どんな不幸(ふこう)にも幸せがあります

リャオ・チ・チェン

 

 

こんにちは。皆さんは何か問題が起きた時、運命にもてあそばれたと考えますか。そんな時、ほかの視点(してん)から考えてみたらどうでしょうか。私の経験(だん)をお聞きください。

 先日、私の大学の卒業式が行われました。私の喜ぶ顔を見て、だれも私がその前の日に大変な経験をしたとは思わなかったでしょう。卒業式の前日、私は式の練習に行ったのですが、その前の夜このスピーチのテーマを考えて疲れてしまい、朝寝坊してしまいました。(あわ)てて家を出ましたが、道が込んでいて、ずいぶん遅くなりました。急いで運転していると、とつぜん母から電話があり、「チェン、家を出る時、まちがってお兄さんの眼鏡をかけて行かなかった。」と言われました。びっくりしてすぐ見てみると本当でした。私は自分のそそっかしさに(はら)が立ち、いやになりましたが、家からはもう遠かったし、兄の眼鏡でも大丈夫だろうと思ったので、運転を続けました。しかし、会場の手前まで来た時、眼鏡のせいか急に目の前が真っ暗になり、前の車に追突(ついとつ)してしまいました。私は動かなくなった車の中で呆然(ぼうぜん)としていました。けがはしませんでしたが、車の前が完全に壊れてしまいました。私は両親に悪いニュースを伝えなければなりませんでした。前の車の損傷(そんしょう)もひどかったので、その車の人にしかられると思いました。私はなんと運が悪いのだろうと思い、わっと泣き出してしまいました。前の車から男の人が出てきて、私に大丈夫かと聞きました。私は「本当にごめんなさい。」と何度も(あやま)りましたが、彼はほほえんで、「大丈夫。小さいことだから、心配しないで。」と言ってくれ、私は少しほっとしました。家へ帰った時、両親は私にけがをしなかったかとだけ聞きました。私は車を壊したことが悲しかっただけでなく、両親を心配させたことも後悔(こうかい)し、とてもいやな気持ちになりました。しかし、ちがう視点(してん)から見たらどうでしょう。事故はひどい経験でしたが、だれもけがしなかったし、車は保険(ほけん)で直せます。もっと悪いことが起きたかもしれないのに、実際(じっさい)はそうなりませんでした。その上、やさしくて少しハンサムな男の人と知り合えました。そう考えるとだんだん気分がよくなりました。

 見方を変えるとどんな不幸(ふこう)にも幸せがあります。私達は運命(うんめい)は変えられないかもしれませんが、問題が起きた時どう処理(しょり)するかは自分で決めなければなりません。どんな経験でも人生の教訓(きょうくん)にできます。視点(してん)を変えて、楽観的(らっかんてき)に考えると、きっと大きな問題も小さく感じられますよ。

 次の日は卒業式です。朝早く起きて、卒業式のガウンを着て、化粧もし、すぐ大学へ行けます。あら、黒い(くつ)はどこですか。車と一緒(いっしょ)修理(しゅうり)工場に()いてきてしまいました。困りました。でも、大丈夫。白い(くつ)でも式には参加できます。楽観的(らっかんてき)に考えると気持ちが楽になりますよ。

 これで終わります。聞いてくださって、どうもありがとうございました。