バァアアアアアアアア

「悟られる?どう言うことだ??」

紅緒は不思議そうな顔をして真里に尋ねると、真里はシフトアップをしつつ彼に答える。

「サザンクロス・・・彼らをただの走り屋集団と思っちゃいけないって事ですっ!」

カチッ

真里はそう返事をするとウインカーを点滅させ、前を行く低速車をかき分けるように前に出て行き、貴を振り切ろうとペースを上げていく。エンジンが高回転で唸りを上げている中で後部座席にいたラブが紅緒に話しかける。


「あ〜、紅さん。それならオレも聞いたことがある。」
「どう言うことなんですか?」

「サザンクロスはプロのレーシングチームのまねごとをしている集団ですよ。しかもオレ達が今から行おうとするプロジェクトを彼らもやろうとしている・・・いわば同業他社ともいえますがね。」
「そいつは困った連中だ・・・。」

紅緒はそう言うと、すこし苦笑しながら助手席側のミラー越しに貴のシルビアを見つめ様子を伺う。そして、後方にいるサザンクロスの二人は真里が振り切り始めたのを見て貴もめい一杯S14シルビアを加速させてシビックを追う。2台は前をゆく他の車両の隙間を縫うようにして走ってゆく。

ボァアアアアアアアア、プシャッ!

「よし、ハイブーストが無くてもここまでの加速ならば完全にこちらが優位だ!」

適度なブースト圧と加速の度に炸裂するブローオフバルブを響かせ、貴は逃げる真里の背後にまたしてもべったりと車をつけるとそのままの状態で真里を揺さぶる。

バァアアアアアアアアッ、バァアアアアアアアアアア!

「さすがに3人も乗っていたら加速で向こうに負けてる・・・ヤバイ、前に出られる!?」

貴のシルビアはターボで340馬力は軽く出ているだろうが、真里のシビックはノンターボで推定230馬力前後・・・馬力的に絶対的な不利があり、尚かつ載せている人の数も違う。重量的なハンデもあるわけだ。貴の追い込みに対して真里は焦りを感じながらも、バックミラーから視点を正面に移すと、直後に信号が青から黄色に変わる!

「こうなったら・・・。」

グィッ!

キキキッ!!
真里は少し強めにブレーキを踏みスピードを落とす。いや、正確に言えばスピードを落とす素振りをフェイクで貴に見せた。

「な、何っ!(汗)」

キキッ!
目の前をゆく真里のタイプRのテールランプが赤になったのを見て貴は思わずブレーキを踏む。詰めていた車間距離も祟り、人間の心理的な条件反射から貴は真里よりも強めにブレーキを踏んでしまい、それまでターボが上手い具合に掛かっていた回転数を外してしまう。

「よしっ!かかった!!」

バァアアアアアアアアアア!
真里は後方の貴がフェイントに掛かったのをバックミラーで確認すると、そのまま黄信号を突っ切り前に進む。

「くそっ、逃がすかよ!」

ガタッ

ボォアアアアアアアアア!

貴はそれをみてギアを下げて加速を掛け真里に追いつこうとするが、信号が赤になってしまいブレーキを踏み込まざるを得なかった。

キキキキキッ!

「ちっ、逃げられた・・・しかもこの辺の交差点じゃぁ六甲アイランドに向かったのかポートアイランドに向かったかわからねぇっ!!」
「仕方ないです・・・取りあえず、丸政さんも動いてもらいましょうっ。」
「そうだな、二手に別れて動いた方が良いな・・・。」

あさ美は携帯電話を取り出すとそこから丸政に連絡を取り、真里達と遭遇した事と彼女らの行き先について報告した。

そして、数十分後・・・。

貴の追走を振り切った真里達はほぼ予定通りに港に到着し、早速エンプレスのスタッフであるラブと紅緒が船員達に積み荷の場所を聞き始める。ひとまず事が終わったことで真里はそれまでの追走劇の疲れを癒すように、一人その場離れてコンテナばかりが並んでいる港を浜風にあたりながら南側に歩き出した。

「はぁ〜、思ってもないところで疲れたなぁ〜もう!」

ブァアアアン、キキッ!
ガチャッ

「あれは・・・・?」

愚痴をこぼしながらしばらく歩いていると、一台の車が彼女の目に留まった。そして、その車に少し懐かしさを感じると、彼女はその車の方に向かって歩き出す。
車から出てきた丸政をみて、真里は「やはり」と思うと彼に近づく。丸政も歩み寄って来る真里が視界に入るとセリカの扉を閉めた。

バタンッ

一瞬の出来事ではあるが、その場にいた二人には時間が止まった様な錯覚に駆られる。お互いに最初に話す言葉が見つからない・・・。

「・・・・。」

真里は少し息を吐くと丸政に沈黙を破るようにして話しかける。

「GTFOUR・・・久々に見るわ。変わりないようね?」

丸政はセリカの方に視線をやり、そのままの状態で返事をする。

「おかげさまで、特には病気もしてなければ事故も無い。」

返事をすると、丸政は真里の方を見て微笑する。彼女はそんな彼を見て少しホッとしつつも笑ながら言う。

「も〜本当に変わってないねぇ?」

長らく会っていなかった二人であるが、この辺りの会話でその距離はあまり変わっていないなと少し安心した真里だったが、そんな彼女を丸政は少し悲しげにも映る視線で見ると、うつむき気味で言った。

「変わったのは、お前の方じゃ無いか?」

この時、真里は距離の差というものを痛烈に感じる。いや、最初からこの距離に関する現実は知っていたからこの様な答えが返ってくることは分かっていた。しかし、いざその事を悟ると彼女は言葉を失う。

「・・・・。」

カチッ
真里が黙ると、丸政は上着のポケットからタバコを取り出してタバコに火をつける。そしてひと吹かしした直後に話し出した。

「求めていた物はあったのか?」

真里はうつむき、顔をあげないまま返事をした。

「・・・わからない。けど、それに近い位置にいるって事だけは確かなのは分かってる。」

「そうか、だったらまだまだ頑張らないといけないな。」

丸政はそう言うと、入港している大型貨物船を見つめる。真里は少し潤んだ目を拭くと、丸政に話しかけた。

「今日の積み荷受け取りの件、私が来ること分かったんでしょ?」

ガチャッ
丸政はセリカ運転席側の扉を開けて、車内の灰皿でタバコを消した後に真里に言った。

「いや、そこまでは・・・だが、エンプレスが何を考えているかはもうすでに分かっている。仮にお前が来る事まで知っていたとしても、もう過去(むかし)の事だ。正直、何も起こらないし、何も無い。」

この答えで、距離の現実が如実に明らかになる。真里はちょっと白々しくも言ってみる。

「む、昔のこと?」

「そう言う事さ、今はもうお互いに別の道を行っている。最終的に行き着くところは同じかも知れない。しかし、その手法はお互いに水と油さ・・・。」

真里はそれを聞くと少しうつむきながら返事をする。

「そうよね・・・確かにそうだわ。けどね、これだけは言っておくけど・・・。」
「ん?」
「あまり出過ぎた真似はしない方が良いわよ。自分でも分かってるんでしょ?これからあなたがやろうとしていることが単なる峠(やま)の走りで終わらないって事が!?」

丸政はやや感情的になって言う真里をみながら、思ったことをわりと鋭く言う彼にしては言葉を選ぶようにして少し考え込んだ。真里の目にうっすらと涙が浮かんでいるのが彼の目に映ったからだ。

「その言葉、かつて愛していた人が親身になって忠告してくれたとだと厳粛に受け止めておくよ。」

「!?」

そう言うと丸政は颯爽とセリカに乗り込みエンジンを始動させる。

キキキキキッ、ボォアアアアアアアン

「しかし、それはこちらにも言える事だ。もしそちらが本気でそう考えているのならば同じ事だ。プロがアマの領域を侵すようであるならば、こちらも洗礼を与えなければならない。何故なら、こちらは峠(やま)のプロであるからな・・・。」


バタンッ!

ボァアアアアアアアアン、ギュキャキャキャッ!

丸政はそう真里に言うとセリカの扉を閉め、一気に車をスピンターンをするとそのまま六甲アイランドを後にした。珍しく言葉を選んだのは、ハッキリと表には表すことの出来なかった彼なりの優しさだったのかも知れない。バックミラーから遠ざかっていく真里の姿を見ながら丸政はすこし曇った表情でステアリングを握り、そんな自分に渇を入れるようにアクセルを踏み込みギアを加速させていった。

プシャァ!ボォアアアアアアアアアア!!

「アイツも想いを断ち切ろうとしてるんだね・・・。」

真里は走り去ってゆく丸政のセリカを見ながらそう言うと、かつて彼にもらった指輪を外してそれを持ったまま海に面している波止場に向けて歩く。そして、そこに着くと彼女は指輪を海に投げて言った。

シュッ (一応、投げるときの音って事で・・・。)

「私も努力しなきゃねっ!そして、今度会うときは敵としてか・・・その時は走りで持ってその心意気に報いなきゃねっ!!」

真里はそうは言うものの、何故か涙が止まらなかった・・・。
日は徐々に六甲山側に傾き、空を赤く染めてゆく。柔らかく、そして暖かい南風が彼女を包むように吹き、海は穏やかに波打つ・・・。

そして、その日。イギリスはサザンプトン港から北アイルランド、ベルファストを経てK港、六甲アイランドに一台の車が降ろされる。まだ、この時点では販売はおろか姿すら一般人にさらされていない車であったが、これはFF(前輪駆動方式)スタイルの車では究極とも言われる新型車であり、エンプレスはこれからこの車を彼らが計画するプロジェクトに合わせた物に仕上げようとしているのであった・・・。