私のプリンセス
「姫様、シェリル姫様!」
王宮の中の庭園をひとりの若者が声をあげて右往左往している。若者は茶色がか
った髪に、ブルーの瞳、盾の上に2本の剣が重ね合わせるようにした紋章のついた
軽装な鎧に、腰には帯剣している。しゃあしゃあと庭園の噴水がきらきら水を反射
させている。王宮の庭園だけあって並みの広さではなく、農民の家など数十個も飲
み込む広さだ。
彼は王宮近衛騎士団に属する青年である。今は12才になるこの国の姫君を探し
ている。そんなことは侍女達に任せればよいのだが、先輩の騎士達に役目を押しつ
けられているのである。実はこの青年、騎士団の中では最も剣技に劣り、しかも中
流貴族の出なので上流貴族の先輩達にいびられているのだ。だがこの青年は剣技も
出身も皆より劣っているのは百も承知なので、しかたなく従っていた。
しかし遊び好きの姫君を探すのはもうひとつ理由があった。
不意に後ろから誰かに目隠しをされた。
「だ〜れだ。」
ころころと鈴を鳴らすような声が聞こえた。青年は答はすぐに分かったが、あえ
て悩むしぐさをする。背中に当たる人物の背丈から答えは安易に導き出せた。それ
以前に、こんなことをする人間はひとりしかいないが。
「うーん……、シェリル姫様?」
「正解!クリフ。」
振り返ると、そこには野に咲く花のような可愛らしい少女がいたずらっぽくにこ
にこと笑っている。背中まで伸びるブロンドのさらさらのストレートヘアーが印象
的の少女だ。フリルのついたワンピースに銀のティアラを髪につけている。
もうひとつの理由と言うのはこの少女と会いたいということだった。身分の違う
禁断の恋愛感情だと知りながらクリフは、自分の気持ちを抑えられなかった。
「ねぇ、クリフ。また前みたく街に遊びに行こうよ。」
「いけません、姫様。摂政様よりあれだけ厳しく注意されたのをお忘れですか。私
を困らせないで下さい。」
「だってぇ、城の中にいてもつまらないんだも〜ん。」
確かに姫君は、城に半ば監禁状態で閉じこめられている。遊びたい年頃の姫君に
はつらいことだろう。
この国の国王、つまりシェリルには両親はいない。すでに病気で他界していた。
まだ幼いシェリル姫に代わって、政治の主な部分は摂政のギルティが行っていた。
「ギルティ様がお呼びです。至急自室の方にお戻りを。」
「あ〜、いいのいいの。どうせまた小言だから。」
シェリルはかぶりをふった。
「それよりクリフ。ふたりっきりのときはそんな固い口のきき方はしないの。」
シェリルは腰に手を当て、人差し指をクリフにさしながら言った。
「あ、そうだね、シェリル。」
いつの頃からかシェリルといるときはクリフは敬語は使わなくなっていた。それ
だけふたりの関係は密接になっていたのだ。
「ねぇ、かくれんぼしようよ。」
「ああ、じゃあ私から鬼になるね。」
そう言うとシェリルは歓声をあげてどこかにすっ飛んでいった。
クリフがこんなことをして遊んでいてはいけないかというと、実はそうではない
。一番剣技に劣っているクリフにはどの任務も与えられず、いつも騎士団詰所であ
くびをして過ごすか、食料庫番を任される程度だった。
大陸の北西に位置するサフラワンド王国は、周囲には敵対する国家もなく作物も
豊富で「平和」を絵に描いたような豊かな王国だ。街には活気があふれ、行商人も
多く訪れていた。国王が不在ということもあったが、プリンセスと摂政によって政
治は支えられていた。近衛騎士団が編成されてはいるが、ここ30年の間騎士団が
戦闘に参加するということはなかった。
「シェリル、どこだーい。」
クリフは木の後ろ、茂みの中とさんざん庭園の中を探したが、どこにもシェリル
の姿はなかった。後は庭園の隅にある古びた倉庫のみだ。その倉庫は今は誰も使う
ものがなく、倉庫の壁もすすけて庭園にはにつかわしくない。
クリフは足音を消しながらこっそりと倉庫に近づいた。案の定倉庫の重い扉は少
し隙間が開いている。どうやらシェリルの力では完全に閉めることはできなかった
のだろう。音を立てないようにして倉庫の扉を開くと、薄暗い倉庫の中が見えた。
左右に荷物を乗せる棚があり、こちらからは影になっている。おそらくその影にシ
ェリルは隠れているのだろう。ゆっくりとその棚の後ろに近寄り、影になった部分
を確かめる。左側を見てみるがシェリルの姿はない。
「わっ!!」
不意に後ろから大きな声が聞こえた。驚いたクリフは振り返り体勢を崩した。倒
れるときに思わず後ろにいたシェリルの腕をつかんでしまい、ふたりで後ろに倒れ
てしまった。後ろにはたまたま使わない布が重ねて置いてあったので、床に倒れる
よりは衝撃は少なかった。
「っっつ。大丈夫、シェリル?」
クリフのすぐ目の前にシェリルの顔があった。シェリルはぽっと顔を赤らめ閉口
してしまい視線をそらせた。クリフが下になりシェリルが上になる形だ。ブロンド
の髪が腕を撫でる。
クリフは無意識にシェリルの背に腕を回しきつく抱きしめていた。きゃしゃなシ
ェリルの体は抱きしめると折れてしまいそうだった。こんな状況でクリフは今まで
抑えていた感情があふれ出すのが自分でも感じられた。
「あ……あの……。」
「しばらくこのままで……。」
ささやくようにクリフは言う。
「……う、うん。」
シェリルのブロンドの髪が香り、さわやかな甘酸っぱいような香りがクリフまで
届いていた。シェリルは身をゆだねるようにしてクリフに体重を預けた。クリフの
左頬の辺りにシェリルの顔が当たる。大人の女性に比べて軽すぎるシェリルの体重
はクリフには心地よかった。どきどきとシェリルの心臓の音がクリフには感じられ
た。
しばらくして、クリフはシェリルを解放した。
そして改めて聞く。
「大丈夫?シェリル?」
「うん……。」
少し気まずそうな雰囲気の中、ふたりは倉庫を出た。クリフはシェリルを自室ま
でエスコートすると一礼して騎士団詰め所に戻った。
その時、少しシェリルの表情が緩んだのをクリフは気付かなかった。
次の日。
騎士団詰め所でクリフがひとりで暇そうにあくびをしていると、不意にシェリル
が現れた。少し驚いたクリフは、
「姫様!姫様がこのようなところに来られるとは!」
慌ててクリフは敬礼をする。かちゃりと腰の剣が音をたてる。幸い詰め所にはク
リフ以外には誰もいなかった。シェリルはくすっと笑うと、
「なに言ってんのよ、クリフ。誰もいないよ。」
クリフは少し拍子抜けし、頭をポリポリとかく。クリフはシェリルがなんだか小
悪魔のようにも見えた。
「あ、ええ。まぁ、そうだけど。」
シェリルはクリフの腕をつかみ、クリフの予想しなかったことを言い出した。
「ね、クリフ、デートしようよ。」
「え?シェリル、今は勉強の時間じゃないの?」
「算数の時間だったけど、退屈なんで逃げちゃった。」
「おいおい、見つかったら私がとがめられるんだよ。」
弱腰のクリフにシェリルは強気だった。
「大丈夫。庭園の植物プラントに行くの。あそこだったら、誰にも気付かれないよ。」
内心クリフはシェリルからのお誘いがあったことで嬉しかった。クリフはシェリ
ルに引っ張られるようにして植物プラントに向かった。
植物プラントとは農民の家が数十個も入る大きな円筒系の形をしており、ビニー
ルハウス状にまわりを囲ってある。中は暖かいので、果実や花が豊富に実っていた。
果実は王室のデザートとして、花や植物は研究用として用いられていた。そこをデ
ートコースにしたシェリルのセンスは素晴らしい。
シェリルに手を引かれるようにしてクリフは植物プラントの中に入って行った。
プラントの中に入ったことのないクリフにしてみれば、そこは別世界のようだった。
いろんな果実がたわわに実り、四季の花が咲き乱れている。
「うわあ。」
思わずクリフは感嘆の声を漏らした。
「ね、すごいでしょ。」
脇でシェリルが胸をはっている。確かにここならば騎士や侍女は来ないし、庭師
は早朝に来る程度だ。
「こっちこっち。この果物おいしいのよ。」
「ん、そう?じゃあ頂こうかな。」
がしゅ。
みずみずしい果実が口の中に広がり、滴が指の隙間からこぼれ落ちる。指をハン
カチで拭こうとすると、
ぺろり。
シェリルがクリフの指をなめた。指先から電撃が体中にほとばしる。
「えへへ。」
シェリルが舌を出して照れたように笑っている。
(全く無邪気なもんだ。)
クリフは心の中でつぶやいた。
クリフの手を握りシェリルはあっちの果実こっちの花と行ったり来たりする。シ
ェリルの目は爛々と輝き、好奇心に満ちていた。またクリフと一緒にいるという高
揚感もあったのかもしれない。シェリルの手は小さく脆弱で、クリフはこの少女を
命に代えても守りたいと思った。
あっちこっちと植物プラントの中を行き来したので、シェリルは疲れてしまい、
その場にへたりこんだ。
「ふぅ。」
シェリルは吐息をついてクリフの肩にもたれ掛かってきた。心地よい重さを感じ
る。シェリルは意識しているのか、手を指を絡めるようにして重ねている。シェリ
ルの手が暖かい。クリフは自分の中で何かが動く感覚を覚えた。
「シェリル……。」
クリフはシェリルの肩に手を回した。グリーンの双眸がきらきら輝くようにクリ
フを見つめている。シェリルの唇はわずかに湿っていて、少し開いている。シェリ
ルは悟ったように瞳を閉じた。クリフはシェリルをそっと引き寄せるようにして唇
をかわした。ふわりとミルクのような甘い香りがクリフの鼻には届いた。シェリル
の柔らかい唇はとろけてしまいそうだった。唇を離すとそこには潤んだ瞳でクリフ
を見つめるシェリルがいた。
ふたりが唇をかわすのはこれが初めてだった。しばらくふたりはくすぐったそう
に抱き合ったままでいた。誰もいない植物プラントの中で。
数日の後、宮殿の謁見の間にて。
「これはどういうことか、説明せよ。」
声をあげている姫君がいた。クリフと遊んでいるときの幼い面影はなく、毅然と
した表情の姫君がいた。姫君の前には摂政のギルティが膝まづいている。
「そこに書いてあるとおりでございます。姫様。」
そこには農民の税を倍に引き上げる法律案が記されていた。いくら豊かなサフラ
ワンド王国と言えども、税を倍に引き上げるなどという暴挙に出れば国民の生活に
支障が出るのは間違いない。税をあげる理由として、ギルティは富国強兵をあげて
いる。周辺諸国にも平和同盟を結んだ今、なぜ兵力を増強する必要があるのか。ギ
ルティは口元にはやした嫌らしい髭を指でつまんでは放し、つまんでは放しを繰り
返している。
「それではなぜ富国強兵の必要性があるのか。」
ギルティはにやりと笑みを浮かべると、
「周辺諸国に不穏な動きがあることは、諜報部の調査で証明済みであります。国民
の自由と財産を守るためには兵力増強が至極当然ではないかと。」
「ギルティ、どこからそんな情報を!」
姫君は思わず椅子から立ち上がりギルティに対して怒鳴りつけた。
「あの娘、ただのお飾りだと思っておれば、わしに反抗しよって!」
自分の執務室でギルティは毒づいていた。部屋には数人の男達がギルティを取り
囲んでいた。ちょうどその頃、書簡を運ぶ雑用を言いつけられたクリフは、たまた
まギルティの執務室の前を通りかかっていた。ギルティの怒鳴り声にぎょっとして
書簡を落としそうになりながら、興味を抱いてドア越しに執務室の中の様子を盗み
聞きしていた。
「摂政様、ここはもう時期かと。」
「ふむ、あのお飾りには消えてもらおう。両親がそうなったようにな。」
「ふふふ、ついに我らの時代がくるのですな。摂政様。」
クリフは驚いていた。ギルティの他の男の声は近衛騎士団の者だったし、なによ
り国王と妃はギルティの手にかかって死んだということに。これはこのままにして
はおけない、そう思ったクリフは音をたてないようにして、かつ迅速にその場を離
れた。
姫君には味方がいなかった。近衛騎士団はおろか侍女にも姫君を個人的に擁護す
る者はいない。いや、正確にはいたのだが、ギルティによってことごとく姫君から
遠ざけられていた。唯一クリフのみが姫君の味方だった。それはクリフにも言えて
いた。先輩の騎士達はあてにはできなかったし、友人と呼べる同期の騎士もいなか
った。味方がいないどころか、一部の騎士達は摂政に取り込まれている。
ギルティの陰謀を姫君に伝えるためにクリフはまたシェリルをあの庭園の古びた
倉庫に呼び出した。ここなら騎士達に見つからなくて済む。
「ねぇ、なあに?大切な話しって。」
シェリルは姫君である厳しい態度とは一変して、今は幼い少女の面もちだ。クリ
フの目の前に内股でちょこんと座っている。クリフは深呼吸して意を決した。
「シェリル、落ちついて聞くんだよ。」
いつもとは違うせっぱ詰まったクリフの態度に、シェリルも目を丸くして幾分緊
張して聞いた。
「ギルティが国王様とお妃様、つまり君の両親を殺したんだよ。その上、君の命ま
で狙っている。」
「!」
シェリルは口元に手をやり表情を凍り付かせている。クリフはシェリルの肩に手
を回すと、
「大丈夫だよ。シェリルには私がついてる。ギルティの好きにはさせないよ。」
「お父様、お母様……。」
そう言うとシェリルはがたがたと震えだした。クリフは優しく抱いてやりシェリ
ルを安心させようとした。腕の中でもシェリルは小刻みに震えていて、まるで雨に
濡れて凍えた小鳥のようだった。
時間をかける訳にはいかなかった。シェリルの両親、国王と妃は病で他界した。
つまり、毒殺というわけだ。ギルティが意を決した今、いつ食事に毒をもられるか
分からない。こちらからうってでなければ、奴の思い通りになってしまう。クリフ
はその日のうちにギルティを探しだし、陰謀を暴かなければいけない。
クリフはギルティの執務室に直行したがギルティの姿はなかった。
(早く、早く見つけないと……シェリルの命が……。)
焦燥から城中を駆け回る。と、謁見の間に続く廊下でギルティとその配下と思わ
れる騎士ふたりを見つけた。クリフは後ろから怒鳴りつけた。
「ギルティ!お前の企みはもう分かってるんだよ!」
「なんのことだ。」
ギルティは振り返るとうんざりしたようにクリフを見つめた。
「国王、妃毒殺し、プリンセスを暗殺しようとした罪を認めろ!」
「貴様、私を侮辱するとどうなるのか分かっていないようだな。」
ギルティはいくらか驚いてはいたが、すぐに平静を取り戻しにやりと笑った。
「おい!ジェイムス、スクッティ。こいつを片づけろ。」
そう言うと近衛騎士団の騎士が腰の剣に手を当てこちらに向かってくる。相手は
ふたり。剣技に劣っているクリフにとってはこの上なく不利な状況だった。しかも
先輩の騎士だったので勝てる見込みはほぼないに等しい。
(シェリルを守るんだ、シェリルを守るんだ!)
クリフはそう心の中で繰り返すと、自らを奮い立たせた。
「へっへっへ、クリフォード、相手をしてやるぜ。」
騎士のひとり、ジェイムスと呼ばれていたか……が言った。クリフは無言で抜刀
すると、ふたりの騎士も剣を構えた。
「どうせ金で騎士団を裏切ったんだろう。恥ずかしくないのか。」
クリフのその言葉は相手を逆上させるだけだった。
「このやろっ!」
ジェイムスがこちらに向かってくる。先ほどのセリフが効果を発揮したのか、ジ
ェイムスは冷静さを失っている。ジェイムスは大きく水平に剣を薙いだ。クリフは
バックステップしてかわすと同時に、ジェイムスの隙をついて右肩に向けて鋭い突
きを放つ。
「うぐっ。」
肉を切る嫌な感覚と共にジェイムスの口からうめくように声がもれ、騎士はその
場に膝まづいた。クリフは訓練は受けてはいたが、実際に人を切るのはこれが初め
てだった。
ひとりが戦闘不能になったのでもうひとり……スクッティがじりじりと迫ってく
る。こちらの騎士は冷静だった。剣を顔の高さまであげ、突きの姿勢でゆっくりと
歩いてきた。かなり太い剣なのだが、騎士は軽々と持ち上げている。ふっ、と息を
つくとスクッティは次々と突きを繰り出してきた。クリフはなんとかかわし続ける
が、数回に一回は剣を受けてしまう。かきん、かきんと耳障りな剣のぶつかる音が
こだまする。両腕が傷だらけになりながら、なんとか攻撃の機会をうかがうが、冷
静なその騎士は隙すら見せない。
「はーはっはっは。そのまま殺ってしまえ!」
スクッティの後ろからギルティの嫌らしい声が響く。その声を聞かない様子でス
クッティは無言で剣を繰り出す。突きの連続で全く隙がない。これ以上は両腕の出
血で死んでしまうことが分かっていたので、一か八かの賭に出た。
「うおおおぉぉっ!」
クリフは出せる限りの声を振り絞ってスクッティに突進した。スクッティは予想
外の行動にいくらか動揺し、その隙を狙って彼を蹴り倒した。くぐもるような声と
共にスクッティは転倒し、クリフは剣を彼の鼻先に突きつけた。クリフの両腕の血
が剣を伝ってスクッティの顔にたれる。クリフははぁ、はぁと肩で息をしている。
「……分かったよ。俺の負けだ。クリフォード。」
スクッティは剣を床に捨てた。からんと廊下に剣の音が響く。そのまま視線をギ
ルティに向ける。倒れた騎士は曲がりなりにも騎士道精神を重んじているのか、剣
を拾って後ろから切りつけるということはしなかった。
「お、落ちつけ。お、おまえ、確かクリフォードと言ったな。ど、どうだ、わしが
国王になったあかつきには近衛騎士団長に任命してやろう。悪い話しではなかろ
う?」
「この下衆(げす)がぁ!」
クリフはギルティの顔を剣の柄で殴りつけた。
「ひぃぃぃ。」
ギルティは廊下の壁に顔を打ちつけて白目をむいている。そこまで見て、クリフ
は意識を失った。
次に意識が回復したときはベットに寝かされていた。周囲を見るとどうやら場所
は医務室らしい。時間は夜のようだ。消毒液の臭いが鼻をつく。整然と薬品が並べ
られた棚があり、清潔な消毒液の入った洗面器が見えた。
おなかの上でシェリルが寝息を立てていた。部屋の中にはシェリル以外には誰も
いないようだ。おそらくクリフが意識が回復するまで待っていたらしい。そんな健
気なシェリルがこの上なくいとおしく思えた。腕を動かそうと思ったが、激痛が走
る。どうやら摂政派の騎士に切られた傷だろう。
「ん……?クリフ?」
シェリルは目が覚めたようだ。美しいブロンドの髪は少し寝癖がつき、目はとろ
んとしている。クリフは寝ぼけた顔も可愛いとのんきなことを考えていた。
「シェリル。」
クリフの声を聞くとシェリルの表情はぱっと明るくなった。これがこの少女本来
の美しさだなとクリフは思った。
「姫様。このような場所は姫様の来るところではありませんよ。それにもうお休み
の時間です。」
少し皮肉っぽくクリフは言う。
「えへへ、夜だから誰もいないも〜ん。」
シェリルは髪の毛の端を指でつかんでカーブさせて見せる。
「あれからどうなりました?私が意識を失ってから。」
「そなたの言った通り、ギルティの自室から国王、妃殺害の毒薬を発見しました。
ギルティもギルティ派の騎士達も今は投獄しています。そなたのおかげでギルテ
ィの陰謀を防ぎ、王室を守ることができました。誉めてつかわす。」
「ははっ、ありがたき幸せ。」
そこまで言うとふたりは「ぷっ。」と吹き出して笑ってしまった。
「でもよかった。クリフが元気で。医務室に運ばれたって聞いたときは、びっくり
しちゃったもん。」
「ああ、私も先輩の騎士ふたりに勝てるとは思わなかったよ。」
「この傷……、私のために……。ごめんね、クリフ。」
シェリルは優しくクリフの両腕をいたわるように撫でた。
「いいんだよ。自分のプリンセスを守るためにはこれぐらい……、っっつつ。」
無理して動かそうとした右腕に激痛が走る。
「ダメだよ、安静にしてなきゃ。」
「ああ、分かったよ。」
クリフはこどもに諭されて少し恥ずかしい思いをした。
「……ありがとね。お父様、お母様の無念をはらしてくれて。これでふたりはやっ
と浮かばれるよ。」
シェリルはにっこりと笑顔を作った。
「私はシェリルのその笑顔を見られるだけで幸せだよ。」
シェリルは幾分照れている。
「クリフはわたしにとって一番の騎士(ナイト)だよ。」
ふたりは微笑みあった。
「じゃあ、もう部屋に戻らないと。」
「うん、お見舞いありがと。」
シェリルはちょこんとクリフの胸に手を乗せ、そっと口づけした。シェリルの唇
は適度な弾力で、みずみずしい。シェリルは顔を離したときは少し照れたようには
にかみながら、部屋を出るときに「大好き。」と言い残して言った。
4年後。女王シェリルが即位し、サフラワンド王国に新たな、そして前例のない
中流貴族の出身の国王が誕生した。名はクリフォードという。
おわり。