止められたFCを見て窓越しからぴーに言った。
「FC3だって・・・?ちょっとふざけてるの!?なんでわたしの相手がFCなのよ!」
ぴーは段々と青くなって行くはーりーの顔色を見て彼に声を掛けた。
「何か顔色が悪いぞ。大丈夫かい?何か見ているこっちが気分悪くなるよ。」
「そ、う・・・ですか?(って、そりゃ気分も悪くなるよ。こんなに大勢の前で走らなきゃいけないんだから・・・しかも鼻であしらわれて・・・ムカつくけどそれをバトルで表現できない自分が更に悲しいなぁ。)」
のたくはぴーに車道から離れるように言うと、自分はセンターラインの上に立って圭とはーりーに言った。
「カウント始めるぞ!5,4・・・」
のたくがカウントを取り始めたと同時にぴーの携帯電話がなり始めた。電話はゴール地点の森林植物公園入り口にいたメンバーからの報告だった。それを聞いたぴーはのたくたちの前に慌てて出ていった。
「のたく君、まっ、待った! 今対向車が上がってきている・・・」
圭はその言葉を聞いて怪訝そうに言った。
「ここは公道よ!対向車の1,2台来たって不思議じゃないわ。さっさと始めてよ!」
「まってくれ、もしかしてその上がっている車って・・・ぴー君、車種と色を聞いてくれ!」
のたくは圭を制する様にぴーに登ってきている車種を尋ねた。ぴーは携帯電話の向こうにいるメンバーにのたくに言われたそのままを聞くと。答えを聞いて驚愕しながら叫んだ。
「なっ、なんだって! AE111 レビン青色だと!?」
それを聞いたのたくと圭は一瞬驚いた。そして同時にぴーは歓喜のあまりに目頭が少し熱くなった。
「来てくれたんだ、西六甲のプライドと底力を見せてくれるために・・・」
圭は不敵な笑みを少し浮かべるとぴー達に言った。
「散々待たせておいて・・・やっと来たわね! わたしの敵はそこのFCなんかじゃないんでしょ? さっさと(FCを)下げてよ。」
「ああ・・・(見せてやるぜ!西六甲の底力を!)下がってもいいよ。」
ぴーは圭にそう言うと、はーりーに車を下げるように言った。はーりーは大きく溜息をつくと、ギアをバックに入れてからぴーに話しかけた。
「助かった・・・ぴーさん、目がちょっと潤んでいますよ。」
「何をいってるんや、君だって・・・」
ぴー達が山頂でゾロ目を迎える準備をしている頃、紗耶香の運転するゾロ目は森林植物園入り口を抜け、ぴーが事故った4連ヘアピンを軽快に駆け上がりシカミ達が陣取る2連直角をNA(ノンアスピレーション)独特の排気音(エキゾースト)を響かせて通過した。
-ブァアアア-
「あれは・・・?」
タバコをくわえたまま丸政は駆け上がってゆくレビンを見て直感で感じた。
「(なんとも言えない感じだ・・・このゾロ目、なんかとてつもないオーラの様な物を感じる。一瞬、背筋が凍った!あいつがもし今夜ここを下るのなら、今までにないドッグファイトになるな・・・あいつが今度の交流戦にも西の代表として出てくるのならば、こちらもうかうか出来ない。)」
そして、丸政と同じように紗耶香のレビンに熱い視線を送る男が居た。西六甲の外れ、摩耶山に拠点を置く「摩耶テンペスト」リーダーのヒメヨだった。
「分かるか?一定のレベルに達した走り屋の走りにはオーラが漂う。例えば、サザンクロスの丸政。アイツの走りには強いオーラがある!同じサザンクロスのシカミ、奴のオーラはまだ丸政ほどではない。だが、あのゾロ目のレビン・・・あいつからは強烈なオーラを感じる。」
峠の走り屋達の熱い視線にさらされながら、紗耶香は頂上を目指していった・・・