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クライストチャーチ
クライストチャーチは、ニュージーランドで三番目に大きな町で(南島では最大)、人口は約30万人ほどです。「ガーデン・シティー」と呼ばれるこの町には、多くの観光客(特に日本人)が訪れます。南島唯一の国際空港があることから、南の玄関口としても栄えているのです。必然的に、この町に住む日本人も多く、五百〜六百人の永住者の他、仕事のため数年滞在する人、留学生、ワーキング・ホリデーなどでの数ヵ月の滞在者を含めると、常時、約千人近い人たちがクライストチャーチに住んでいるようです。
日本人クリスチャン・フェローシップ
この町にある日本人教会、クライストチャーチ日本人クリスチャン・フェローシップ(以下JCF)では、毎日曜日の集会に、平均40名ほどの人たちが集まっています。これは、この町の日本人全体から考えると決して少ない数ではありません。集まって来る人たちの半分、または、それ以上の人たちがクリスチャンではありません。ほとんど毎週、数人の新来会者があります。また、集会の90%近くが30歳以下の若い人たちです。これらのことは、日本の教会ではあまり見られないことでしょう。
JCFの始まり
JCFは、約7年前に始まりました。そのために、神様はそのずっと前から、いろいろな準備をしてくださっていたのです。・・・。
ラウンドヒル宣教師夫妻の帰国
JCFを始めたケン&ベティー・ラウンドヒル夫妻は、宣教師として、約40年間日本におられました。お二人は、日本での働きを終えたあとは、自分たちの所属団体の本部があるオークランドか、家族のいるダニーデンに住むだろうと思っておられました。
1979年、ケン先生はニュージーランドに一時帰国されました。(この時、ベティー夫人は自分の母国であるカナダに帰っておられました。)その時、ケン先生は、なぜかわからないけれども、引退後はクライストチャーチに住むべきだと強く感じたそうです。クライストチャーチと、そこに住む日本人については何も知らなかったにもかかわらず・・・。
1985年末、ご夫妻はクライストチャーチに来られました。その時、クリスチャンが経営するある英語学校 から、日本人学生のためのカウンセラーを頼まれました。当時、学生は全部で十数名と少なく、その他の日本人とのコンタクトもありませんでした。また、聖書学校をつくるために働いて欲しいという日本からの要請に応え、翌年、ご夫妻は再び日本へ行かれました。
3年後の1990年4月、クライストチャーチに戻ったお二人は、日本人がたいへん増えていることに驚きました。英語学校の数も増え、以前は教会の一室を借りていたあの英語学校も、約百人の学生を持つ学校となっていたのです。
日本語聖書研究会のスタート
ある日、ご夫妻は、コンタクトを持った語学生たちを食事に招きました。(そのうちの一人は、ラウンドヒルご夫妻が日本から帰国する際、飛行機で席が隣でした!)
当日、12人がラウンドヒル先生宅を訪れました。何人かは英語学校で行なわれている聖書研究会に参加していましたが、英語なのでわかりにくいということでした。べティー先生が「日本語で聖書の学びがしたいですか?」と尋ねると、「はい。」という答えが返ってきました。そこで、「いつから始めましょうか?」と聞くと、「今週から。」という返事です。その週から、日本語での聖書研究会が始まりました。
また、あるクリスチャンを通して、日本人の高校生ともコンタクトを持つようになりました。高校生は、時間的に金曜の聖書研究会に来ることが難しいため、ラウンドヒル師ご夫妻は、日曜日の集会の必要を強く感じるようになりました。
みちえさん宅の聖書研究会
実は、ベティー先生の聖書研究会は、クライストチャーチ唯一の日本語聖書研究会ではありませんでした。市村誠江さんという方が、二週間に一度、自宅で聖書研究会を持っておられたのです。
みちえさんは、1984年、地元の教会で導かれてクリスチャンになりました。数年後、その教会の長老が、「ある日本の牧師(黒田禎一郎師)が、オークランドの日本人教会に来るので、クライストチャーチでも、その方を呼んで日本人対象の集会をしましょう。」と言ったのです。新聞に広告を載せ、12人の日本人が集まりました。
その後も、黒田師は、オークランドに来るたびにクライストチャーチを訪ねてくださり、3回目に来られた時だったでしょうか、みちえさんに聖書研究会を始めるよう勧めました。1988年頃から、聖書研究会が持たれるようになり、常時、5〜6名が集まっていました。
JCFのスタート
人づてにみちえさんのことを聞いたラウンドヒルご夫妻は、日曜日の集会をはじめるにあたり、みちえさんに協力を求めました。
みちえさんなど、すでに地元の教会に通っている日本人クリスチャンもいましたし、何人かの学生は、日曜の朝ホスト・ファミリーに連れられて、教会へ行っていましたから、日曜の午後に集会を持つことにしました。特定の教派に限った集会ではないことや、若い人たちが来やすいようにと、教会ではなく、町の中心部にあるホテルを借りることにしました。
ちょうどその頃、あるクリスチャンの家族が、クライストチャーチに来られ、JCFの中心メンバーのひとりとして、指導力を発揮して下さいました。
こうして、1990年7月、クライストチャーチJCFが始まりました。ラウンドヒルご夫妻がコンタクトを持っていた学生たちや、みちえさん宅での聖書研究会に来ていた人たちなど、全部で20数名の人たちが集まりました。
多くの段階を経、必要な人材が備えられ、JCFはスタートしたのです。
神のなさることは、すべて時にかなって美しい。 〔伝道者の書 3:11〕
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