「お願い、曲がって!!!」

ゴワァグィキキキキキキッ
紗耶香は強引に右端一杯にある溝に右のフロントタイヤを持ってゆく!更に大きなスキール音と共にブレーキローターをブレーキパッドが強引に締め付け、ブレーキが悲鳴を上げるかのように大きく鳴り響く!!

ガタッ!

「いったぁ〜!!」

紗耶香は再び溝落としを決めると、それまで先を行っていたシカミを捕らえる事が出来た。シカミのアルテッツァのバックミラーをゾロ目が照らし出す!その光を見たシカミはもはや来ることは無いだろうと踏んでいた紗耶香の突然の出現にさすがに驚きを隠せなかった。

「まっ、まさか!?一体どうやって50メートルはあっただろう車間距離を縮めたんだ!しかも、ほんの一瞬で・・・」

ブワァアアアアァア

「ここの下りは、表では一番辛い区間かな?正直言ってスピードメーターを今見たら怖くなってびびっちゃいそうだけどね・・・さぁどうする?さすがにここまで差を縮めればヘタにアングルの大きいドリフトは出来ないよ・・・」

2台の車間は紗耶香の機転が効いた「技」によって一気に縮まり、シカミの乗るアルテッツァのリアバンパーからほんの5〜8メートルの車間となっていた。
表六甲の連続したヘアピン19〜20を立ち上がり、2台はその車間距離のままで緩やかなコーナーをクリアしていく。しかし、緩やかといえども、その急勾配から来る加速スピードは十分で、もはやアクセルを改めて踏む必要の無いくらいにスピードは出ていた。
バァアアアアアァン

「飛んでも無い追い上げだっ!だが、次の23コーナーで実質上ラストだ。ここで抜かれたらもはや抜かせる所など存在しない。逆に言えばここを守りきればこちらの勝ちだ!」

シカミはそう言うと、一旦コーナーの外側に車を寄せ、そこから今までに無い完璧なまでのドリフトアングルと進入スピードで23ヘアピンへと飛び込んだ。正に言うこと無しのドリフトであったが・・・

「さすがに完全な守りには入らないか・・・やっぱりこの人は出来る!けど、もう一度決まれば・・・!」

キキッ
紗耶香はそう言うと若干ブレーキを掛けて車の姿勢を正しながら再びインの側溝に向けて車を寄せ始めた!ブレーキングと言っても、正直言って今の彼女は減速する為のブレーキでは無く、あくまで車のアンダーステアに対する姿勢制御の為のブレーキングに過ぎない!彼女はただ、飛び込むタイミングを感覚で探りつつ目線はコーナーの先に向けていた。確かに異常なまでの状況で、また、一歩間違えば確実に大事故は避けられないという中ではあったが、今の彼女にはそういう失敗に対する恐怖は無かった。いや、無いと言うより、もはや心身がレビンと一体となっている紗耶香にとってはそういうネガティブな要素は全く存在しなかった。

ブワァアアアアァア

段々と響き渡る紗耶香のレビンのエキゾーストを耳にしてシカミは紗耶香の接近に気付いたが、正直言って彼は紗耶香の強引な突入に驚かざるを得なかった。

「なっ、何!何考えてるんだ!?アウトインアウトで行かないでインベタで行く気か!?馬鹿か!そのままのスピードで入ったらガードレールに突き刺さるぞ!ゾロ目のドライバーは頭のネジが2、3個吹っ飛んでるんじゃないかっ!?そうでもなきゃそんなライン取りはしないぞ!」

ギュゥイキキキキキィ
シカミがアウトへ出たことによって開いたインを縫うようにして紗耶香はゾロ目を走らせる。その光景を目の当たりにしながらもシカミは上手いタイミングでコーナーをクリアしていこうとする・・・決して彼も抜かった訳ではない。正直言って並みのドライバーでも、それ以上のドライバーでも付け入ることの出来ない完璧なまでのコーナリングであったことは事実だったが、「相手が悪かった」のだ・・・紗耶香はここに来るまでにもはや溝へ落とし込むタイミングを「モノ」にし、あっさりとイン側のフロントタイヤを側溝へ落とす!
ガタッ!

「何だ、今の音は・・・?なっ、なんだって!そんなのありなのかよっ!?」

ガワァアアア
シカミは紗耶香が溝へタイヤを落とした際の音の正体が何だったのかさっぱり分からなかったが、次の瞬間・・・タイヤのスキール音とAE111レビンの4AGエンジンを唸らせるように回しながらインベタと言うなんとも非常識極まりないラインを突破し、自分の前に出た紗耶香に驚愕した!2台は並行するようにヘアピンを立ち上がりそのまま料金所の手前にあるトンネル方向に突っ切った。

「くっ、一体何が起こったんだ!?」

バァアアアアアアアア
もはや彼の指定したゴール地点であるトンネル手前の待避所まで彼が紗耶香の前に出ることはなかった・・・

「何か水を差して、しかもバトルにまで勝ったんじゃあ申し訳ないからなぁ・・・このまま山を下りてHSWに帰ろう。」

ブァアアン、バン、バァアアアアアアア!
紗耶香はそう言いながら待避所へ立ち寄ることなくそのままトンネルに入っていった。トンネルに4AGエンジンのサウンドがまるで勝利の雄叫びをあげるようにこだまする・・・
ブァアアアアアアン、キキッ

「一体何があったんだ・・・?」

シカミは待避所へ車を入れるとそのまま車から降りて紗耶香のゾロ目のエキゾーストが聞こえる方向を見ながらただ、呆然とその場に立ちすくんでいた・・・しばらくその場にいると、やがて上から梨華の車が下って来た。彼女は待避所に止まっているSXE10アルテッツァを見つけると、そのそばに車を止めてシカミの所に近づいてきた。
バンッ

「大丈夫ですかぁ?」

しばらく呆然としていたシカミだが梨華の声を聞くと我に返った。しかしながら、通常では到底理解できない抜かれ方を紗耶香にされてしまったショックでまともな状態では無かったが極力平静を保ちながら梨華に返事をした。

「ん、あっ!平気だよ。下りの走りには慣れているから・・・しかし、参ったね。正直ここまでのドライバーとは思わなかったよ。」
「えっ、市井さんがですか?」
「ああ・・・まったくとんでもない先輩だよね。正直あれじゃあ、誰も勝つことが出来ない・・・とりあえず今日はもう帰るよ。あと、明日になればうちのチームの連中にも言っておくからもう六甲に上ってきても何もされることは無いと思うよ。じゃ、そういうことで!」

シカミはそう言って梨華に軽く手を振ると再びアルテッツァに乗り込み、表六甲を足早に去っていった。梨華は紗耶香が何をしたのかは分からないが、何かとてつもないことをしたのだろう事は去っていったシカミの素振りを見て何となく察していた・・・