圭と貴が熾烈なバトルを西六甲で展開してから数時間後、紗耶香は夜明け間際のK市をランニングも兼ねてHSWまで走っていく。黒は少し酒に酔ったままHSWのガレージでゾロ目の点検をしていた。

「やば、飲み過ぎてるな、頭がクラクラする・・・さてと、そろそろ六甲の走り屋連中も山を下りただろうな・・・走るのには丁度良い時間帯になった。あとはドライバーだけか。」

彼はそう言いながら、一旦ガレージの外に出て、HSWの新聞受けに入っていた朝刊を取りだして事務所に入っていった。

「やれやれ、物騒な時代になったねぇ・・・」

新聞を開き、そう一言だけ言うと黒は新聞を折り、事務所内にあるソファーに置いた。直後に、彼はカレージへと向かって開けていたレビンのボンネットを閉めると、ゾロ目に乗り込みセルモーターを回し、エンジンを掛けた。
キキキッ、ブァアアアン、ブァアアアアン
彼は適当にアクセルを煽った後に、ガレージのシャッターを開ける。と、それと同時に紗耶香が現れた。

「あれっ、スタンドの店長さんと飲み明かすんじゃなかったんですか?今日は密かにドライブは無しと期待してここまで来たんですけど・・・」
「良く言うよ。仕事が無くなることを期待してここまでランニングしてきたって訳かい?本当はゾロ目を動かしたいんだろ?」

紗耶香は息を切らせながら笑うと、そのままゾロ目に乗り込んだ。黒は車の背後に立つと紗耶香をそのまま車道まで誘導した。

「お〜らい、お〜らいっと!」
「やっぱりレビンのシートに座ると落ち着くね・・・よし!」

ガチャッ
紗耶香は黒の誘導に従いAE111レビンをバックで車道まで出すと、ギアを1速に切り替えて六甲山の方向に走っていった。周囲にAE86の頃から変わらない独特の甲高いエキゾーストがこだまする。
ブァアアアアアアアア

「何だかんだ言って、彼女も走り屋っぽくなってきたな・・・さぁ〜てと、店長に押しつけられている書類と新しい強化パーツの企画書をまとめとかないと・・・昨日はみちゅうさんとずっと飲んでいたし、企画書の編集をサボっていたし・・・こりゃ休日返上でやらないとヤバイなぁ・・・」

黒はその場で何度かあくびをするとHSWの事務所内に入っていった。
紗耶香はそのまま六甲山に向けてゾロ目を走らせて行く。途中、HSWに事故を起こした32GT-Rをローダーで運ぶぴーとすれ違った。
ブァアアアンッ

「あ、あれは市井ちゃん? そうか・・・この時間帯ならだれも山を上らんし下りもしないからな・・・さすがに4AG-Eのサウンドはいい感じやなぁ。オレも早いところ峠に復活したいなぁ。」

キュルキュルキュル、グァアアア
ぴーはそう言いながらローダーを少し飛ばしてHSWに持っていくのを急いだ。本当ならばとっくにこの「任務」は終えることが出来たのだが、ぴーは貴に言われたことを反省しつつも今後の事を考えようと表六甲有料道路の外れにある鉢巻展望台に行き車内で思案していたが、色々と考えているうちに眠ってしまい、夜開け前まで時間を掛けてしまったのである。そして、ぴーはHSWに事故車を持ち帰った。ガレージ前の駐車スペースにそのままローダーを止めると、ぴーはエンジンを切り、あわてて車を降りてHSWの事務所に駆け込んだ。

「あれっ?電気が付いているから不思議に思ったけど、また戻ってきたんですか?」
「ん、まあね。ゾロ目のテスト走行もあったし、あとはこの宿題もあったんでね。実のところ飲んでいる場合じゃなかった訳だよ。」

黒はやや苦笑しながらも彼が「宿題」と言った書類の山をぴーに指さした。ぴーはその量を見ながら内心「ご愁傷様」としか言えなかった。

「カギ、返しときます。事故車はローダーに乗っけたままですから・・・」
「すまなかったね、助かったよ。」

黒はぴーからカギを受け取ると、机の引き出しにローダーのカギをしまい込んだ。彼はカギをしまい込むとデスクから立ってぴーが表に止めたローダーに乗っているGT-Rを眺めに外に出た。ぴーも表に出た黒を追って外に出た。

「ほーう、これはまた悲惨な事故り方だなぁ。」
「ええ、僕のよりも酷いような気がしますけど・・・それが信じがたい話なんですが・・・このR32は軽自動車に負けたらしいんですよ。」
「はぁっ?」

黒は前日にBDと共に軽自動車でGT-Rと張り合う云々などと言う話をしていたが、まさか現実でそんな無謀なバトルをする奴などいないと思っていた。ぴーは続けて黒に話す。

「それがですね、どうもその軽自動車はターボとか言った物を持っていない・・・そうですね、まさに女の子!っていう感じの車だったらしいんですよ。それがRに勝つなんて信じられないんですけど・・・」
「(まてよ・・・)なるほどな! 分かったよ、その軽自動車は別に特別にチューンをしていたわけでもないさ。」

黒はぴーの話を聞いていて何故に軽自動車がR32GT-R等というとんでもなく早い車に勝つことが出来たかが読めた。

「チューンされているのは車ではなく、乗っていたドライバーだよ・・・」
「んな、ドライバーいってもそんじょそこらの奴じゃあ勝てっこないですよ。ノーマルの軽自動車でR32GT-Rなんかに・・・(まあ、この事故った車はノーマルっぽいですけど、それでも反則なくらい早いからな・・・280馬力だし)」
「君なら察しはつくだろ、誰がそのドライバーだったかが・・・?」
「えっ、まさか!?」
「こんな芸当をする様なのは今の時代じゃ彼女しかいないよ・・・」
「げっ、い、市井ちゃんが!?」

ぴーはその事を聞くと、かなりのオーバーリアクションを取ってしまった。黒はそれは大袈裟だろうと内心思ったが、驚くのも無理は無いかとも思った。

「ん、なんか鼻の辺りがムズムズする・・・また誰かが私の悪口を言ってるな?」

紗耶香は表六甲有料道路の料金所で通行代金を料金所で払うと、そう言いながらゾロ目をトンネルへ走らせた。表六甲有料道路は登る際に料金所で所定の料金を払わないとならない。そして料金所のすぐ後に10メートルも無いトンネルをくぐり抜け、そこから急勾配な上りを駆け上がることになる。紗耶香はそのまま車を加速させると一気に駆け上がった!
ブァアアアアアアアア

「ここって・・・何かテクニカルだなぁ。今までそんなに凄いとは思わなかったけど、圭ちゃんやあのムカつくカップルとバトルした西六甲よりもコーナーがきついし、直線は殆ど無い。こんな所でバトルなんかやらないよね普通・・・でも、走ってみたい気もする・・・って、無理かなやっぱり。」

紗耶香は普段の通行手段としてこの表六甲から西へ抜けたり、時には東に抜けたりと、HSWにリクエストされたテストメニューをこなしているが、それまでは何の気無しに通っていた表六甲のコーナーの一つ一つが少し気になり始めていた。

「どこにだってあるコースじゃないけど、誰かが挑んできても負けないよ。(たぶん・・・)ちょっぴり弱気になるかも知れないけど・・・それにしても、勝ち負けよりも、さすがにこの急勾配を下るとなったらビビルよね。」

ブゥウウウン、グワァアアアアアア
紗耶香はそう言いながらも、対向車に備えてセンターラインを割らないようにして頂上を目指してゆく。途中で幾つかあるタイトなコーナーのラインを頭に描きながら、徐々に明るくなってゆく空をバックに紗耶香のドライブでレビンは六甲の頂上を目指して駆け上っていく。

「しかし・・・問題が起きるな、それは。」
「問題?何でですか?勝ったんなら別に・・・」

ぴーは先程、黒が意味深に言った「問題」と言うのが気になりその事を突っ込んでみた。

「で、その問題とは一体・・・?」

何やら怪しげなニュアンスに少し緊張しながらもぴーは恐る恐る尋ねてみるが、その事がまたしてもベイウインズにも紗耶香にとっても厄介な事になるだろう事はその時の彼には知る由も無かった・・・