思ってもみなかった突然の紗耶香の登場にシュウとレンズは驚き一瞬の間言葉を失ったが、シュウはすぐに気を取り直すと、紗耶香にいつもの様な悪態口調で話しかける。
「へっ、わざわざそっちから出てくるとは思っても見なかったぜ!」
「・・・・。」
シュウは当初、西六甲での紗耶香との対決を望んだが、紗耶香の方がシュウにとって優位な摩耶山に出てきたことに「勝機あり」と踏んだ。
(な、何かこの間の時と感じが違うぞ!?)
レンズは紗耶香の態度と、彼女が持っている空気がいつものものと違うことに気が付くと、何だかこのままバトルを始める事に躊躇し、シュウにその事を伝えるが絶対的優位なコンディションにあるこの状況を逃す手はないと踏むシュウはレンズの進言を受け入れなかった。
「ビビッってんじゃねーよ。どちらにしろ今週中にはカタがつくバトルだったんだ。それが前倒しになったっていうだけだろ?」
「しかし、何かヤバイよ・・・(汗)」
「心配しすぎだって。まぁ見てな。かってないほどのダウンヒルでこの勝負決めてやるぜ!! よし、早いところ摩耶に向かってきている連中に連絡を!準備が出来次第スタートだ!!」
レンズはしぶしぶ他のメンバーに携帯電話から連絡を入れると、テンペストのメンバーはそれぞれ所定の位置につきバトルの開始を待つ。
ブァアアアアン、ブァアアアアアアアン
「・・・・・。」
紗耶香はレビンに乗り込み、何一つ口にすることなくシートに座り適当にアクセルを煽っている。
「・・・そうですか。そのままスタートの指示が出るまで待機してください。」
ピッ
「シュウ君、一応準備は出来たよ・・・しかし・・・ヒメヨさんに黙ってバトルを仕掛けるのはやっぱ気に入らないんだけど?」
レンズは着々と進んでしまったバトルのセッティングに困惑しながらも、ここはやはりリーダーに話を通すのが筋なのではないかとシュウに言う。
「かんけーねーよ。向こうが乗り込んできたんだ。このまま放っておいて地元が余所者になめられちゃ話になんねーよ。」
バタン
シュウはそう言うと、スタートライン上に紗耶香のレビンと共に止まっているCRXに乗り込みエンジンを始動させる。
キュキキャキキッ
ボァヴァアアアアアアアアン!
「それに・・・飛んで火にいる夏の虫をこのまま見逃したとあったら間抜けだぜ。フフフフ、摩耶の山中にゾロ目を葬ってやる!」
シュウは怪しく微笑むと、シートベルトを締めてカウントダウンの合図を待った。
「何だ、ヒメヨもここにいたのか・・・。」
バタン
その頃、レンズの連絡を受けたHITは摩耶山の一番深い谷になっている青少年山荘前のバス停付近に車を置くと、そこに前回のバトルで負った傷を治したヒメヨのシルビアを見つけ、彼がこの近くに居ることを悟った。
「ん?HITか・・・。」
「車の方は何とかなったみたいだな?」
「いや、応急処置だ。あれは自分でフェンダーを叩き出した。そんなことより、シュウの野郎がゾロ目とこの摩耶でバトルするってのはどうやらガセじゃないみたいだな。」
HITは少し野暮だと思いつつもヒメヨに戦局の予想を尋ねてみる。
「このバトル、お前はどう思っているんだ?」
ヒメヨは苦笑しつつも返事をした。
「シュウの奴、オレの上前をはねるつもりでゾロ目を摩耶に連れ込んだんだろうが、どうかな・・・。」
「ゾロ目は摩耶を知らないだろ?だったらシュウが有利じゃないか?わざわざ西六甲に討って出るよりか勝算が高いと思う。」
HITの言うことはもっともだとヒメヨも思った。いくらシュウと不仲とは言え普通に考えてみて地元が有利なのがこの走りの世界でのセオリーであるからだ。しかし・・・。
「どうかな?まぁ、今ここで下馬評を下してもしょうがないからな・・・結果が全てを証明するとだけオレは言っておくぜ。」
ヒメヨはHITにそう語ると、ゾロ目がこの摩耶山をどう走ってくるのか?と言うその一点だけに期待しつつ、頂上でのバトル開始を待った。
「よし、対向車は来ない!?」
レンズはテンペストのメンバーに再び対向車の有無を確認すると、大きく息を吐き出した後で右手をあげてカウントダウンを開始した。
ブァアアアアン、ブァアアアアアアアン
「登ってきたときそうだったけど、ここは下り勝負でも上りが2回ある・・・西と違って何か不思議な所だけど・・・。」
紗耶香は摩耶山ダウンヒルのスタート地点である摩耶ケーブルカー摩耶山上駅の間近にある山上駅バス停にたどり着くまでの路程を思い出し、摩耶山の特異な状態を踏まえた展開に持っていかないといけないと思ったが、横にいるシュウを見るとそんないつもの淡々とした平静さは消えてしまう。
バァアアアアアアン、バァアアアアアアアン
「あんな奴に負けるわけにはっ!」
ガタッ
明らかにシュウに対する怪訝な態度をむき出しにして、そう言うと紗耶香はギアを1速に入れてレンズのカウントダウンを待つ。
「5」
ブァアアアアアアアン
「4」
バァアアアアアアアン
レンズは「まずいことになったんじゃないか?」と思いつつもカウントダウンを開始!
「見てろよ。摩耶・・・いや、六甲最速のダウンヒラーは2人もいらねぇ、このオレだけで充分だって事を証明してやる!」
バァアアアアアアアアン!
シュウは改めて紗耶香に対する闘志をむき出しにしてアクセルを煽る。
「3」
ブァアアアアアアン
「2」
「1・・・・。」
この瞬間、紗耶香とシュウは共にクラッチを思いっ切り踏み込んだ!
GO!
キュゥキャキャキャキキキキィ!!
クラッチを繋ぎ矢のようにして2台はレンズの横を縫って僅かな直線区間で加速し第一の右コーナーに突っ込んでいった。
バァアアアアアアアアアアアアア!
「へっ、そんな型落ちの4AGじゃこのオレのB16は捕らえられないぜ!!1600クラスの車でホンダのB16に匹敵するものなんてありゃしねぇ。コンパクトなボディーにこのしびれるハイパワー!たまんねぇ〜ぜ!!そういった点ではこのB16は国産最強だって事をよ〜く目に焼け付けろってな!」
グワッ!
シュウは立ち上がりで一気に紗耶香の頭を抑えるとそのまま右コーナーに飛び込む。大外からの強引な飛び込みに対し、紗耶香はアクセルを緩めシュウを先行させた。
「ここから別山まではほんの序の口・・・ま、言うならばタイヤを暖めるウォームアップ区間ってなもんだ。」
ガタッ
キュウキキキキッ、バァアアアアアアアアアア!
シュウの口にした別山というのは摩耶山と隣り合わせにそびえる摩耶別山の事であり、摩耶山頂に向けるやや幅の狭い道を3つ越えた後にぶつかる幅の広い道路から摩耶別山に抜ける。この為、この別山に抜ける道に差し掛かると別山の山頂に差し掛かるまではダウンヒルながらも「登り」が存在する。
先行したシュウはそのまま摩耶山セクションの見所でもあるR100コーナを左足ブレーキと時折引っ張るサイドブレーキでアンダーステアを殺して切り抜けるとその勢いのままでR100コーナーの直後に出現する右コーナーをクリアし別山への道に躍り込む!
勾配と、上り坂を上れば上るほど遠くの視界が薄れてしまう錯覚に違和感を覚えつつも紗耶香はシュウに食らいつく。この辺はもう彼女自身の卓越したドライビングセンスがそのまま彼女を押し出しているといった感じの走りだ。
「前にみちゅうさんが言っていた様に視界が悪い?けど・・・。」
ガタッ
ブァアアアアアン、ギュキャキャキャキャキャキャッ!
「ついて行けている!」
紗耶香はここまでのバトルでその天性の才能に更に磨きを掛け、最初のバトルの頃に比べると限りなく蛇角(コーナーリング中のハンドルの切れ角)が狭まり、それによってタイヤのグリップを最大限にまで引き出せるようになっていた。
その成果もあり、初めて走る摩耶山でも地元の走り屋であるシュウに食らい付いていけるのであった。
「ちっ、思ったより食らい付く・・・次は天上寺前まで大したコーナーはねぇな。しかもこの辺りは摩耶天上寺前のバス停を過ぎるまでは上りだからな・・・ま、あせらずじっくりと仕留めてやるぜ!」
グワッ
バァアアアアアアアアアアアアア!
シュウは紗耶香の追い上げに対してもさほど驚きをみせぬままで淡々と走り慣れた摩耶を攻めていく。対する紗耶香は後追いということもありシュウの走行ラインとリズムが何となく知れてくるとそれに合わせるように張り付く。やがて摩耶天上寺の下を通りバス停を過ぎるとそれまで続いた登り区間が終わり再びダウンヒルに突入する。
「フッ、オレの走行ラインを探って走ってるってわけか?そりゃ都合が良いぜ!!」
バァアアアアアア、ギュキキキキキキッキキキィ
シュウは紗耶香がこちらの動きを盗みつつ迫っていることを知ると不敵な笑みを浮かべつつ急勾配の別山に突如現れる右側のクランクに思いっ切り飛び込んだ!
「前の車が消えた!?」
この辺りは摩耶の中でもかなりの雑木が茂っており、また街灯も少ないことからかなりの死角(ブラインド)になる場所であり、そんな中にあるのがクランクということで摩耶山でも最も危険かつ心理的なプレッシャーも重なって難易度が高いコーナーとなっている。
ガタッ
グァアアアアアアアアアアア!
紗耶香はシュウがペースを上げた事で「高速で飛び込める!?」と判断するとその勢いで突っ込んだが、次の瞬間・・・。
「!?」
キィキキキキキィッ!
ブラインドコーナーを曲がりきろうとした紗耶香の目の前にCRXのブレーキランプが赤々と灯りそれが彼女の瞳を照らす!紗耶香は追突を避けるようにして思いっ切りブレーキを踏み込んでしまうが、これはこの話の前にあったエンプレスの矢口真里とサザンクロスの貴が国道でやり合ったときに真里がつかったフェイクを峠で使ったと思って貰えれば容易に想像は付くと思う。
「へっ、この辺からはそんなに勾配は無いからな・・・これでオレの勝ちはほぼ決まったな!」
バァアアアアアアアア
シュウは減速した紗耶香のレビンがバックミラーから段々と遠くなっていくと「ざまぁみろ」と内心思いつつも高らかに笑いながらアクセルを踏み込み紗耶香を引き離しに掛かった・・・。