ヒメヨと丸政がちょっとした小競り合いが西六甲で繰り広げてから数時間後のHSWに今日も黒、BDらによって仕上げられたレビンのテストを行うために紗耶香がやって来た。

早朝4時、HSWのガレージ・・・

キキキッ、ブァアアアアアン

「何かクラッチが重くなったような気がするんですけど・・・?」

紗耶香はレビンに乗り込み、エンジンを掛けた直後にクラッチペダルを踏み込むと、今までとは違う踏み心地に違和感を感じ、それをBDに言った。BDは早朝から黒に駆り出されたせいか大きなあくびをした後で紗耶香に答えた。

「ふぁ〜あ〜あ〜あ、何か昨日の夕方から晩にかけてミッションを降ろしていたから、クラッチでも換えたんじゃないかなぁ〜?」
「ふ〜ん、何か乗りにくい感じもするけど・・・・」

紗耶香はそう言うと踏み心地を確認するかの様に何度かクラッチを踏み込んでみた。BDは目を擦りながらガレージのシャッターを開ける。

「クラッチをちょっと換えたよ。今まではシングルの大きい奴を使っていたけど、それよりもクラッチ板の数を増やした物の方が加速性は上がるからな。」

黒はレビンに駆け寄ると、運転席に座る紗耶香にクラッチの説明をした。そして説明を終えるとレビンから離れ、BDが開けたシャッターをくぐり外に出て紗耶香を誘導し始める。

「なるほど〜。でも、これはちょっと普通に運転するのは難しいんじゃないかなぁ?」

ガタッ
紗耶香はそう思いつつ苦笑いしながらもレビンを誘導に従ってバックさせると、そこからギアを切り替えて六甲を目指して走っていった。
ブァアアアアアアアン、ブァアアアアア

「でも、あんなの入れちゃって良いんですか?」
「ん?トリプルプレートのクラッチか?」

BDは黒が先日交換したクラッチの作業を亜依と共にやった関係で、その構造と効果は知らないものの、何かしら只ならぬものを感じたため、そのクラッチが普通じゃないことは薄々感じていた。黒は煙草を吸い始めると、BDに返事をした。

「ま、あれは普通の奴じゃ扱いきれねぇよ・・・そういうスペシャルな物にしたっておかしくはないだろ?それに、いずれ市井ちゃん自身もその必要性に気がつくはず・・・本当ならそれまで待ってやるのが常だろうが、今回はちょいと噂を耳にしたもんでな。」

「ああ、ぴー君達の言っていたことですね? ふぁ〜あ〜あ(どうでも良いけど早く帰してくれないかなあ)」

ブァアアアア
紗耶香は表六甲を駆け上がり、そこからホームコースとも言える西六甲に入る。そのままクラッチの感触を確かめるようにして鋭くコーナーを攻める。
キキキキィッ!

「最初は重さばかりが目立ってけど、結構良い感じで繋がる!?これは良いんじゃない?」

早速、トリプルプレートの感触に慣れてきた紗耶香はそのまま山荘前を抜けて牧場入り口を目指す。

「!?」

牧場入り口に差し掛かる所で紗耶香は牧場へと続く脇道にハザードランプをたいてアルテッツァを止めて立ち止まっていたシカミの姿に気がついた。

ブァアアアン、キキッ

紗耶香は先日の表六甲の件もあってかそのまま彼を無視するのはちょっと気まずかったので、彼が止めている側にレビンを止めると自分も外に出た。
バタンッ

「あの、先日は・・・。」

紗耶香が言い出そうとすると、シカミは少し微笑して紗耶香に言った。

「この時間ならば西に現れるっていう情報を聞いたものでね。ちょっと偵察がてら来てみたわけさ・・・この間は完敗だったぜ。あんな技をやられるとは・・・いや、よくも思いついたものだと言った方が良いかな?」
「あ、あれはその・・・マグレですよ、マグレ。」

紗耶香は謙遜しながらそう答えると、シカミは早速ヒメヨとのバトルについて紗耶香に質問をぶつけた。

「明後日、バトルするんだろ?摩耶のヒメヨと?」
「え?バトル??(ああ、石川が言っていたのはこの事か)と、いうかその・・・私は別に走り屋って訳じゃないし、挑戦とか目標にされても弱りますから・・・」

紗耶香は苦笑しつつそう答えたが、すでに六甲中の噂になっているヒメヨとのバトルを本人が知っていない、いや全く問題にしていない点を気にしつつ話を続ける。

「走り屋じゃ無い?」
「え、ええ・・・その、何て言うか、今までがそうなんですけど、成り行きで走っていたって言うか・・・」
「成り行きだと?」

シカミは紗耶香が自分自身の境遇を盾に走り屋を否定したことに腹を立てて言った。

「ヒメヨはあんたを名指しで勝負を挑んで来たんだぜ?受ければいいじゃないか!」

「いや、だから・・・今までのバトルってのは成り行きだったわけで・・・わたしは・・・別に走り屋じゃないし。」

「ふざけるな!!それは嫌味で言っているのかよ!?そんな成り行きとかで危険極まりない下りのバトルをやる奴がどこにいるんだよ!!走り屋でもねぇ奴がただでさえスピードがのる下りでアクセル踏みまくって突っ走るか?そして、下りを攻める技を身につけるかよ??いいか?車に乗ることが好きだって言うことで十分に走り屋なんだよ!」

紗耶香はシカミの態度の変化に少し戸惑ったが、一方的に言われる事に少し腹を立てて反論した。

「だったら、車に乗っている人の誰でもが走り屋って事じゃない!それっておかしいんじゃないですか!?それにあなたには関係の無いことでしょ!」
「いや、関係あるね!あんたはオレに勝っているんだ!!だとしたらオレにもあんたがこれからやろうとするバトルについて関わる権利はある。」

紗耶香は唇を噛みながらすこし黙り込んだ。そんな彼女をみてシカミは溜息をついて言った。

「あの時、確かに梨華ちゃんの前だったからってのもあるけど、オレは持てる全ての物を出し切ったつもりだ!しかし、かなわなかった・・・自分の全てを上回った相手にオレは敬意を払うつもりだった。だから、こうして西に来た!しかし、その相手からまさかこんな形で裏切られるとは・・・」

バタン!
シカミはそう言うと自分の車に乗り込み運転席側の窓を降ろして紗耶香に言った。

「あんたは自分でも気がついていないだけだ。もしくは自分の本心に素直になっていないだけだ・・・そこまでの腕を持っているならば、もう少しそこにプライドを持っても良いんじゃないのか?」

「プライド・・・?」

「がっかりだぜ・・・こんな奴に負けたって言う事実が余計にムカつく。」

キキッ、バァアアアアアアアアア!
シカミはそう言うと車を急発進させて紗耶香の元を去っていった・・・
紗耶香はしばらくその場に佇み、彼に言われたことを考え直しつつ、自分自身の本心がどこにあるのかを考え込んだ。

「走り屋・・・それはそうかも知れないけど、売られた喧嘩は必ず買うっていうのはアリなわけ?そこでプライド・・・一体なんだって言うのよ!」

紗耶香はそう言うと足下に転がっていた小石を拾い上げ、林の中に投げ込んだ。
ガサッ

「でも・・・何か心に引っかかる。」

彼女は自問自答しつつ、夏とはいえ冷たい風にあたりながら、辺りが明るくなるまでそこに居た後、その場を静かに立ち去った。