西六甲での鮮烈なデビュー(?)を飾ってしまった紗耶香のゾロ目は六甲中にその噂を一気に広げることになった。ぴー達、ベイウインズの面々もあちこちからゾロ目についての問い合わせが殺到し、嬉しい(?)悲鳴を上げていた。未だ興奮の冷めないベイウインズの面々はいつものように閉店間際のガソリンスタンドに集まって、店長のみちゅうを囲んでソファーに座ってバトルを回想しながらその時の状況を話していた。

「いや〜、あれは凄いですよ!本当にあの市井ちゃんなの!?ってな具合で・・・いや〜ぁ、あのムカつく14をスパーッと、鮮やかなライン攻撃のフェイントで抜いていったんだから相当なもんですよ!こんな訳で、あれからあのゾロ目の女の子は何者なんだって問い合わせが殺到したもんだから、調子に乗ってベイウインズの秘密兵器!だ、なんて言っちゃって。」

ぴーは笑いが止まらないって言うような感じで、得意げにみちゅうに語っていた。横で聞いていたはーりーとのたくはそれよりも来週の東六甲サザンクロスとの交流戦が気になり始めてぴーの様に脳天気に14とのバトルについての話題についていける気がしなかった。

「ところで彼女、君たちに何か頼み事をしたんじゃないの?」

みちゅうはタバコを灰皿で消すとぴーに紗耶香の頼み事が何だったのかを尋ねた。その事を聞くと、ぴーたちは黙り込んだ。他のふたりはそうでもなかったが、ぴーはその中でも一際、みちゅうのその質問を聞くと憮然とした顔になった。のたくはそんなぴーを横目にしながらみちゅうに言った。

「それが・・・そのですね、市井ちゃんは自分がオレらの代わりに走ってバトルに勝ったら、その・・・」
「その?なんだい?」

みちゅうはそう言うと再びタバコを取り出すと火を付けて吸い始めた。のたくはぴーの顔色を伺うと、みちゅうにその続きを話し始めた。

「この間のS14のドライバーをベイウインズに入れてくれって・・・こっちの二人(のたく、はーりー)は別に良いって事で、他のメンバーも特には反対しなかったんだけど、ぴー君が・・・」

ぴーはのたくがみちゅうに話している言葉を憮然とした態度で聞きながら、席を立った。

「まっ、そう言うことなんですよ店長。車は今も入院中だし、自分も今のところリーダーらしいことはそんなにやっていないから、しばらくはチームの外にでも居ようと思うんですよ。さすがに自分は未だにあの14をみると落ち着かない・・・って、言うかムカつくんですよ!」
「ちょっ、ちょっと、ぴーさん!」

はーりーは席を立って外に出ようとするぴーを止めようとしたが、ぴーは静止を振り切るとそのまま外に止めていた原付に乗ってスタンドを後にした。

「大人げないな・・・彼は14の怨恨うんぬんじゃなくて単に速さに嫉妬しているだけだろう?別にリーダーが早くなくちゃいけないなんて決まっているわけでも無いけどねぇ・・・」

みちゅうは飛び出していったぴーを眺めながらそう言った。一方HSWでは紗耶香の勝利にぴー達ほどでは無いがそれなりに色めき立っていた。

「市井さん、すごいですぅ!でも、加護は誰とやっても市井さんが勝つって思っていましたけどね。」

亜依は紗耶香の手を取って少し興奮気味に語った。

「えっ、そうなの?でも、そうやってヨイショしても何にも出ないよ!」

紗耶香は照れくさそうに笑うと、加護の手を払って言った。紗耶香は黒からもらって手にしていた給料袋を肩に掛けていたカバンから取り出すと、それを亜依に渡して言った。

「悪いけど、黒さんきたらこれ渡して置いて。やっぱり受け取れないって・・・」
「でも、これって市井さんのボーナスじゃ無いんですか?返すなんて勿体ないと思うんですけど・・・」
「別にプロじゃないんだし、それは受け取れないって言っておいて!」

紗耶香はそう亜依に伝えると、彼女に現金の入った封筒を預けてそのままHSWを後にした、外に出てしばらく歩道を歩いていると見慣れた白い車がウインカーを歩道側に着けて紗耶香の横に止まった。

「リアにBAY WINDS・・・ベイウインズの車・・・?」

紗耶香はそのまま止まった車に近づくと、助手席側ドアが開いた。乗っている人間が中から開けた様だった。彼女はそのまま開いたドアから車内をのぞき込むとそこにはまた見た顔がいた。

「乗りなよ・・・」
「あっ、もしかして・・・」

紗耶香はそう言うとひとまずこの場に圭の14を長いこと停車させるのもなんだろうからと思い、言われるがままに14に乗り込みドアを閉めた。紗耶香が乗り込むのを見ると、圭は14を再び走らせた。しばらくはお互いにだまっていたが、信号待ちにS14が引っかかると、紗耶香は口を開いた

「髪、切ったんだね?それと・・・あの、わたしは別に勝ったって思っていないから・・・あれはそのまぐれと言うか偶然が重なった様な物だし。」
「不思議な感じね・・・」

圭はあの後、髪を短くした。前の髪型も嫌いになったというわけでは無かったが、節目と言うこともあってそうした。彼女は紗耶香の謙遜ぶりな口調が何とも不思議な感じだった。別に造って言っているわけでもないし、変に勝ち誇ろうとはしない・・・意地を張り合う走りの世界では珍しい人間に思えた。

「えっ?そうかな・・・ でもまさかベイウインズに入ったなんて思ってもいなかった。なんか一人でそのまま目指すべき物を目指すって言う、なんかほら、孤高って感じがしたから。特に前は髪型もなんだかケバイって言う部類に入りそうだったし。」

紗耶香がそう言うと圭は少し笑って答えた。

「髪型はまあ、置いて。まあね、勧誘がしつこかったからね。でも普通さあライバルだった奴に声を掛けるなんて考えられないじゃない?その辺りでどうもこの話にはあなたが絡んでいるような気がしたしね。それに、ここに来てやっとライバルって言えるような人間にも会えた気がする・・・だったら、少しでもそのライバルに近づくためには相手の環境も知っておかないとね。」
「ライバルか・・・」

紗耶香は窓越しから映る街の景色を見ながら答えた。そして、今までは車に乗ること自体にドライだった紗耶香だったが、今回の一件で少し走りに関する想いの変化に自分でも気がついていた。

(不思議な感じだった、昨日のバトルは前の車を追っていけば追っていくほどワクワクしている自分が気が付いたらいたって感じだったわ。なんか、走るって事が楽しく思えてきた・・・)

しかし、ふと思い出してみると。圭の乗っている車こそようやく分かったが、紗耶香自身その運転手の名前を未だに知らなかった。紗耶香は圭に名前を聞こうと切り出そうとしたが、先に圭の方が紗耶香にその事について言ってきた。

「ベイウインズの面々から聞いたよ、あなた、紗耶香っていうんだね。わたしは保田圭。まあ適当に呼んでくれても紗耶香だったら構わないよ。」

紗耶香は何か以前と感じが変わってきた圭を見て笑顔で答えた。

「じゃあさぁ・・・圭ちゃんって呼ぶよ!って、なんかありふれた感じだね?」

車内でお互いの笑いが響く中、彼女たちの乗った14はそのままK市の方向に向かっていった。

「六甲からの夜景はいいなぁ・・・仕事におわれてくたくたな毎日。こんなわたしをさらってくれる白馬の王子様って現れないかなぁ。」

梨華は表六甲有料道路「六甲09」コーナーから外れ場所にある鉢巻展望台の駐車場から見えるK市の夜景を眺めながらなにやらロマンティックな思いに耽っていた。ふと彼女は我に返り、時計を見ると夜も更けてきたのでもう帰ることにした。彼女は車検取れたてのオプティーに乗り込むとエンジンを回してATミッションをP(パーキングロック)からD(ドライブモード)にシフトを切り替えて駐車場をあとしにてそのまま有料道路を登り切り、山頂バス停から西六甲方面に車を走らせた。西六甲スタート地点でもあるこのバス停前の道路には紗耶香達がバトルした痕とも言えるタイヤ痕がまだ残っていた。

「ここのくだりって結構こわいなぁ。」

梨華はブレーキを踏みながら慎重にコーナーの一つ一つを曲がっていく。極めて安全運転ともいえる彼女のオプティーに後方からけたたましい音を響かせる一台の車が急接近してきた。
-ブォオオオオオオ-

「まだミスファイアリングの調整が完全に終わっていないんだから、そんなに飛ばしちゃまずいかな? でも、前にはどいて貰わないとね!」

梨華は徐々にパッシングなどを織り交ぜてプレッシャーを掛けてくる後ろの車にだんだんと恐怖を覚えるようになってきた。

「そんなことしたって・・・ここじゃ横にも逃げられないのに・・・」

半分べそをかきながらも梨華はそのままの状態で下っていった。だが、そんな梨華を煽る車のさらに後方から、交流戦に備え走り込みに西六甲を訪れたシカミのSXE10が近づいてきた。彼は目の前を行く車に近づくと、その車にまず驚いた!

「シルバーの車か、えっ?これは・・・ラ、ランサーエヴォリューション7(GSR)CT9Aじゃないか? なんだ、こいつは?東西の六甲でもこんな最新型なんていないはずだが・・・?」

-ギュウキャキキキキッ-
3台は2連直角前に差し掛かり、そのままの状態で飛び込んでいった。その時にシカミの前を行くランサーのマフラーから連続的に出ていくマシンガンの様なバックファイアーに彼はまたも驚いた!
-ババババババァン-

「これは・・・ミスファイアリングシステム!」

最初の直角コーナーに差し掛かったときに、シカミはランエボ7の前にちらほら見え隠れする緑のオプティーを目にすると、ランサーは前を行く軽自動車を煽りながら遊んでいることを感じ取った。

「公道だからある程度はしょうがない・・・けど、それって単なる弱いものイジメだって! そう言うマナーの悪い走り屋は放っては置けないな!」

SXE10アルテッツァのフロントバンパーをランエボ7のリアバンパーギリギリまでシカミは近づけると、そこからエボ7のドライバーにパッシングした。

「なるほどね・・・そういうこと? だったら2連直角を立ち上がったところから勝負よ!」

牧場入り口前にある2連直角の最終コーナーを立ち上がったCT9Aエボ7はそのまま直後のストレートで梨華のオプティーの右側を抜けて前に加速していった。それを見たシカミもエボに続いて梨華の脇を抜けていった。

「えっ、助かったの? あの白い車が追い払ってくれた・・・?」

梨華は前を駆け抜けていった2台を呆然と見ながらも、ひとまずたちの悪い走り屋から逃れることが出来たことにホッと胸を撫で下ろした。梨華の前を行った2台はそのまま緩やかなコーナーが連続する区間を走っていた。CT9Aはミスファイアリングシステムがまだ正常に動かないのか、本来ならコーナーでも、立ち上がりでも一気に前に出られるはずが、上手い具合にコーナーを処理できなかった。シカミは走るペースが梨華がいなくなったことで上がったのでコーナー入り口から車を滑らせてドリフトでコーナーを抜けてゆく。
-キュイキキキキキッ-

「妙だな?ミスファイアリング付きのエボにここまで迫れるのは。とてもじゃないがまともにやったらいくら下りでも3S(アルテッツァのエンジン)じゃあ立ち上がりも何もかも遅れを取るはずだが・・・?」

エボ7は牧場の入り口付近でやや減速すると、ハザードランプをつけたままでそのまま西六甲を走り去っていった。シカミはエボのつけたハザードが向こうの停戦信号だと読むとそのまま牧場入り口の広くなった道の端にハザードをつけて車を停車させた。

「やっぱり、まだ「どす〜ん」って感じの立ち上がりが来ないなぁ。セッティングを直さないと・・・後はまたのお楽しみにしておかないとねっ!」
-ババババババァン-

エボ7のドライバーはそう言いながら、森林植物公園入り口を抜けて西六甲を4G63エンジンのターボサウンドとマシンガンのように唸るバックファイアを響かせながら後にしていった。

「一体、何の目的であんなのが来たんだ?あのエボ7は!?完全に全てが機能していたら峠に持ち込むのは反則なくらいとんでも無い車じゃないか!しかし・・・あのマシンガンのようなバックファイアはうるさい!」

シカミはそう言うとドアを開けて車外に出た。彼が外に出て一息つこうとしていると、山頂から梨華のオプティーが降りてきた。梨華はシカミのSXE10を牧場入り口前で見つけるとそのまま同じ場所に停車した。シカミは梨華のオプティーに近づくと、梨華はウインドーを下げて彼に言った。

「あっ、さっきはありがとうございます。後ろからいきなりあの車が来て・・・わたしは普通に走っていたのに。」

シカミは一瞬、梨華を見てとまどってしまったが、すぐに「素」に戻ると、梨華に忠告をしておいた。

「まっ、まあ、ここはちょっと危ない連中が時々来るからね。(まあ、自分もその連中に含まれるのかも知れないけど・・・)だから、遅くなったときは気をつけた方が良いよ。」

そう告げると、彼は自分の車に戻ろうと梨華の車を後にした。梨華は取りあえず名前くらいは聞いておこうとシカミを呼んだ。

「あっ、あの〜、名前を聞いても良いですか?」
「えっ?いや、オレは名乗るほどの者では無いよ・・・」

そう言うと彼はそのままスタスタと車に乗り込んだ。

「(可愛かったな・・・彼女。やっぱ名前くらい聞いておいたほうが良かったかなぁ?何かとんでもないチャンスを逃したような気もする。コーナーに飛び込む勇気はあるけど、こう言うのには弱いなぁ・・・でも、オレはこんな事をしていて良いのか?来週は交流戦だって言うのに!)」

車に乗り込みシートベルトをはめながらシカミはやっぱり名前を証しておいた方が良かったかもと後悔しながら車をだそうとした。が、しかし、不意に運転席の窓を叩く音がしたのでそこに向くと、そこには梨華が立っていた。シカミは不意を突かれたような顔をして運転席のパワーウインドーを下ろした。

「あの、わたし石川梨華って言います。今日はどうもありがとうございました!」
「あっ、ちょっ、ちょっと!」

梨華はそうシカミに告げるとシカミの車を後にしてオプティーに乗り込み、そのまま西六甲を下っていった。シカミは大きく息を吐き出すと、梨華の行動に呆然としながらただ、窓越しから見える夜空を眺めていた。

「交流戦まであと一週間か・・・ゾロ目、さっきのランエボも気になるけど、それ以上に・・・(彼女も気になる)」

色々な者に(物)対する思いが交錯していく中で彼も、そして紗耶香と圭、ぴー達を始め、その回りにいる者達にとってそれらは単なる序章にしか過ぎない物であり、誰もこれからの目まぐるしい展開を知る由も無かった。六甲の夜はこうしてまた更けてゆく・・・