矢の様に圭の左側を抜けていった貴の「しかけ」に驚愕しながらも圭は車の持てる直線スピードのポテンシャルを絞り出すように貴を追撃した。
「あの加速・・・元々ECUでのブースト圧を高めに取っている上に更に上の領域のブーストをブーコン(ブーストコントローラー)で掛けた・・・?いずれにせよブーストメーターの針がめい一杯回ったような感じの加速ね・・・こんな事までして勝ちにいくわけ?」
ブォアアアアアアアァ
圭は僅かに見える貴が乗る14のテールランプを追い続けながらも、異常までの貴の勝利の執念が少し不思議だった・・・
「ふっ、このバトルでオレが勝てばチームはまた盛り上がる!これで・・・
来週の本番に向けての士気はあがる。確かに初めは興味本位、自分本位でバトルを申し込み、丸さんにもわがままを言ったが、バトルする以上はチームの看板を背負っている訳だからな・・・負けるわけには行かないぜ!」
プチッ
貴はある程度まで圭を引き離すと危険領域めい一杯まで上げたブーストを下げるためにステアリングに設けた特設ボタンをもう一度押し、ブーストコントローラーの電源を切った。それまで彼の周りで鳴っていた警告音が一気に消えた。
「このままだと・・・私、また負けるのかな・・・?」
ブォオオオオァアアアア
圭は貴との車間距離を考えると、負けを徐々にではあるが認めざるを得なくなってきた。いくらコーナーリングが若干不利なセットを組んだとしても貴自身のテクニックもサザンクロスのメンバーだけにかなりのものだ。正直言って現状では貴に敗因は見つからない。圭はただぼんやりと貴のテールを眺めながら次第に戦意が薄れていくのを感じていた・・・
(でも・・・まさかベイウインズに入ったなんて思ってもいなかった。なんか一人でそのまま目指すべき物を目指すって言う、なんかほら、孤高って感じがしたから。)
薄れゆく戦意のなかでふと圭は紗耶香の言葉が頭によぎった。そして彼女が紗耶香に言った言葉も・・・
(それに、ここに来てやっとライバルって言えるような人間にも会えた気がする・・・だったら、少しでもそのライバルに近づくためには相手の環境も知っておかないとね。)
「!?」
圭はふと我に戻ると、前方との距離を確認した。ハイブーストをカットしたことにより貴のスピードは僅かに減速。その為、距離がほんの少し縮まったが、圭にとってはかなりの距離で差が詰まったようにも思えた。
「そうだった・・・ライバル! 紗耶香に勝つためにはこのバトル負けられない! それに、今の私は一人じゃなかった・・・ 個人的な感情も無いって言ったら嘘になるけど、六甲ベイウインズの代表で走っているのもあるよね。このバトル・・・負けないよ! 少なくとも・・・紗耶香以外にはね!!!」
圭はそれまで入れていたギアを最高速の5速からクラッチを蹴り込み、軽くアクセルを煽ると3速に入れてアクセルを床まで踏み込んだ!
ブゥウウウウウン、ウァアアアン、ボォアアアアアアアア
貴の14はハイブーストボタンを切ったものの依然として高い馬力をキープし、4連ヘアピンから牧場入り口までの中速セクションではさすがに速かった。圭は少しずつ縮まっていく車間距離を目の当たりにしながらそれまで押さえ気味にしていたタイヤのグリップを限界まで引き出し始めた。
キキキキキキィ
「ちょっとだけ紗耶香のコピー!」
激しいスキール音を起てながら圭は中速コーナーにめい一杯アウトからインを目指してドリフト状態で飛び込み、イン側のガードレールにフロントバンパーを当てるような勢いで攻める!
ガコッ
フロントバンパーがガードレールに当たった僅かな衝撃を感じると圭はステアリングを戻し、一気に立ち上がりを加速しはじめる。
ギュキキキキキキッ、ボァアアアアアアアアッ
そのエキゾーストは今まで抑えていた物を吐き出すような感じでもあり、山にこだました。
「もしもし、武蔵ですけど・・・」
「あっ、たけしゃん?今どこにいるんや?みんな下におるで!」
武蔵はぴーの後輩で自称「走り屋候補生」である。ベイウインズのメンバーからは「たけしゃん」と呼ばれ親しまれてるが、実のところ免許は持っている物の車を持っていないため、ベイウインズのメンバーながらやや地味な存在だ。
彼は今日のフリーランをギャラリーするためにはーりーのFCに同乗して牧場入り口付近でギャラリーするために頂上からのダウンヒルチャレンジャーを今か今かと待ちわびていたが、一向に降りてくる気配が無いので、このまま「放置」されたのでは無いかと焦りのたくに電話をしてきたのだった。
「下にいるって・・・いや、ギャラリーするんだったら牧場の入り口にでもいたらってはーりーさんに言われてここに降ろされたんですけど、さっきから誰も下って来ませんよ?」
「あっ・・・(しまった、完全に忘れていた・・・)」
のたくの反応を電話越しに感じ取った武蔵はやはり「放置」していたのだと思いのたくを問いつめた。
「ちょっと勘弁してくださいよ・・・前にも僕を西六甲に放ったらかしにして帰ったことがあったでしょ? ぴーさんは・・・ほぼしょっちゅうだけど、のたくさん達だったら大丈夫って信じていたのに・・・」
のたくは少し焦りながら武蔵に答えた。
「あ、いや・・・その、今なあ、ヒルクライム(上りの)バトルやってんねん。だから上からだれも下に走らないんや。」
「またそうやって適当に言い訳しているんでしょう?で、自分はもう家にでも帰っているんでしょ・・・ あっ!」
ボォアアアアアアアア
武蔵はのたくと会話している最中に遠くから聞こえてくるスキール音とエキゾースト音にのたくが言っていることは嘘でも言い訳でもなく本当だったんだと確信した。
ギュキキキキキッキキキィ
「な、何か凄いバトルになっているんじゃないんですか? さっきからスキール音とドリフトで車が滑っている音が段々と近くなってきたんですけど・・・」
武蔵は西六甲の下から迫り来る轟音と、スキール音に只ならぬ物を感じざるを得なかった。いままで彼はぴー達に放置されてしまったことも多々あったが、彼が見るいつもの西六甲はベイウインズの連中が半人前のドリフトをしたりコーナーの出口付近でパワースライドという非常に初歩の初歩なドリフトまがいのテクニックを使って遊び感覚でリアを振って満足している鼻水を垂らしたガキレベルの物しか見たことが無く、ガチンコ勝負のバトルなど彼の中ではこの西六甲では一度たりとも見たことが無かった。今までにない物を見ることが出来るかも知れないと言う期待と興奮を抑えながら彼は携帯電話を切ると牧場入り口でバトルする圭と貴の14を待った。
ゴワァアアアアアアッ
「くっ、まだ諦めていないのか!?でも、この辺りの中速セクションはこっちに取っては嬉しい限りだぜ。しかし、ちょっと序盤のハイペースが祟りはじめてきたな・・・だが、こちらが優位にいるのは間違いないな。わりぃけど、この勝負貰ったな!」
ブォオオオオオオァアアア、パシュッ
貴は迫り来る圭の14をバックミラーで確認しながらも、まだ自分が優位である事を良く分かっていた。ヘタに後ろを気にするとそれが徐々にプレッシャーとなり自滅することはよくある事だが、彼はいたって冷静だった為、圭の追い上げもさほどプレッシャーにはならなかった。だが、彼にとっては圭の追い上げよりも、むしろタイヤのグリップが気になり始めていた。ややその事を気にしながらも貴は逃げ切りに走っていく!
ギュキッ、キキキキキキキィ
一方、ここに来てやっとの事で貴の14をテールランプの光から、背後のシルエットまで視界に捕らえることが出来た圭のコンセントレーションは更に高まっていった。2台は、貴がアンダーステアを殺しながらカウンターを当てていく半ドリフト状態のコーナーリング。圭がフロントバンパーをイン側のガードレールに擦りつける限界コーナーリングで中速セクションを回っていく!
ギュウワキャキキキキキキキッ
「ん? 追いついて分かったけど・・・インのクリッピングポイント(最も理想なコーナーリングポイント)まであの14は持っていけていない。クリッピングの一歩手前でもうアウトに回っている・・・あそこで相手のインを突ければ前に出れるけど、またあの加速をされちゃ抜き返される。ここを抜けた後でブレーキング勝負になりそうな所は2連直角!?登っているから・・・1つ目は牧場の入り口前!こうなったら・・・」
ギュキキキキキキキキ
圭はもうブレーキを踏むことなく中速セクションを抜け、貴の14と共にこの中速コーナーが続く区間を抜けると、牧場入り口まで続く直線へと入っていった。貴の後方約300メートル後ろに圭は着け「森林植物公園」の道しるべを越えた。貴はスピードメーターに少し目を向け、バックミラーで圭の位置を確認するとオーバースピード気味の車速を減速していった。
「2連直角か、向こうに取っての仕掛けどころはもうここしかない・・・気を引き締めて行かなければ!」
ブァアアアアアン
「なるほど、ペースは崩さないか・・・しかも最初の時よりもコーナーの処理が確実になってきたわ。 行くしかない、当たればラッキーだけどね!」
ボァヴァアアアアア、パシュッ、ボァアアアア
圭はそう言うと、ブレーキングのポイントに差し掛かろうとしている中で、減速するどころか逆に加速を始めた。前をゆく貴の14との距離が見る見る縮まり2台はコーナーの入り口真ん前で横一線に並んだ!貴がアウト側、圭はイン側・・・ライン取りとしては貴の方が理想的なポジションにいた。
「ばっ、馬鹿な!こいつ何を考えているんだ!!そんなスピードでこの直角コーナーに飛び込む気か!?」
バァアアアアアアアアアアッ
「タイヤにしても、レブにしても限界になるね。(ヘタしたら車を潰すかも・・・)大逆転だって・・・ミラクル、ミラクル、限界領域めい一杯! ってね!!」
圭はオーバースピードでそのまま貴の頭を強引に取ってイン側からコーナーに飛び込みそこで一気にシフトロックで減速!
ブヴォアアオオオオン、ギュキキキキキキキィ
ドリフト状態に14シルビアを持っていきインからアウトという一見すると馬鹿げたラインで走らせる。貴は圭の強引なインからの進入で一旦はアウト側からインに回り込めなかったが、オーバースピードによるアンダーステアと激しい横からのGで外側に膨らんで行く圭の内側を突いてクリッピングポイントを目指してインへと飛び込んだ!
ゴワァキャキャキャキャカキャキャキャ
「何を企んだか知らないが、強引に前に出て仮にここを立ち上がってもハイブーストで抜ければ・・・ な、何ぃ!!」
貴は圭のコーナーリングは自殺行為だとしか思えなかった。それに加え、仮にそのまま前に出たとしてもオーバースピードからの減速でターボラグに陥った14などハイブーストを掛ければ再び抜くことは容易だと考えていた。しかし、それは思わぬ見当違いから狂いが生じる!
「やっぱりね・・・そこでアウトに膨れると思った。これで2台ともアウトめい一杯に出た訳だし、私が頭を取ったね!」
ギュキ、ゴワァアアアアキャキキキキッ
「くそっ! あんな状態の車でこちらに被せてくるのか!? ここまで頭を抑えられたらヤバイが・・・いや、それはあり得ないな。こちらはインを取ったわけだ。ここからアウトに回るぜ!」
圭の予測通り貴自身がそれまで「理想のライン」としたクリッピングポイントはやはり本来の理想のラインの大分手前だった。貴は自分が無意識に取った彼の中の「アウトインアウト」上に圭がいることに気づくとイン側に何としてでも回り込もうと試みた。ここで頭を抑えられた状態のままコーナーを抜けるとハイブーストなど掛けることが出来ない・・・いや、正確には車一台分のスペースが無いと抜くことが出来ない。2台は遠心力で振られる車体をステアリングで押さえ込みながらアウト側めい一杯を進む!
ドギャキャキャキャキャキャキャ
「す、すご!アウトの際・・・まさに土俵際での踏ん張り!って言うか後ろのガードレールすれすれ。」
牧場入り口で2台の凄まじい攻防を目の当たりにした武蔵はその迫力に思わずビビって牧場入り口周辺に生い茂る雑木林に隠れるようにして飛び込んでくる2台を見ていた。
「くっ、悔しいがこのままだとこのままガードレールを突き破ってしまう・・・減速するしかない!」
ブァアアア、ギィイイイイイィ
貴はこのまま遠心力に逆らってステアリングを切り、スピンの弾みで大クラッシュなどと言う様な事態にも成りかねないこの状態で、これ以上の執拗な追い込みは危険と判断してシフトロックを掛けて減速をした。
「後ろはあきらめた・・・? それは良いとして、こっちはこのままアンダーステアから治るなんてまず無理ね・・・(本当にヤバイかも知れない)ガードレールを越えて落ちるかも・・・? ん、ガードレール!?」
キキィ、キキキキッ、キキィイイ
ブレーキング勝負で貴に勝った圭だが、加速しすぎたスピードを落とすために一つの突破口を見いだした。しかし、それは「針の穴に糸を通す」ような僅かな可能性しかない突破口だった・・・激しいスキール音を起こしながら圭は貴のS14を押さえ込むように前に出ていくのだった。危機的な状況とも言える中で、この突破口への「賭け」だけは計算チガイに終わって欲しくはないと思っていた・・・