広島県広島市S区、中国地方最大の100万都市を支えるベッドタウンであるS区は高度成長期と呼ばれた古き良き日本の時代に大開発が進み、広島市中心部にもほど近いことから大規模な住宅団地が並ぶ。その後、郡部の統合を経て広島市内でも最大の区になった。山陽自動車道が9割完成(残り1割は下関〜山口南間の宇部方面ルート)した昨今はS区内にもインターチェンジが出来た為、ベットタウンの機能を十分すぎるほど発揮している・・・。

ギュキキキキキキッ!

そのS区内にある山陽道大野インターのすぐそばに広島県西部、ひいては広島県内、いや、中国地方で最も攻略が難しいとされる峠スポットがあった。妹背とよばれるこの場所は県内でも有名な名所である「妹背の滝」に沿って造られた道路で、滝の裏側に位置する郡部への連絡道路でもある。しかし、ここは東西六甲とは違いその道幅の狭さと独特なコーナーが多く、また、路面状況もさほど良くないことから妹背を走り抜けるだけで実力はトップクラスと称される。距離も頂上にあたる処分場入り口から滝壺入り口の区間、約2〜3キロのショートコースで対面2車線の区間も一部あるが、その殆どが車が一台通れる位の道幅でしかない。その為、全区間走破は想像を絶する集中力と度胸、そしてマシンコントロールが求められる極めてリスクの高い峠スポットである。

バァアアアアアアアアア、シュッ、バァアアアアアアア!!!

ガタッ、グィッ!

キュウキャヤキャキャキャキャキャ

「う〜ん、なんかしっくりこないね・・・もう少しフロントが締まっていないとコーナーが曲がれないよ。」

「そうですかぁ?でも安倍さんはラインを外してないですよぉ・・・。」
「いや、辻には分からなかったかもしれないけど、なっちは右のヘアピンのラインを2センチ位かな?外しちゃったんだよね・・・。」

8月に初旬のある日の夜、妹背の常連でミラージュRZサイボーグCJ4Aを駆る安倍なつみと辻希美。誰が言い出したかは定かでないが、それぞれが飼っている犬の名前から彼女らはマロンメロン、通称マロメロと呼ばれている。道幅も狭く、離合(車のすれ違い)すらも難しいこの妹背を果敢に攻める彼女たちはラインが一つしか存在しないとも言われるこの場所で敵はいなかった。

「このラインはどう?」

ギャキキキキキキキキッ

「いいれすねぇ〜。」

いや、正確には彼女たちに挑む以前に妹背の全区間を走破出来るドライバーなどまずこのマロメロの他に存在しない。対向車への注意とコーナーのナビゲーションは全てなつみの後輩である希美が仕切る。

「次は右、左と連続でコーナーれすよ。アウトインをカウンターなるべく当てないように攻め込んでくらさいねっ。」

「分かったっ。見ていてよ・・・決めるからねっ!!」

グイッ!

ガタッ、ガタッ

ヒールアンドトゥを繰り出しコーナーに迷うことなく飛び込んでいくミラージュ。

ギュキキキキキキキキイィ

そしてドライバーの安倍なつみはこの難関な妹背のラインとアスファルトのシミや路面状況を全て把握しており、尚かつそのドライビングセンスも妹背では郡を抜いていた。彼女は周囲の様子を一切気にすることなくドライブに集中できるため、癖の強いコーナー群を思いっ切り攻め込むことが出来る・・・。

なつみと希美・・・正に向かうところ敵なしの最速コンビである。

「やった♪」

「すご〜ぃいっ、ベストなラインでクリアれすよ。安倍さん!!」

バァアアアアアアアアアアアアアアアア

彼女らは一通り妹背を下ってくると、下りのゴールでもある妹背神社の前に車を止めた。ゴール地点には彼女らの走り終えるのを待っている地元の走り屋達が集まっている。

キキッ!

ガチャッ

彼らの熱い視線の中でミラージュから降り立ったなつみと希美、直後になつみは浮かない顔を希美に見せる。

「ん?どうしたんれすか??」

希美は「どうしたんだろう?」という感じでなつみに問いかけるとなつみは少し不満そうに希美に言った。

「いま下ったコーナーの中でね、幾つかラインを外した所があるの。」


なつみの走りを把握している希美には彼女の言うライン取りの失敗箇所がどこだったかすぐに理解できたが、外したと言っても大きく外れたわけではない。それをなつみに言った。

「でも、そんなに外れては無かったれすよ・・・。」

「ううん、なっちはねぇ、あの辺りのコーナーを今よりも1センチ位イン側にラインを向けたいの。そうすればS字に近いあの辺りをほとんどこう・・・。」

なつみは説明しながらジェスチャーを繰り出して希美に話を続ける。

「真っ直ぐ殆どステアリングを切らずに進めるでしょ?これだとステアリングを曲げる時にでる抵抗を減らせるからタイヤも良い感じでいけるでしょ?」


希美はそんななつみの様子を見て説明を聞いてるよりも実際にそれを意識しながらもう一度走ってきた方が話が分かりそうだと感じると、なつみに言った。

「う〜ん、安倍さんがそんなに言うのだったら・・・テストも兼ねてもう一度上まで行って、下ってきます?」

「そうだね、な〜んかしっくり来ないしちょっと試してみたいからちょっとその辺を見ながら走りたいよねっ。」

ガチャッ、バン!

キキキキッ

ブァアアアン、バァアアアアアアアアアアアア!!

そう言うとなつみと希美は再び車に乗り込み、エンジンを始動させて妹背の滝壺にある神社の鳥居前を後にし、再び妹背の頂上を目指して走り出した。CJ4ミラージュのエキゾースト耳にしながら地元の走り屋の一人である清田鯉太郎はマロンメロンのサポートをしている慎に話しかけた。

「しかし、あの二人は本当にすげぇよな。この妹背を軽々とくぐり抜けるなんて・・・全国レベルだぜ、あれは・・・。で、慎君。鬼平さんに少しはオレ達も走らせてくれって言ってくれよ〜。」

「言っても良いんですけど鬼さんが何て言うか・・・鯉さんの気持ちは分かるんですけど・・・。」

「う〜、鬼さんか・・・あの人も変にマッドな所あるしなぁ・・・どうも自分は苦手だよ。」

慎の返事を聞いて鯉はしぶしぶと進言を諦めることにした・・・通常、この妹背のような狭い場所を走る時は列になって走るのが常識になっている。上手い者が先頭で列を引っ張り腕の無い者ほど列の後ろに付く。そうして走らないことには離合すら難しい場所では走り抜くことすらままならない。しかし、この日は違った。別に今回ばかりでは無いが鯉が口にした「鬼さん」こと鬼平が月に一度設けるマロメロの全開走行テストの日であるからだ。

キキキキキキッ、バァァアアアアアアアアアア

周囲にエキゾーストがこだまする中、妹背の夏も六甲同様に熱い。その熱気に惹かれるようにこの場所にも鯉たち地元の走り屋以外にも多くの走り屋がマロンメロンの走りに驚嘆し、また絶賛した。

バァアアアアアアアアアアアン

「すごいよ、あれ!」

「やるねぇ、辻ちゃんたちも!!」

マロンメロンの良きライバルで彼女らとも親交の深い地元の有力チームの一つであるココナッツのリーダー、アヤカはなつみが織り出すテクニックに感心させられ、彼女のチームメイトのミカもまたマロメロを誉める。彼女らは妹背の神社から少し上った場所にある唯一の待避所でそれぞれの愛車を止めてなつみ達の走りをギャラリーしに来ていた。

「でも、こうも見せられるとたまらないわね・・・。」

「あの二人の次元はちょっと違うかなぁ?私たちが考える様なレベルじゃないよ。」

「ミカ、私たち、バトルになったら・・・。」

アヤカは少しネガティブになりながらもミカにマロメロと自分たちとでは実力差が大きい事を呟くと、ミカはあまり考えたくは無かったがその差を痛感せずにはいられなかった。

「Nobady beats themだからね。考えたくは無いけど、明らかに押されてるね。私たち・・・。」

「そうね。それに今はそれどころじゃないもんね・・・」

ミカの言ったことを聞き終えると、アヤカは待避所からも聞こえる滝の音に耳を傾けながら妹背の頂上スタート地点に行ったマロメロが再び下ってくるのをその場で待った・・・。



「参ったなぁ・・・。」

その頃、みちゅうのガソリンスタンドでの話し合いを終えた紗耶香は、残業を続ける黒に頼み事をするために再びHSWに戻ってきた。

「あ〜あ、何でこんな時に負けたんだろう〜?」


紗耶香はのたく達スタンドの面々と行く小旅行の話し合いにおいて、誰が車を出すかを決めるジャンケンに自分の車も持っていないにも関わらず加わってしまい見事に負けてしまった・・・。

「広島まで行かなきゃいけないからレビン貸してくださいって・・・言っても良いのかなぁ?何か無理っぽいよねぇ??」

普段は仕事という名目でしか車を持ち出せない立場にいる紗耶香は、なかなか私用でレビンを使わせてくれと言えないで悩んでいた。加えてここ最近はテンペストとの交戦で何度もレビンを持ち出している事もあり、その事が彼女をより悩ませる原因となっているのである。どうしようかと一人ブツブツと言いながら紗耶香はガレージ前にある駐車場に突っ立って一人悩む。

「ま、ダメで元々!聞くだけ聞いてみよう!!」

どれだけ考え抜いたのかは定かでないが、ある程度考え込んだ末に決断を下した紗耶香は意を決して半分閉じてあるシャッターをくぐり抜けガレージの中へと入っていった・・・