K市西部、某新興住宅地。この辺りは兵庫県内でも人口密度が高いK市やN市のベットタウンとして開発が進み、住宅地の外れにある運動公園には日本が誇る大リーガーになったイチローも在籍していた某パリーグ球団の本拠地もある。
ブルブルブルッ
「ん、何や?HSW!?」
そんな一角にぴーの実家はある。車も無い現状にあって今晩のサザンクロスとの直接対決を前にぴーは焦りの色を紛らわす様にリビングでただただTVを眺めながら今日の晩飯を待っていた。
「はい・・・」
バイブモードにしていた携帯電話を手に取り電話に出ると、声の主は亜依だった。
「もしもし、HSWの加護ですけどぉ〜」
「おっ、珍しいな?こういう電話はBDくんの役目なはずなのに。」
「そう言うわけでも無いんですけどね〜 あ、そうそう、車が出来ましたよ!」
「!?」
ぴーは亜依からJZX100マーク2が直ったことを知らされると、ソファーから立ち上がり時計を見た。
「(7時か!?まだ間に合うな・・・よし、このまま指をくわえて交流戦を眺めてはおれへん!)あ、もしもし、今から車をとりにいくから、よろしく!」
「は〜い、任せてくださぁい!」
ピッ
ぴーは嬉しさを隠しきれない様子でガレージへと飛び出した。そのガレージは今日までそこに有るべき物が無かった。それは今まで「当たり前」だった物が突然消えてしまった時の虚無感にも通じる何とも言えない物だった。
「あ、今日の晩はいらへんからってオカンに言っておいてや。」
ぴーは玄関回りに水を蒔いていた祖父にそう言うと、そのままの勢いでHSWに向かうため最寄りの駅の方向に走りだした。彼は家を飛び出して幾つかの通りを抜けると、歩行者信号に引っかかり、仕方なく信号を待つことにした。
「ま、ここは車の通りも多いし、しゃ〜ないな」
「あっ!ぴ〜ちゃん!!何してんのぉ!!」
「(うげっ、この声は・・・)」
信号待ちをしているぴーに明らかにハイテンションであろう女の子の声が掛かる。ぴーはちょっと困惑しながらも声の方に体を向けた・・・
「ほ〜ら、やっぱり!ぴーちゃんだったでしょ?」
「あ、本当だ!何かさぁ・・・あけみってそういうのには早く気が付くよね〜」
「ちょっと、えだ。そんな言いかたするとさぁ、私が余計な事だけ気が回るって言う事じゃない?」
「(ギクッ)い、いやぁ〜ねぇ、ほめたのよ、誉めだって!」
「ふ〜ん、ま、良いけどさ。」
「何や、学校の帰りかいな?あいかわらずのコンビやなぁ、お二人さん?」
あけみはぴーの近所に住んでいる女子高生で、近所と言うこともあり顔なじみである。同時にあけみと連(つるん)でいるえだとも顔は知っている仲であったが、彼自身、正直彼女たちが苦手だった。矢継ぎ早に突っ込んでくるあけみのマシンガンの様な攻勢に対して完全に無力化されてしまうからだ。
「そういや、ぴ〜ちゃんが歩いているなんて珍しいねぇ・・・あっ!分かったぁ!!事故ったんでしょ!!!何だかんだ言ってぴ〜ちゃんもまだまだヒヨッ子よねぇ?」
バシバシッ
「うっ!(ある意味で当たっているから反論ができへん・・・)」
「所でぇ、ベイスターズはどうなってるの?あれって、ぴ〜ちゃんが仕切ってんでしょ?」
あけみはぴーの背中を叩きながら、更にぴーが怯んでいるところを畳み込むようにあけみは突っ込んだが、明らかに分かるボケを言ったことに対してえだは少しクールな視線をあけみに向けつつ突っ込みを入れた。
「あけみ、それを言うなら、確か・・・ベイウインズでしょ?ぴ〜さんがやっているのは。(ベイスターズって横浜じゃないの・・・)」
「あ、そうだっけ?まあ、細かいことは良いじゃん。どうせ・・・ぴ〜ちゃんのチームなんだから!」
「(いや、その「どうせ」ってのは勘弁やなぁ・・・)」
ぴーは早速始まったあけみの攻勢をテキトーに交わして何とかその場を逃げようと思っていたが、ふと、あけみ達に視線をやると彼女らを少し後ろで見ている見慣れない女の子に気が付いた。
「所で・・・あけっち、そこ子は?」
「あっ、そうそうこの間ねぇ、ウチの学校に越してきた愛ちゃん!」
「初めまして、高橋愛です・・・」
愛はぴーに軽く挨拶を交わした。ぴーは彼女に視線を奪われるまま一瞬、目を奪われた。
「あっ、愛ちゃんっていうんだっ!よ、よろしくねっ!」
ぴーはなかなかにお気に入りの様子だった。そして、そのまま彼女にアピールするかの様に挨拶をするが、こう言う時に限って上手い具合に自分を格好良くアピール出来るネタが浮かばなかった。そして、あけみがすかさずぴーに突っ込みを入れる。
「ぴ〜ちゃんもロ○やねぇ〜!ちゃんと愛ちゃんの可愛さに気が付いてチェック入れてるなんてっ!!」
バシバシッ
「(ゲッ!)あのなぁ〜どっかの整備工場でバイトしている工大生と一緒にされたら困るでぇ。」
ぴーは軽くあけみの突っ込みを交わしたが、内心では少し動揺してしまった。今までそんなに制服に対して思いは持っていなかったが、彼には何故か愛が妙に「映えて」見えた。「そんな感情を抱くと言うことは、BDと同じなのか!?」そう思うと何か自分が妙に怪しく思えてきた。
「あ、そうや、悪いけど急ぐんで・・・・ほな、きい付けて帰れや!」
ぴーはそう言い残すと、精神的な動揺を隠す様にして一目散に横断歩道を渡り駅を目指して走り出した。
ぶぇっくしょん!!!!
「な、何かどこかで可愛い女の子がオレの噂でもしてるのかなぁ〜♪」
BDはお気楽にそう割り切ると、事務所内の掃除をやり始めた。
「あれ?風邪でも引いたんですかぁ?」
亜依はBDを心配げにそう言うと、事務所の奥の机を整理していた黒がすかさず亜依に言った。
「あ、加護ちゃん、そいつの心配はしなくても良いよ。大体ねぇ・・・何とかは風邪引かないって言うだろ?」
「な〜るほどぉ!」
「ちょ、ちょっとぉ〜 黒さぁ〜ん!」
「おっ、風邪を引いているかも知れない男にしては妙に威勢がいいな、じゃ、レビンの室内も掃除してくれ。」
BDは反論しようと黒に迫ったが、ここは彼よりも黒の方が上だった・・・BDは更なる仕事を与えられてしまった。
「(く、黒さん・・・絶対に、絶対に、絶対にオレの事・・・)」
「まぁ、そう言わないで。がんばりましょっ!!」
亜依はぶつぶつ文句を言うBDをなだめるが、さらに追い打ちを掛けるように黒のイジリが来る。
「ま、そう励ますことも無いよ。雑用くらいしか役に立たないし・・・」
黒はそう言い放つと、事務所からHSWの表に面した県道の方に出ていった。
「(黒さん・・・絶対に・・・)」
「う〜ん、そっか!言われて見ればぁ・・・そうですよねぇ?」
グサッ
「そ、それは・・・(汗)(汗)(汗)(汗)」
BDの胸に千のナイフが突き刺さった。まさか亜依にまでそんな事を言われるとは思っても見なかった訳であり、正直動揺した。しかし・・・
亜依にイジラれた事に対して、「こんな感じも悪くないかも。。ムフフ。」と内心で思っていた。
「ん?」
ブァアアアアアアア
黒はHSWの前を走り去ってゆく峠仕様の車を数台見かけると、六甲山の方角を見つめながらも今週末も何やら「事」が起こりそうだと思いながらポケットからタバコを取り出し火を付けてタバコをふかしはじめた・・・